4-9静かに滅びは始まる
「貴女達は逃げて……そして……終焉を止めて……じゃあ、ね。虚ろに消えゆく破滅」
「エリスさ──あ、れ……」
二人を悲しませないように淡い笑顔を浮かべそう言い放つと、再び雷帝を見つめる。この戦いを終わらせるために誰にも聞こえないよう、唱えた。
刹那エリスと雷帝を飲み込む形で空間が歪み、二人がいた場所はクレーターが生み出され、ハティとスコルだけが洞窟の中に取り残された。
虚ろに消えゆく破滅は自身と周囲の存在を消してしまう禁忌の魔法。だがそれは存在を消すだけで、死んではいない。
世界の上に存在することを拒まれ、誰も彼もがそれらの記憶を失うもの。存在を忘れられたものは、何もかもに干渉することはできずただ朽ちていくだけ。
当然そんなことなど知る由もないハティ、スコルはエリスの存在を忘れてしまった。
一体なんでここに。そもそも誰と話してたっけ。それになんで涙が……。
今となっては理由の分からない涙にハティは不思議に思う。なにか大切なものを失ったような、そんな感覚に戸惑いを見せる。
それはスコルも同様のようで、理由がわからないまま静かに泣いていた。
程なくしてごろごろと転がる抜け殻の肉体が意識を取り戻し始める。
「こ、ここは……俺は一体……」
声を出したのはヒュプノス。誰だったかの兄だ。
そして、ヒュプノスが意識を取り戻したことを皮切りに次々と意識がなかった者が目を覚ましていく。
「そうだ……私たち肆の魔導書を追いかけて……そしたら気絶してる人達を見つけて……」
虚ろに消えた記憶は戻ることは無い。その代わり都合のいいように記憶は縫い合わされる。存在が消滅したための世界の摂理。その摂理は誰もが知りえない事で、覆すことも当然できない。
そんな理により、ハティの記憶は肆の魔導書が消え、それを追いかけ今に至る。という事象に書き換わっていた。
「とりあえず……魔導書を探す前に皆を避難させないと」
立ち上がり、起き上がった人たちを一度ドワーフの元へと案内する。中にはドワーフ以外もいたが、ドワーフの住処にて待機していたアルヴィースはすでに事の顛末を察しており避難所として生きていた人たちを隔離する。
だが安全まではまだ保障できない。というのもこうして気絶していた人が意識を取り戻したということは、ヨルムンガンドにかけられた支配が切れていると暗示しているようなもの。誰が操っていたのか、そもそもなぜ彼女たちはヨルムンガンドを誰かに操られていることを知っているのかは定かではないが、危ないことには越したことはない。
「アルヴィースさん、とりあえず皆さんのことお願いします。私たちはどうにかしてヨルムンガンドを」
「バカか! あいつはお主らの力では到底敵わぬのだぞ! それにヨルムンガンドが目覚めたということは終末は起動しておる!」
「え、でも魔導書はまだ揃ってないよ~?」
「たわけ! 魔導書は終末を停止することができるだけで、起動には魔導書はいらん! 特に鍵を……そうか、だから肆の魔導書で集団の魂を! くそ!」
「え、っとどういうこと、ですか……?」
目覚めて暴走しているヨルムンガンドは存在自体が脅威そのもの。放っておけば次々と国や町、森などを破壊しつくす。終末の前兆として謂れもありこの世において最も最悪な災いなのだ。
ヨルムンガンドが目覚めたのが終末起動に繋がっているといえるのは、破壊した際のエネルギーが終末に送られているから。いわばヨルムンガンドは終末の起動時に動き始め、不足エネルギーを回収する源なのだ。となればヨルムンガンドが凶悪な存在であるのも理由が付く。
当然止めなければ世界は破滅する。しかし魔導書が揃っていない今、それを止めに行こうなど、現状死にに行くようなものだ。ゆえに勝ち目はないのだからアルヴィースが止めるのは仕方ない。
だがそうなってくると、なぜ終末が起動したのか。それはよくよく考えればすぐに答えは見いだせるものだった。
「知っておろうがヒュプノスは終末の鍵だ。鍵を奪うならばそやつにだけ肆の魔導書の力を行使すればいい。しかし巻き込むようにすれば集団行方不明にカモフラージュでき気づかれるのが遅れる……つまるところヒュプノスが持つ鍵は既に敵に回ったってことだ! よくよく考えればいくら大量の人たちの魂をかき集めたとしてもヨルムンガンドは動かぬ! 仮に動いたとしても、突然気絶した奴らだけが意識を取り戻すわけがないのだ! こうしてはおけぬ、ハティ、スコル! 行くぞ!」
「い、行くってどこに」
「アースガルズ騎士団団長オーディンがいるヴァルハラだ!」