1-7クイック
――三ページの解放がされてから暫くたった頃。少女達は山を越え、近くの木陰で着替えをしていた。
尻尾を隠すために履いていたハーフズボンは少しオシャレなスカート。耳を隠すために着ていたパーカーはハティが緑、スコルが灰色と地味な色のフードポンチョとなっていた。だがこれほどまで開放感がある衣服を着ても、未だベタつきが不快感を生む。
だが近場に水場はなく、暫く不快感と一緒に旅をすることとなっていた。
「そういえば遠目に見えるあの街がそうだよね~?」
「そうですよ。着いたら直ぐにお風呂直行ですけどね……」
「そうだねぇ~」
ふとスコルが遠くに見つけた街は、今少女達が向かう人の街。距離は約三十キロといったところか。
しかし少女達は人の街に行くのは初めてではない。過去に実の母親が人の手により殺されてしまうところを近くで見ているからだ。だが少女達は人を恨まない。少女達の母、フェンリルが人を恨むな、恨めばそれは自身に返ってくるとしつこく言っていたからだ。
とはいうものの喪失感や悲しみ、怒りは隠せない。だからこそ人の街を見ると一瞬暗い表情を見せてしまう。
そんな中、解放された魔法〈擬態〉を試してみようと、どんな魔法なのか尋ねることに。
「そういえば〈擬態〉ってどんな魔法なんですか?」
「〈擬態〉……まぁ名前の通りよ。人の姿や身体の一部を背景に溶け込ませる魔法」
「なるほど、便利な魔法ですね!人の街近いですし……念の為使っていいですね」
魔導書のページを捲ると、空白だったはずの三ページ目には、ぎっしりと文字が刻まれており〈擬態〉の詠唱文が載っていた。それ以外にも解説やらなんやらも書いてあり、もはや魔導書と言うより教科書。だがそれら全てが解読しないと読めないような難解な文字で書かれている。結果、詠唱文を唱えようとしても詠唱ができない状態になってしまっていた。
「ま、まさかとは思うけど……詠唱できないの!?私を呼んでおいて!?」
「そ、そんなこと言ったって〈誘導の妖精〉と違って読めないんですよ!これ!」
詠唱できないことに驚く妖精だが理由を聞いて納得したのか、妖精の言葉でむくれるハティにひとつ提案を差し出していた。
「――詠唱省略……ですか?」
「そ、正式にはクイックって技術だけど……まぁ、文字通り詠唱なしで魔法を使うことよ。もちろんこれはでき……」
「ないです」
「よくもまあそれで私を呼び出せたわね!?」
「なんですか、省略詠唱は基本だって言うんですか!?残念でしたー!できないですよーだ!」
結局再びむくれ、何故かヤケになってるハティを見て、癒されつつにやけているスコルが、珍しく何か閃き妖精とハティの会話に割入る。
「……ハティ~私の耳と尻尾が透明になるイメージして~そのカリフラワー?を唱えてみて~?」
「カリフラワー!?まあ、言っていることはわかりましたけどカリフラワーじゃなくて〈擬態〉ですよ!?」
「なんでもいいじゃん〜」
「……って何で、魔法を使わないスコルが詠唱省略知ってるのよ!?」
「だって基礎中の基礎なんでしょ~?」
咄嗟に発せられたスコルの言葉に、一同は沈黙をせざるを得ない。なにせそんなことを言われれば返す言葉などないのだから。
「……っていうのは冗談で〜多分気持ちを込めればいけるんじゃないかな~って思っただけ?」
冗談交じりな言葉を聞いたハティは、沈黙から開放されるとスコルが言った通りに、気持ちを込め詠唱を始めた。