4-3エリスの記憶②
「魔導書……実物は初めて見ましたけど……いいのですか?一応貴女の的である私に」
「うん。きっといつか、その魔導書は君の力になってくれるからね。ただ、この魔導書は信仰を力にするの。己が信じるものを忘れないようにね」
「もし仮に、忘れてしまったら……?」
「んー千年くらい魔導書が使えなくなるかなぁ」
いきなり魔導書を渡されても、戸惑うことばかり。ならばと取り扱い方を教えるのだが、使用不可になった際のペナルティが、明らかに度が過ぎている。いや、長寿であるエルフ族や、一部獣人ならばそのくらいなんてことはないのだろう。しかし、しかしだ。エリスは人間。寿命もいいとこ百年だ。つまりは一度使えなくなったらそれが最後。
否、その他にも使えなくなる一番伝えなければならない条件がある。そのことを思い出すのと同時に、一泊遅れて情報を整理する質問が飛んできた。
「……え?ちょっともう一度……」
「だから、千年、それが使えなくなるんだよー……あ、君は人間だから一度使えなくなったらそれで終わりか……まあそれは仕方ないとして、もう一個。その魔導書には熾天使セラフが宿ってるの。大量の魔力と記憶。あと命を代償にする魔法でね。一度使うと魔導書使えなくなる代わりに心強い天使が味方になってくれるの。でもとっておきだからここぞってときに使ってね。それ以外は本に書いてあるからね」
「お、ぉぉぉ……情報量……とりあえずわかりました。協力してくれて何よりです」
「相談に乗っただけだけどね……さて、本当は魔導書のことは聞かれたくなかったんだけど、いつから聞いてたの、オーディン。さすがに話してたから今の今まで気づかなかったよ」
「えっ!?」
最後の説明を受け、漸く魔導書を受け取った瞬間。目の前にいるフェンリルが鋭くこちらを睨み静かに怒りを放った。最初は気楽に話していたエリスに向けた視線かと思うが、目線はエリスを貫いた後ろ。されどエリスは何も感じ取れない故、確認するように、されど尾行されていたのかと驚いた心を鎮めるために振り向く。
そこには、ボロい布を身にまとった男が家の柱に背中を預け、こちらの様子を耳を傾けて聞いていた。
彼は、国家の騎士であるオーディン。国の中でも右に出るものはいないと言われるほど武術に長けた騎士長。鎧を着ず布マントだけなのは、純粋にかっこいいかららしいが、本当のことは誰も知ることはない。そんな騎士がなぜこんな秘境にいるのか。
それはとても簡単なことだった。
「エリスの様子が変だったからな。何かあるのではないかと追ってきたのだ。そしたら貴様がそこにいた。そして俺がいるということはわかっているな?」
「今度こそ私を捕まえに来たってことですか」
「あぁ、あと抵抗は無駄だ。こっちはエリスを抜いて二人だ。対して貴様は一人。我が子を守るのに必死になるだろう?」
「ぐっ……オーディン!!!貴様ッ!」
「おぉぉぉ、威勢はいいが、俺に手を出したら、子供は知らんぞ?」
まさか、娘を人質に取られるとは思っていなかった彼女は、怒りに任せ勢いよく立ち上がり強い殺意を込め牙を剥く。されど大切な自分の娘を皆殺しにもできず、強く、強く布で隠れた悪意のある笑みを睨みつけることしかできなかった。
「それでいい。それに咄嗟に自分の子供達に結界を張ったのは好判断だ」
「私を捕まえたところで、無事の保証は無いですからね……」
「全くそのとおりだ。本当に貴様は腹が立つ……さて、エリス。こいつを連れてくぞ。今回の働きはよくやった。流石国王が認めたスパイだ。嘘が匠で頼りになる」
「……ハッ!オーディン様ッ!」