4-2エリスの記憶①
――遡ること十年前。兄であるヒュプノスを助けるために、密かに獣人の森に足を踏み入れていたエリス。その目的はいかなる魔法を操り、されど魔導書にし人しれぬ敵と戦っているフェンリルにあうこと。
とはいえそのことを知るのはミズガルズにいる獣人、九尾とその話を聞いたエリスの二名を含み、片手で数えれる程度しかいず、知らぬものは口を揃えて、人狼の悪口しか言わない。更にいえば、今現在フェンリルの身を拘束しろと国王から命も出ている。だが今のエリスには関係はなくそそくさと鉄の森に向かって歩く。
街から外れるとすぐに鉄のツンとした匂いが鼻を刺す森に、木の皮が鉄のように固く銀色に鈍く光っている森に入った。そここそが人狼が住まう鉄の森。ヤルンヴィド。といっても十年前はフェンリルとその子供ハティとスコルの三人しか、住んでいない秘境ではあるが。
「ここが鉄の森……」
「国の人……?ここに何かようですか……?」
がさりと草が揺れる音に視線を向ければ、さらっとした銀の髪を後ろで束ねた女性が木の隅からじっと警戒した目でエリスを見つめ、言葉を吐いた。
「も、もしかして、私を捕まえに……?」
「あ、いえ。貴女に……フェンリルさんに相談があって個人的に訪ねた次第です」
「な、なぁんだ……てっきり私を捕まえに来たのかと。あ、ここで話もあれだから、家でお茶でもどう?」
「途端に警戒切れてタメにっ!?」
「なんか言った?」
「い、いえ……」
敵意がないとわかった途端。銀髪の彼女――フェンリルの暗い顔が一瞬で明るくなり、警戒の眼差しも、堅苦しい言葉すらも消える。さらには一応敵であるというのに、自宅に誘っているのだから、驚きだ。
それにこんな秘境故か、客人自体来ないのだろう。でなければ敵に背中を見せ楽しそうに歩き、艶のある銀髪を大きく揺らすこともないだろう。とはいえ、今は敵ではなく客人なのだから、反応自体間違ってはいないが。
「あ、ハティとスコル……あー私の子供なんだけどね。今ちょうどお昼寝してるから静かにね」
「子供がいるんですね」
「うん。二人とも私の自慢の娘だよ」
程なくしてたどり着いたのは、鉄の森にひっそりと立つ家。丸みがありされど頑丈な石作の家。その作りからこの森には似合わないが、目立つわけには行かない身。故に地味な石作なのは、仕方のないことだった。
寝ている双子を起こさないように静かに家に上がり、導かれるまま居間に行くと、そのまま小さな丸イスに座らされ、ちゃんと客人をもてなすためにお茶が机の上に置かれると。
「それで、相談って?」と向かい合ったフェンリルから真剣な眼差しで言うと続いて。
「というか、今更だけど私のことどこで?」
「九尾さんからですけど……それで相談なんですが――」
本来話してはいけないことではあるが、国の現状や自身の兄が狙われていること。また、終末兵器のことなど、子供が聞いたらまず頭を悩ませてしまうほどの情報量で話し合っていく。
「――なるほど……兵器の鍵……それはもう防ぐ手はないから、ひと目につかない場所で保護してもらうのがいいかも。私もなんとか終末を回避できるように働いてみるよ。とはいえお兄さんの時間の問題ではあるし……あ、そうだ!壱の魔導書貸してあげるよ。でも秘密ね。特におと……国王は魔導書のことよく知ってるから、知られると悪用されかねないから……」
そう言って、何もない場所から何冊かの本を取り出すと、その中からフェンリルが手掛けた魔導書のうちの一冊目を、最初だからか茶色の表紙の壱の魔導書を、初対面のエリスに差し出した。




