3-13昨日の敵は今日の友
「私は既に国家を守る騎士ではありません。最初はもちろん守っていたのですが、国王の考えに賛成できず、抜けたんです。ちょうどその時地下で、貴方達に出くわしてしまったんですけど……それに見てしまったんです。国王が私達を道具としか思ってないところを」
薄気味悪い笑みもなく、されどトールから目を離さずに己のことを語るエリス。だが抜けていたとするならばなぜ、最初に言わなかったのか、騎士であることを否定しなかったのか。大きな疑問が残りっぱなしだ。否、そんなことなど重々承知しているエリスは、次になんで騙していたのか、最大の謎『兄』の存在のことも話し始めた。
「私が貴方達に嘘をついていたのは、国王の目を盗むため。人から疎まれてる貴方達を騙せば、突然転がり込んできた私に注意はそれると思いますから。それと、私の兄はそこに寝てる男……ヒュプノス。兄には終末を動かせる素質がある。それがどんなに危険なのかわかってるから、兄には何もしない約束で私は国家騎士に成り下がったんです。でも身の危険を感じて、抜けたら地下の街に隠れてた兄がご覧の通りですよ」
肩の重荷が降りたのか、いつも以上に感情が豊かで、されど悲しく寂しく、呆れた表情を浮かべている。これも演技である可能性もあるが、ハティとスコルは疑うことなく、されど深く聞くこともなく、その悲しみの表情が嘘偽りのない本物。家族だからこそ、兄のため身を呈した事がなによりも共感できたからだ。加えて、強敵がすぐそこに二体もいる状況で嘘を付く余裕などないはずである。故に。
「……信じますからね、エリスさん」
「酷いことされたけど、昨日の敵は今日の友ってやつだよ~」
「本当……優しい人狼」と、今まで恐怖に満ちた笑みを浮かべていた彼女が、心の底から嬉しそうな声で小さく呟くと、地面に突き刺した魔剣を抜き切っ先を話し終えてもなお優雅に、かつ余裕の雰囲気でいる老人に向ける。
しかし、エリスは決して自ら斬りにかかろうとはしない。彼の実力を知っているから……否、彼のただならぬオーラに隠れた電気に恐れているのだ。
というのもトールは電撃を操る事ができる。原理は皆と同じ魔法だが、それでは説明できないと思うほど精密で正確な操作を可能としている。彼女たちが感じ取った痺れる雰囲気は、その力のせいで、制御するあまり彼の周りには薄らと電気が走っているのだ。だがそこまで制御可能だからこそ雷を一つや二つ隠すのは造作でもない。
ましてや雷は金属に引かれる性質があるのだから、魔剣と言えど金属を含むダーインスレイヴでは不利だと考え、エリスは構えるだけにとどまったのだ。
「斬りかかろうとしなかったのは懸命の判断だ。それじゃ、話も済んだようだし、雷装篭手、雷装大槌」
殺気を当てられているのに、敵を褒めれる程の余裕。なのに一切の隙を見せずにゆっくりと立ち上がったトールは、冷静に自らの武装も魔法を唱え展開する。
突如ビリっと音が鳴り、彼の左右に現れたのは雷装篭手。雷と鉄で形作られた巨腕と例えるのが正しいだろう。しかし驚きなのが、その巨腕の右腕の手に大きな鉄槌が握られていた。それもこの場にいる彼女たちの身体をゆうに越すほどの大きなものだ。正直、外ではなく地下。されど、あたかもこうなると予想されていたのか、大槌があるのに余裕に動かせるほど広い空間とはいえ、一度大槌に潰されたら彼女たちは生きれないだろう。
そんな緊張感が走っていることなど知りもしないトールは、わざとらしく咳払いをして、強くこう言い放った。
「えー……反逆の騎士エリス。並びに人狼二名、計三名の処刑を開始する」
その言葉が、彼の踏み込みが、否、それら全てによって死者一名が出る大きな、とても大きな戦いの火蓋が切られた。