3-12雷帝トール
大爆発によって広がった穴を、明かりを照らしながら潜ること一時間。鼻も耳も効かない中で、勘だけで潜りようやく地中の大広間へとたどり着いた。しかしここはドワーフ達の住処ではない。ただただ広く、されど穴が幾つも空いており、どれもこれも最近まで使われていたような痕跡がある空間。
地下の中では方向感覚も無くなるうえ、大広間全体を照らすほど明かりの魔法を強めても、それぞれの穴がどこにつながっているかまではわからない。ただ、そこに辿り着いた三人の目に入ったのは穴ではなく、人やドワーフ、その他の種族が広間の中央に、まるで死体かのようにごろりと転がっている光景だった。
近寄ってみれば微かに息はあり、傷は見えないのに魂だけ抜き取られたかのような、そんな状態。目は虚ろで、こちらの声には全く反応しない。体を起こして揺さぶってみてもカクリカクリと首が怖いほどに揺れるだけ。例えるならば人形だ。
「これは……」
「魂が抜き取られてますね……でも、こんな芸当国王しかできないはず……もしかして肆の魔導書……」
「肆の魔導書のこと知ってるんですか?」
「……ええ、私が知る中であなたの魔導書を除き、最も危険な魔導書です。生命を思うがままに操れるのですから」
念の為か、寝転がる全員の息を確認しながら話しをするエリス。しかし突然言葉が止まり、しゃがみこんで人形と化した一人の男の頬を撫でる。
「……とはいえヨルムンガンドを使役するのは、これほどの犠牲を払わなければならない……さぞかし大変だったでしょうね!国家騎士の一人、雷帝トール!」
あのエリスが、珍しくも動かない人にしゃがんで、悲しげな表情を浮かべつつ、祈りを捧げる。束の間何かの気配に気づいたのか静かに立ち上がり叫ぶ。それも今来た道に振り返り、剣を抜いて。
気配はハティもスコルも感じ取っていた。まだ見えないのに通路の穴の奥から、地面を這いずる音と、遠くからでも体が痺れるくらいの電気ような気迫。エリスが叫ばずとも自然に敵だと認識できるほどのもの。
いや、それですめばいいが、腹黒なエリスがいつもの調子を忘れ、怒ったような、はたまた余裕がないような顔をしているのだ。魔導書のこともあり、ただでは済まないのは明らかだろう。
「これはこれは……裏切り《・》者のエリスじゃないか。これまた偶然偶然」
目の前に土の色だろうか、紅色に染まった巨大な蛇がのそりと現れ地を這いずる音が止むと同時に渋い声が蛇の頭から聞こえてくる。渋いのに声までも電撃が混じってるかのごとく、声が聞こえるたび全身が震える。しかし、一人だけ全く動じなかった。
「偶然……?笑わせないでくださいよ。貴方達騎士が仕組んだことでしょう?それに私の兄まで手を出して……」
「う、裏切り……?兄……?な、なんの話をしてるんですか?」
全く話について行けず、恐る恐る言葉を発すると先に返事をしたのはトールと呼ばれた老人だった。
「そこにいる人狼には話してないのか……なら私から説明しよう」
「……いい私が言う。見つかった以上隠しても無駄ですし」
「老人の気遣いは受け取るものだぞ?まぁよい。話し終わるまで待ってやろう」
蛇から降りてきた老人。見れば鎧なんて一切着ていなく、武器もない無防備な格好をしている。なのに一切の隙きが見えず、剣を交えなくとも強敵であるのは本能が訴える。やろうとすればこの場にいる全員が死ぬ。だからこそ悠長にエリスが裏切り者であること、兄のことを話すまでと、その場に座り込んだ。
つまりは、今は相手に戦意はない。そこで一度抜いた剣は、生き血を吸うまで鞘に戻らないため、地面に突き刺して息を整えると彼女はいつになく真剣な言葉で、自身のことを語り始めた。




