3-1アルミラージ
「ふわぁ……ぁ……」
黒い毛の獣耳を持つ少女は目を覚ますと、横になりながらも背筋を伸ばし大きな欠伸をする。
と、そのままふわりとした柔らかくて、全身を包み込むような抱擁力のあるベッドから降りる。その際体にまとわりついて来る半透明のシーツは、少女の綺麗な素肌と、大きな黒い尻尾をうっすらと映していた。
裸体のまま冷たい木の床を歩く。ヒタ、ヒタ、と向かう先は洗面台。
目を擦りながら、また欠伸をしつつゆっくりと歩みを進めると。
「ふぎゃっ!?」
「……え?」
適度に柔らかく重たいモノを蹴った。
スっと下を見れば見知らぬ顔の人が腹を抱えて震えている。それも今ので眠気が飛んだ少女――ハティとは正反対な白銀の髪に、細く長い耳が頭から生えている獣人のようだ。しかしほぼ全身を包み込む大きな服はボロボロで、綺麗な白銀の髪は枝毛が酷い。
一体どこからやって来て少女の家の中にいるのか……それは定かではない。
「だ、誰……ですか……?」
「そ、それはこっちが聞きたいっス!」
涙目になりながらも起き上がる白銀の獣人は、身体は小さく見るからに子供。しかも可愛らしく頬を膨らませつつ、涙のせいか宝石のように輝く碧色の瞳で、下から目線で睨んでいる。
「私の家をようやく見つけたのに……縄張りを取るなっス!」
「それはごめんなさい……ってこの家は私達の家ですよ!?」
「そんな訳ないっス!確かに空き家だったっスからこの家!」
「騒がしいな〜全裸で叫んでどうしたの〜ってその子……ハティの隠し子?」
「か、隠し子なんていないですよ!?私にはスコルさんしかいな……じゃなくて服!ちょっと待っててくださいね!?」
下を見たのにも関わらず、裸であることを今知ったハティ。顔を赤らめると、すかさず寝室に戻っていった。
一方、冷静に服を着て現れた茶色の人狼、スコルは微笑みを浮かべ「忙しないなぁ〜」と呟いた。
直後。スコルは白銀の獣人に目線を合わせるといくつかの質問をし始めた。
「で君の名前は〜?どこから来たの?」
「誰が空き巣に教えるっスか!」
「空き巣は君なんだけどね〜。でもそっか〜教えてくれないなら泊めてあげれないし〜獣人の森の外に放りだそうかな〜」
「うぅ……アルミラージ。それが私の名前っス……酷いっス!こんなか弱い子供を脅すなんて酷いっス!」
「ん〜脅してないんだけどね〜。それでどこから来たの?」
「……覚えてないっス。自分が何者なのかわからないまま森をさまよってたら、この家にたどり着いたっス……」
白銀の獣人……アルミラージは深刻な顔でその言葉を吐くと、今度は焦りながら「本当っスよ!?」と言うが、先程の表情を見れば嘘をついていないことなど明白だった。
それにコロコロと表情が変わっていくのが可愛く見えたのか、すっと手を伸ばすスコル。ニコニコと笑顔を浮かべ頭を優しく撫でた。
「正直者でえらいね〜アルちゃんは〜」
「こ、子供扱いするなっス!?それに、アルちゃんって呼ぶなっス!」
「さっきか弱い子供って言ったのにですか?」
「そ、それは言葉のあや……って、いたっスか!?」
未だ撫で続けるスコルの後ろに、いつの間にか地味な服を着て戻ってきていたハティが立っていた。が、何やら様子がおかしい。
というのも尻尾はぶらりと力なく垂れ下がり、頬は膨み、微弱ながら殺気が放たれているのだ。しかし殺気はアルミラージに向けてではなく、他人の頭をずっと撫で続けているスコルに向かっている。
どう見ても嫉妬だろう。
「あ、あの……そろそろ手を離さないと後ろの人に殺されるっスよ……?」
「あーおかえりー。色々聞いといたよー」
「その前に手を離してください!」
「珍しい〜ハティが嫉妬してる〜。ていうかさ〜私はハティしかいないから大丈夫だよ〜?」
頬を膨らますハティを見た刹那、直ぐに手を離しハティを抱きしめていた。それも見知らぬ獣人の目の前で二人との“絆”を示すように。
されども二人は一切気にすることは無い。見せつけるのは旅先でもあったため、もはや慣れたも同然。それに“牙を穿て”を達成し、帰ってくるや否や獣人の森最奥の鉄の森の家に帰えってくると、久々の自宅だからか、毎日の如く二人は愛し合っていたのだ。
故にハティは嫉妬し、べったりくっつくスコルを拒絶しないのである。
だが、それはこの時だけ。時間が経てば恥じらいが蘇り、再び拒絶することとなる。