EX-3『実は』
――双子のハティとスコルが、死国を去った後のこと――
「本当にこれで良かったのか?」
「まぁ……ちょっと名残惜しいけどね」
静かになった暗黒の大地に横たわる一人の獣人、フェンリルの所に黒装束の女、ヘルが近づいてくる。
それも人狼を殺そうとしていたあの雰囲気では無く、少しは優しそうな雰囲気をだしてだ。
「ねぇ」と、寝そべりつつもヘルの顔を見つめる彼女は、
「ヘルって相変わらず演技の才能あると思うんだよね」
「何を言うかと思えば……」
「だってさぁ……“とっくに治ってる”傷をわざわざ作ってまで役に入りきるんだもん」
「でもこんな傷、フェンリルならすぐに治せるだろ?」とヘルは溜息をつきつつ、フェンリルの横に寝転がる。
しかし彼女たちが見上げる空は暗黒。四六時中月が照らしているだけの暗闇。だがそれは毎日のことで死国にいる人は、それが青空にも夜空にも見える。
とはいえ暗闇は暗闇。見るもの全てを飲み込むような深い暗闇。
そんな星の無い夜空を見上げ続けるフェンリルは、コロッと寝返りを打つと、ヘルの顔の傷にそっと手を添える。
「まぁね〜っと、はい修復完了!」
刹那、傷だらけの顔がツヤツヤの肌へと変貌する。
というのも、死霊でありながら元々の魔力が備わっており、かつヘル自身魔力さえあれば数百年も生きることができる。
すなわち、フェンリルの高い魔力によりヘルの傷再生能力が上昇したという訳だ。
だが治ったのもつかの間、傷一つないヘルがフェンリルの身体に覆い被さる。
「フェンリルは……まだ疼くか?」
すっと白くか細い手をフェンリルの手と絡め合い、首元を見つつ尋ねる。視線をずらした先には死ぬ直前に受けた炎で焼けた火傷跡があった。しかしハティから受けた炎は、不思議と後にはなっていなかった。
というのもヘルの加護により炎のダメージを軽減しているのだ。
ヘルの加護は死ぬ直前に受けた傷によって変化する。
フェンリルは焼かれて絶命している。故にヘルの加護は炎耐性として付与されているのだ。
他にも、水没ならば水耐性、雷ならば雷耐性と、耐性系の加護がある。
「んー痛いけど……ヘルの手をこうして握るだけで不思議と和らぐなぁ……なぁんて」
「……ほ、本気にするところだったぞ!?」
「ごめんごめん、でもヘルは傷だらけの私より、さっきからずっと見てるツクの方がお似合いだと思うんだ」
と彼女は横に視線を送る。だがその先にあるのはただの暗闇。いや正しくは、暗闇に溶け込んだ死霊の墓があるだけ。
目を凝らしてみても何もいないのは明白だ。しかしそれはフェンリルのような獣人なら話は別だ。獣人は昔から動物由来の視力を持っている。とはいえ個人差はあるが、狼の視力を持ってすれば暗闇は昼に近いのだ。故に墓の後ろにいるツクと呼ぶ人物も見通しである。
「流石フェンリル……上手く隠れてたつもりなんだけど……」
「なっななな!?お前いつからっ!?」
「えーと……本当に良かったのか?の所からです」
「最初からっ!?き、今日はもう帰っていいから!」
「嫌です。ヘル様の恥じらう姿をこの目でしっかりと焼き付けたいの――」
「死にたい?」
「お言葉に甘えて帰らせてもらいます」
溜息をつきつつ現れたツクヨミ。しかし顔を染めあげたヘルの脅迫により、邪魔者扱いをされそのまま暗闇の中へと溶け込んだ。
直後気配は消えうせる。どうやら本当に帰ったようだ。
「これでようやく二人きりだ」
「はぁ、本当に物好きだなぁ……ヘルは」
「そういうフェンリルだって、ツクヨミとお似合いだーなんて冗談言いつつ、私のこと拒否しないんだから一緒だと思うがな」
「それもそうだね。なんせ女の人狼と死国の女王が恋人だーなんて聞いたことないし」
ツクヨミが居なくなったのを確認した二人は、互いの手を強く、されども優しく握ると、二人以外誰もいないその場で唇を交した。