EX-2『誕生日』
この話は二幕終了後の話になります。
二幕まで読了してから読むことをおすすめ致します
「スコルぅ〜、どこにいるのぉ〜?」
ユグドラシルにある大森林……獣人の森のさらに奥鉄の森唯一の家、それも大きな家から女性の声が響いてくる。
だがその家には声を発している女性以外にも人……ではなく獣人がいる。
「ど、どうしてこんなことに……」
「見つけたぁ〜私の可愛いスコルぅ〜?」
「ひぃっ!?」
――――――
――――
――
時を遡ること数時間前。
二人の人狼、ハティとスコルが住む家に両手で抱える程大きな箱が送られてきていた。と言うより家の前に置いてあった。
「ハティ〜なんか来たよ〜?」
「え?私何も頼んでませんけど……スコルさんは――」
「頼むわけないじゃん〜」
「ですよね〜」
スコルと呼ばれる茶色の毛並みを持ち、肉厚な狼耳とゴミやホコリをよく取ってくれそうなほどふわりとした尻尾を持つ棒読み少女は、念の為にと双子のハティ――家族同士でも丁寧語で、なおかつ黒毛の肉厚な狼耳と、ふわりとした尻尾が特徴的な人狼だ――に確認をとりつつも、直ぐにその箱を開ける。よく見れば『開けるな』と書いている紙が貼ってあるが少女は気にしない。
開ければご丁寧に木の皮をクッション代わりとし、守られている大きな瓶が一つと、紙一切れだけ入っていた。
「って何勝手に開けてるんですか!?」
「いや〜家に来たってことは〜開けていいものかな〜って。それにこのお酒〜私達当てみたいだよ〜?」
「お酒なんですか!?」
「うん〜この紙にもお酒って書いてあるし〜……そうだ〜!久々に二人で呑もうよ〜」
「え、えぇ……」
嫌そうな顔を浮かべるハティ。それもそうだろう。スコルは酒に強いがハティはめっきり弱く、いつもたった一口で酔いつぶれるのだから。
しかしそんなことは承知の上。なにせ何回もハティを酩酊状態にしたことがあるのだから。
その後、ほぼ強引に酒を呑まされるハティは、やはり一口呑んだところで即座に酔い潰れてしまっていた。
「フヒ……フヒヒヒ……スコルぅ〜今凄くスコルが欲しい〜」
「うわ〜ハティが壊れた〜!」
――それもいつもよりも火照った顔に、殺気などない獲物を捕える目でスコルを見つめるほど。
原因は、送られてきた酒の濃度が濃く、そもそも薄めて飲むものだと少女達は知らなかったのだ。
「――見つけたぁ〜私のスコル〜?」
「ひぃあ!?」
いつもより酒癖が酷いとなれば、スコルでも対応することはできず、家中逃げ回ったり隠れたりしていたスコル。しかし僅か一分で、部屋の隅に隠れていた所を引きずり出されることとなる。
「はぁ……はぁ……スコルぅ……」
引きずり出された直後、どしっと逃げられないように両腕を押さえつけ、艶めかしく息を上げるとそのまま柔らかな唇を重ねる。
最初はゆっくりとされども軽めの口付け。だが時間が経つにつれ、ハティは自らの舌を閉ざされたスコルの口腔に無理やり押し入れる。
流石のスコルもそれには驚きしかなく、足をじたばたさせる。されども息が続かなくなるほどに長い口付けは、止まることはなくスコルの口腔を貪る。
舌を強引に絡め、口を離せば透明な糸がひく。それ程濃厚な口付けだった。
「ふにゃぁぁ……ハティ〜やりすぎだよぉ……」
それにより力が抜け何もできなくなったスコルは、目尻に涙を溜めつつ、蕩けた顔で呟く。がそれは逆効果。大切な人の可愛い顔を見て黙っているわけではなく、更に興奮し再び攻める。
「スコル……スコル……はぁう……」
首筋を舐めつつ、腕を掴んでいた右手はやがて服の中へと侵入し、肌と肌が直に接触し始めた。
直後。
「うひゃっ!?」
「つ〜め〜た〜い〜」
一体いつから居たのか、イチャつく双子の近くに弁当屋に務める水色の猫獣人、ケット・シーが顔を真っ赤に染めつつ、二人の熱を下げるべくバケツ一杯の水を二人めがけぶちまけた。
「い、いい、いい加減にしなさいよねっ!?大体開けるなって書いておいたのに!!」
「うぅ助かったよ〜シーちゃん〜」
「……あれ、私は一体何をってうひゃっ!?な、なな、なんで私スコルさんの身体を!?」
「危うく酩酊ハティに襲われるところだったよ〜性的な意味で〜」
水をかけられた事で二人の熱は冷め、ハティは何とか我を取り戻した。
とはいえ今までのことは既成事実。取り返しはつかない。だからこそ同い年のケット・シーに長々とした注意をされ続けた。
「――そういえば〜なんか用あったんだよね〜?口ぶりからするに、お酒置いていったのシーちゃんだし〜」
「……差し入れで持ってきたけど、忘れ物したから一度置いて家に戻ったの!でも人狼姉妹の為に忘れ物を取りに行ったわけじゃないんだから!今日この日が嬉しすぎて忘れたわけじゃないんだからっ!」
「嬉しかったんだね〜」
「っ!そ、そうよっ!悪い!?あと、改めておかえり!!」
「いつになく情緒不安定〜」
「でも、ありがとうございます……先程も止めていただいて感謝しかないです。止めてくれなかったら私……うぅ」
「別に殺されるわけじゃなかったけど〜。ちょーっと色んな意味でやばかったけど〜」
「なにわともあれ、原液飲んで体調壊して無いならよかった……じ、じゃあはいこれ!」
注意し終えたケット・シーは、わざわざ二人のために取ってきた“忘れ物”を先程まで盛っていた二人に差し出す。
それはシルバーとオレンジのブレスレット。まさに二人にお似合いのブレスレットだ。
見たところ特注品である。
「私からの誕生日プレゼント!感謝して毎日つけなさい!」
「毎日はちょっと……」
「えぇ!?い、嫌だった!?なら直ぐにでもこれ作った職人に文句を……」
「そういう意味じゃなくてですね!?親友からこんなにもいいものを貰って、毎日つけるのが勿体ないんです!というか……え!?今日誕生日ですか!?」
「そうよ!?」
そう、先程飲んだ酒も、今渡されたブレスレットも全て双子の誕生日のために用意されたもの。しかし当の本人二人は、誕生日のことをすっかりと忘れていた。なのにも関わらずケット・シーだけは誕生日を覚えており、こうして祝いに来たのだ。
「全く…自分の誕生日を忘れるなんて呆れた」
自分の誕生日を忘れ呆れるケット・シーだが、それでもなお、今日という日が双子にとって良い思い出になったことは確か。そう思うだけで不思議と微かな笑顔になっていた。