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双子獣人と不思議な魔導書  作者: 夜色シアン
第二幕・牙を穿て
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2-42牙を穿て

赤く輝くダーインスレイヴ。

その切っ先は今まさに九尾の左腕を切り落とそうとしていた。

「呑んでください。ダーインスレイヴ」


 その言葉の意味はハティにもスコルにもわからなかった。唯一わかるとするならば血溜まりに刺さった剣から悲鳴のようなものが複数も聴こえ、さらに九尾から流れる血溜まりが、一本の剣に呑みこまれていくことくらいだ。


「この剣は一度引き抜くと生き血を吸わない限り鞘に納まらない魔剣なんです。この意味がわかりますね九尾。ハティ、スコル」


「なるほど……ね……はなからあんたは……私達を殺す気ってことかい」


「正解正解〜てことで今度は左腕イッちゃいますよぉ?」


 血溜まりをあらかた吸い込んだダーインスレイヴは血色に染まりゆき、地面から抜かれると今度は鮮やかな赤色へと変化していた。


 その剣を握るエリスはやはり笑みを浮かべ、座り込んだ九尾の左肩に、そっと剣を当てる。


「やめて……もうやめてよ!」とただ震え、見てることしかできない双子は心の底から願いを込める。


 されども狂気に満ち溢れたエリスに、そんな優しい願いは届くことなどありはしないのだろう。例え声が出たとしても、振り上げた剣は決して止まることは無い。


 ゆっくりと空を切っていく赤きダーインスレイヴ。これ以上目の前で人が死ぬところを見たくないと、双子は泣きながらも九尾に向かって手を伸ばす。


 が伸ばした手は虚しくも届くことは無く、剣の切っ先は、九尾が初めて見せる、恐怖の顔を他所に左腕に当たった。


 ――はずだった。


「来るのが速かったですね。いや、遅かったが正しいですか。なんせ腕一本落として血を吸えたんですから」


 九尾の左腕に当たる寸前で止まったエリスは、何故か九尾の腕を切り落とさず、赤く輝く剣を鞘に戻し、ハティ達の後ろに立つ何かを睨みつけつつ話しかける。


 手を伸ばしていた少女達が恐る恐る振り返れば、オレンジの髪が目立つ少女と、元気が無さそうな素顔の少女――ソールとマーニが立っていた。


「ようやく追いついたけど……これはエリス先輩がやった……でいいんだよね?」


「は、はい……」


 ソールとマーニが来た嬉しさで大号泣するスコルと、絶望的なこの状況に涙を浮かべるハティ。


 そんな少女と、恐怖の顔色で埋め尽くされた九尾の姿を見て、騎士は目の前にいる殺気に満ち溢れ、今でも首を落とすために剣を抜きそうな程睨むエリスがやったのだと、信じるしかなかった。


「話し中悪いんですが、私は裏切った貴方達に用はありません。その二人を差し出し、この場から去れば罪は消してあげますよ」


 だからこそ剣を一度納めたとはいえ、殺気が強く動けば一瞬で九尾と同じく重症になる可能性があった。


 故に怪我をおった九尾には近づけず、少しでもこの場を打開できないかと、騎士の中でも最弱な二人の騎士は考える。


 当然今のエリスでも、あの邪魔(いたずら)は通用しない。かといってダーインスレイヴを持つエリスに、肉弾戦で挑んだところで血を全て失い死ぬだろう。


 どうしたものかと、思考を重ね続けていると、黒い煙がその場に漂い始める。


「あー……やっぱり遅かったですね。恐怖の匂いを嗅ぎとって援軍が来ましたよ?それじゃあ、あと任せますね黒蝕狼(ゲルド・ウルフ)の皆さん」


 前が見えなくなるほどに濃い黒い煙が、ゆっくりと実態を持ち始めると、二頭の黒い狼が姿を現す。


 颯爽と翔れるように短な黒毛。目は赤く、全てを噛み砕く大顎と鋭い牙。また、手足から伸びる鋭利な爪は猛毒が流れている。どう見ても猛獣としか言えない怪物。


 そんな二頭も操るエリス。彼女はソールとマーニが一時的に寝返ったことなど知らないはずなのに、あたかも最初からこうなることを予想していたような口ぶり。


 されども彼女は何も言わず、この場を狼に任せ姿をくらました。


「とりあえずやらないと!ハティ!スコル!まずは九尾を!」


「わ……たしはいい……から!自分で……回復できる」


「そんなこと言ってないで!私達の邪魔(いたずら)……もとい幻は持って一分だから早く血を止めて上げて!」


 ソールとマーニが手を繋いだ瞬間。黒蝕狼(ゲルド・ウルフ)はピタリと動かなくなる。恐らくはソールとマーニの魔法で幻覚、幻聴、幻臭に惑わされているのだろう。


 しかし全てを欺く魔法は魔力の消費が大きく、魔力を消耗していた少女一人では到底使えない。だからこそ手をギュッと力強く握り、魔力を高め今こうして獣人のために使用している。


 だが、惑わされてるにしては石のように動かなくなるのはおかしな話ではあった。普通自我を持たない魔物にこの魔法を使えば、少なからずとも暴れるから。それに見せている幻覚は互いを殺し合う仲間割れの幻覚。


 一体どうなってるのか、手を繋ぐ騎士は生唾を飲み込み警戒心を持つことにした。


「わかりました!てことで九尾さん!安静にしてくださいね!?」


「そ、その言い方だと……よからぬ事をされそうなんだが」


「し、しませんよ!?回復ですし!……では省略で〈大回復(メディカ・ヒール)〉!」


 一分という短い時間で回復させるのは至難の業。最悪の場合完全に回復などできやしない時間だ。しかし、省略する事で時間に余裕が生まれると踏んだ少女は、血を流す九尾を広間の入口付近に連れてきつつ、回復魔法を唱える。


 獣人は緑の光が回復の記。損傷部分にその淡い緑の光を集中させ、九尾の体力と出血を止ようと試みる。が予想していなかった最悪の事態が起きてしまった。


 二人の騎士の魔法が解かれたのだ。それも制限時間ではなく、一匹の黒蝕狼(ゲルド・ウルフ)が一瞬にしてマーニの腹を噛んだのだ。


 偶然でもまぐれでもなんでもない。なにせ黒蝕狼(ゲルド・ウルフ)は元から幻など見ていないのだから。


「マーニから離れろ!」とソールが一匹の狼に気を取られてる中、もう一匹が完全に隙だらけのハティ目掛け駆ける。


 刹那、


「〈加速(アクセル)ドヴァー〉!」


 スコルが叫んだ。そして〈加速(アクセル)〉よりも速い足取りで、なおかつ短な距離ながら牙を剥く狼に向い、速さに任せ下から顎を蹴り上げる。


 衝撃で宙に浮いた狼など確認している暇はなく、続けざまにマーニに噛み付いている狼にも接近。されどもマーニを傷つけないように力いっぱい狼の口をこじ開けマーニを離してから、顎を砕くが如く強引に閉じ、狼の口内に裂傷を作る。


 と、この動作を僅か十秒程で終わらせると、ソールとマーニを連れ、ハティの所に戻るのだが、蹴りあげた衝撃で空に浮いた狼を、かかと落としの要領で踏みつけ、華麗に狼の顔面を地面に叩きつける。


 ぐしゃっと骨が砕け肉が潰れる生々しい音が鳴ると、他の魔物とは違い灰になって消滅した。


 だがスコルが使った〈加速(アクセル)〉は身体への負担が大きく、相方の所へ戻った時には、身体の節々が悲鳴をあげていた。

読んでいただきありがとうございます。

今回はいつもよりながぁぁくお送りしております。


さてさて、いよいよ出てきましたね黒蝕狼(ゲルド・ウルフ)

マーニがやられ、スコルが動けなくなった状態……つまりほぼ一人での戦闘となるハティは一体どうするのか……

次回!第二幕最終話です!お楽しみに!


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