2-36黒狼
「来ないで!人狼!」
ハティに手当され起き上がったソールとマーニ。
しかし、ハティの顔を見るやいなやソールは恐ろしい程に震え始めその言葉を放つ。
魔法も駆使して怪我人の手当てが終わった頃。
泣き止んだスコルも、元気なさげなハティも気になることを当の本人に聞くことにしていた。
「――そ、そういえばライラプスさん……どうしてここに?」
「気になる〜」
「どうしてって……そりゃあ仕事さ。はいはい!獣人の森でしか手に入らない貴重品から各国の特産品まで取り扱ってるよ!ほらほら安いよ買った買った!……てね。まぁ、塔に来たのは――」
と商売文句を自慢げに言った直後、手当を施した二人の騎士がいち早く起き上がる。特にソール自身は生きていることに驚きを隠せていない様子だった。
「あ、起きたね。あとは九尾とウォンだけか……まぁそのうち――」
「じ、人狼!?」
「どうしたのソール。って魔法が解けてる……まさか負けたの……?」
「あ、あの……」
「来ないで!」
起き上がりハティの顔を見た瞬間からソールの体の震えは酷かった。顔色も酷く、ハティの言葉に過剰反応を起こし涙をうかべ、かつ頭を抱え小さくなっていた。
ソールの震えはソールだけが地震を体験してるが如く。しかしどれだけ震えたとてハティはソールにしたことを知らない。知らないからこそハティ自身も自分が怖くてたまらない。
「ソールがこんななるなんて……一体あなた何したの!?場合によっては……ぶっころすわ!ええ、ぶっころよ!」
「ぶっころ……?あ、えっとそれが……その何したのか覚えてないんです……」
「お、覚えてない……?あんなことをして覚えて……ない……の?」
「ふざけるな!ソールが……私の魔力を与えたソールが負けるはずが……本当に何があったの……」
「ま、マーニはわからないよ……その人狼の恐ろしさが……」
ビクビクとハティの言葉一つ一つに身体を震わせ怯えるソールを見てはいられず、ハティに怒りをぶつけるマーニ。
「ソールって言ったね。辛いかもしれないが一度何があったのか整理しようか。そこの九尾とウォンが起きるまで」
人狼に怯えるソールは未だ体を震わせつつライラプスの提案に乗った。
なにせこの状態だ。ソールの中は逃げたら死ぬという恐怖心しかないのだから。
――――――――――――
時は戻り、ハティがふらついた頃。
鉄の鎖が引きちぎれる音と共にハティには全身にわたって激しい痛みが生じる。刹那。
「ウゥ……」
小さな呻き声と共にハティからは真っ黒な殺意の塊が溢れ出ていた。その殺意は遠くにいた魔力譲渡されたソールにもしっかりと届く程に強い殺意。されども少女は油断していた。
この時のソールは、まだ邪魔が有効だと、決して破られるはずがないと自信を持っていたからである。
しかしその油断は大きな命取りとなる。
強い殺気は不思議な空間と変化させていた塔の内部を侵食し始め、心地の良い陽は病みに侵され真っ黒に。畑に咲き誇る幾千の華もその殺意でか生命を失い殆どが枯れる。
「グ……ァァ……ァア!」
再び少女が唸りを上げる。
もはや少女は我を失い怒りと本能に全身を支配されている。証拠に殺意という名の黒い霧が少女の全身を覆い尽くし、華奢な指に生える爪は鋭く伸び尖り、少し空いた口からは全てを噛みちぎるかの如く鋭利な牙が並んでいる。
一体ハティに何が起きているのかはその時は誰もが知らない。唯一わかるとするならばそれは暴走。スコルが目の前で死にそうになる光景を見せられた怒りによる暴走である。
瞬間。ソール達が作り出していたその場に留まる邪魔を破り、先にいるマーニを抱えるソールの懐へと一秒足らずで入ってくる。
その時ソールの目に映ったハティの姿は漆黒の狼。敵を捕えるためにか動向はこれでもかと大きく開き、その瞳の奥は殺意しか溢れていない。
が、それを目で捉え、頭でそれが先程のハティだと認識した時にはもう遅く、地面へと叩きつけられていた。
「コロ……ス……」
叩きつけられたソールは立つ暇もない。乱暴にオレンジの髪を掴みソールを持ち上げ睨みつける。
間近だからこそさらに濃い殺意、殺気。今まで感じてきた殺意の比ではないほどの濃すぎる殺意。それがソールの身体にのしかかり恐怖という感情しか生まれることは無かった。
「いやっ!止めて!痛い!」
自慢のオレンジの髪を伝い頭で全体重を支えている状態。しかし止めてと叫べど、ハティの右手を離そうと試みるも言葉は届かずチカラは強く、動けば動く程頭の痛みは増すばかり。
痛みに涙を浮かべるソールだが、この時のハティは気にすることなく――
「っあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
子供のような身体を切り裂いた。
とはいえ、傷は浅い。猫にでも引っかかれたような小さな傷。しかし、それは理性を失ったハティが無意識にやった行動。
大事な家族に手を出した報いだと言わんばかりにわざと浅く抉った。
だがそれだけではない。再び左腕を振り下ろしソールの身体を切り裂いたのだ。
たった二回……でもない。まるで別人格がハティの身を乗っ取り操ってるが如く、ソールを殺すことしか頭になく、されども肉を切り裂いた感触がいいのか殺意に紛れて楽しさも笑みも見える。しかし手は止まらない。
何回も薄く切り裂かれ続けていると、肉は抉れ出血により息も上がっているのがわかる。なのにも関わらずハティはまたも腕を振り上げ――
読んでいただきありがとうございます。
今回は前回言った通りライラプスが来た経緯、そしてハティはどうなったのか……それらを書いてると中々シリアスホラースプラッターな話となりました。
次回もホラースプラッター要素入ってるかもですが、是非お読みください!
まぁ、投稿までまだかかりますが……