2-25フェンリルと蘇る記憶②
咄嗟に唱えた爆発。
それにより、一時的に戦闘が止まるのだが……
「あ………ぁぁぁぁぁあ!!!」
爆発により燃え上がるフェンリルの身体から、一つの悲鳴が吐き出される。
それもそのはず。彼女は生前、人の手により焼かれているのだから。
また目の前で起きている光景を見て、硬直するしかない双子の人狼姉妹。少女もまた、幼き頃実の親を焼かれる場面を見ていた。
故に双方の闘いは一旦止まる。
いや止まったのは少女達だけだ。
悲鳴が止んだと同時に、彼女の身体は操る糸が切られたように力が抜け、だらりと体ごと項垂れる。
「はぁ、はぁ……はは……はははは!まさかハティの魔力がこんなにも多いとはね……私譲りかしら……でも過去に囚われてるようじゃ……」
「ダメだわ」と、燃える身体を無視して彼女はハティの目の前までいつの間にか移動していた。
練詠唱でも、無詠唱の魔法でも無い。ただなる加速。しかし、その場にいる誰しもが、一瞬の移動を目で捉えることはできなかった。
故に「ハティ!」と叫ぶ少女の一歩は、遅かった。
「Железо. Пуля. Мульти. проникнуть」
すっとハティの前に手を差し出すと、
ザシュザシュザシュザシュ!
と少女の腕や足に推定一センチ程の穴が多数生まれる。いや、否だ。今しがた唱えた錬詠唱は鉄の弾丸を作り出し、放つ効果を持つ。証拠に少女の後ろに転がる小さな鉄の弾は少女の腕や足を貫通し、地面に突き刺さっている。
「あっ………」と、ハティはゆっくりと視線を下ろすと、ポンチョごと貫かれた腕や、白い肌の足から溶岩のようにドロリとした鮮血が流れ、止まることなく黒い地面に溜まってゆくのが見える。
途端、痛みが全身に走ったのか、声にもならない悲鳴がその場にこだますると、少女はその場に崩れ落ちる。
「ハティ!!」
「スコル。貴女も過去を引きずるから隙が生まれるの、わかってる?」
ギロっとハティの方から茶人狼のスコルへと視線を向けると、やはり目で捉えられない速さで少女の前に現れる。
「残念だわ……私に一撃与えられたのは褒めるけど、まだ弱い……пламя.лопасть.резка.」
虚空から錬詠唱により、彼女手には赤く熱された鋼の刃が握られる。すると、これでもかと高く振り上げ、今にも我が子を切り捨てようと、構えていた。
「怖い……怖いよお母さん……」
彼女から溢れ出る殺気。目の前で重症を負わせられた姉妹。暗い国に漂う生臭い血の匂い。黒い床が赤く染められている。
五感全てを刺激された少女は、ただ目尻に透明の液体を溜め、全身を恐怖に震わせつつ、尻もちをつき後ろへ下がる他ない。
しかしフェンリルもゆっくり、ゆっくりと下がってゆくスコルに合わせ歩みを進める。
「ーーもう逃げるのは終わりかい?」
恐怖に震える少女はいつしか檻の端へと追い詰められていた。右にも左にも抜けることは可能ではあるが、最早どちらに逃げても目の前には死しか存在していない。
「答えないってことは終わりの意味。じゃ、さよならだ」
その言葉にぎゅっと目を瞑るスコル。しかし不思議と痛覚はなく、代わりにゴトンと重たい音が少女の耳を貫いた。
「な……ぁっ!」
「間に合い……ました……」
ハティの声がうっすらと少女の耳を刺激し、漸く目を見開く。するとすぐ左には熱された刃を握った腕が転がり落ちている事に気づき、驚いた少女はすぐさまフェンリルと距離を置く。
「ハティ……あんたなんで……さっきのはどう考えても……致命傷だったのに……」
「大回復……咄嗟によく思い出したもんだ……」
確かに、ハティは腕や足に数箇所も穴を開けられ、瀕死に陥っていた。だが、フェンリルはそこでトドメを刺さずに、スコルへと向かったのが仇となったのだ。
というのも、九尾がホッとしつつ小さく呟いた魔法をスコルに気を取られている間に、何とか詠唱して回復していたのだ。とはいえ、完全に治した訳ではなく、致命傷の傷のみを治しただけ、しかし少女はそれだけで十分だった。
スコルを助けるため、無詠唱で風の刃を唱えるため、致命傷の傷のみ治したのだ。
「母さん……いや、フェンリルさん。ここからは……」
「「私達が反撃する番」です!」
スコルも無事ハティの元へたどり着き、少女達は強くその言葉を放った。
第40話を読んでいただきありがとうございます。
いやぁ、何とか40話を書き終わりました。
でも、まだこの話は続きます。
次回③話はハティ達の反撃。お楽しみに!