2-16加速撃
30話まで読んでいただきありがとうございます。
今回の話ではスコルが加速を習得 (?)しますが、もう1つ新たな技を習得する話です。是非!
「あれがご飯なんですか!?」
少女は驚く。ウォンと姉妹のスコルが狙う、丸く小さな牙を生やし、周りのことなど知らぬと葉っぱを食い散らかす可愛げな魔物を見て。
されどもウォンは、スコルは一度狙ったモノを変えることなどない。
その証拠に、
「セーフリームニル種の肉は高級で煮ても焼いても美味しいからな、人生一度は食べておけ。それとセーフリームニル種は魔物といえど草食で大人しい豚だ。命も数千万あるし、殺しても輪廻転生するだけだ」
と、喰らう気満々の説明。殺意、食欲に埋もれた瞳。彼女は絶対にスコルに仕留めさせる気だ。
「さぁ、早くするんだ茶人狼!」
「わ、わかったよぅ……えっと脚に力を込めるんだよね?」
少女はウォンと同じように右脚を下げ、左脚で地面を掴むように力を溜める。
溜める。
溜める。
これでもかと長い時間溜め続けるが、一向に突き抜ける気配はない。しかし少女は溜め続ける。
時が来るのを待っているのだ。されども時が来るのは遅い。もう力を解放してもいい頃だが、鍛えていない故に未だ力が溜まるのが遅いのだ。
ーー否である!
スコルはもう既に力を限界まで溜めている。ならば何故加速が発動しないのか。それは単なるタイミングである。
いつ力を解放していいのか。そもそも突っ切るだけならば仕留めるのは無理極まりない。
だが、長く待ちすぎた故に、ウォンがトンっと背中を軽く押した。
それにより緊張も、溜め込んだ力も全てが解放され、自然と地面を蹴る。刹那、溜め込んだ力により地面は抉れ、反動で地面から浮くようにして吹き飛んだ。が、吹き飛んだ直後、獣人ならではの身体能力ですんなりと体制を整え、速さを活かしてセーフリームニルに拳を喰らせる。
草っぱを食い散らかしていた魔物にとって、不意の攻撃となる。それもスコルの加速の速さが拳を受けるのと同時に、セーフリームニル種の身に移り、赤く鮮やかな液体を吐き出しつつ、放射線を描き百メートルほど飛んで行く。
「いきなり押さないでよ〜!」
「いつまでも構えているからだろう!それよりも加速撃を自然にできるのは想定外だが上出来だ!九尾の言う通り、お前らは鍛えがいがありそうだな!……だが、お前らは人狼だ、その事を忘れるなよ」
セーフリームニル種を華麗に?仕留めた直後、少女達が人狼であることを忘れていたかのような口ぶりで、再び冷たい眼差しに冷たい態度を取り始める。
いや、忘れてはいないが、レアな魔物に高級食が目の前にあり、食欲が勝ったが故興奮していただけである。
「ところで、セーフリームニル種を狩ったのはいいけど、どこで食べるんだい?」
「そりゃあここでだろう」
セーフリームニル種の元へ歩いていきつつ、九尾が尋ねるが即答だった。それだけ腹が空いているのだろう。でなければ興奮することも、獲物を絶対に狩る目をするはずもない。
だが、彼女はあることを忘れていた。
それはーー
「あの、ここで食べるにしても、あまり魔法使えませんし……捌くこともできませんよ?」
その言葉で数秒の沈黙が生まれる。
「確かに人の領域だと安心して食えないな……仕方ない。背負って先に進むか」
セーフリームニル種の肉は草食とは思えない程重く張っている。故かぱっと見四十キロの重さにしか見えないが、いざ持ち上げると、ずしっとその倍の重さが襲いかかる。
だがウォンは違う。ウォンの腕は細いが、鍛えてはいる。聞けば、バニップの血を引き継いでるらしく、生まれつき腕の力には自信があるようだ。
「それじゃあ、とりあえず人の領域を抜けるぞ」
平然とした顔でセーフリームニルを背負いあげると、重さなど関係ないとばかりに北へ歩き出した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
案外力持ちなウォンさんですが、ウォンバット (バニップ)は穴を掘る動物なので、力持ちにしました。なので自然にウォンの戦闘スタイルも……
さてさて、次回「極寒の地」はヘルヘイム領に入ります。しかしそこはすっごく寒いです。ええ、それはもう365日マイナスを維持する場所ですから。なのでハティがある行動を起こす……そんな次回です。お楽しみに!