もっと近くに
俺が惚れた女子は、近所に住む『カオリ』って子だ。
今時の高校生とは思えないくらい、礼儀正しく優しく素敵な女性なんだ。
毎朝、近所の人への挨拶は欠かせないし、同級生からの評判も良いらしい。一度授業中の様子を覗いた事もあるが、頭も良くて先生への態度もとても良かった。
運動神経も良いしスタイルもバツグン、完璧美少女かよと、出会った頃は異性なのに嫉妬を覚えたほどだった。
「いってきます!」
今日も彼女の一日が始まった。
いつものように、朝の散歩や掃除をしてるご近所さん一人一人に丁寧な挨拶を交わしてく。
「鈴木のおばあちゃん、おはようございます」
「あら、おはよう。今日も元気ね」
ウチのばあちゃんにも挨拶してきた。なんて良い子なのだろう。その一言を聞いただけで、今日も一日、幸せな気分で過ごせそうだ。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
今日もまた、後で様子を見に行くか…。
帰り途中の彼女を見つけた。
バスを降りてからは、いつも一人で鼻歌を歌いながら帰るのが彼女の日課だ。
「ふふふん、ふーん」
可愛い。
彼女がふと、足を止めた。
彼女の目線の先には、一つの段ボールがあった。その中に一匹の白猫が入っていた。
「捨て猫なのかな…。うちに連れて帰りたいけど、お母さん動物苦手だし」
少し考え込むと、彼女は何かを閃いた様子で「あっ」と言った。
「近所に猫好きのおばあちゃんがいるの。そのおばあちゃんにお願いしたらもしかしたら…どうかな」
猫はニャーと返事をした。
「じゃあ取り敢えずおばあちゃんの所行ってみようか」
彼女のお願いをおばあちゃんは快諾した。
猫好きのおばあちゃんとは言うまでもない、うちのおばあちゃんである。
それもただの猫好きでなく、猫に優しく、猫にとって何が幸せなのかと考えて暮らしてるとか。捨て猫を預かる施設にもコネがあるらしく、こういった相談は日常茶飯事だった。
「良いわよ勿論。しばらくうちで預かって、里親さんとかが見つかったらその方にお願いしましょうか」
「本当にありがとうございます。良かったねー、猫ちゃん」
そう言いながら、彼女はその猫を撫でた。羨ましい。
「あの、たまに様子を見に来ても良いですか?」
「そりゃ勿論、というかいつも来てるじゃない」
そうでした、と彼女は笑った。その笑顔までも眩しい。
彼女が帰ってから少しして、俺も家に帰った。
「あら、おかえり夜空」
おばあちゃんが優しげな表情で言う。カオリちゃんと普通に話せるのも、この優しいオーラのおかげなのだろうか。
居間に行くと、早速さっきの猫が床でゴロンと寛いでいた。
「おい、お前」
「んにゃ、君は?」
「俺は夜空っていう。ここではお前の先輩だからな。よろしく」
「にゃー、よろしくー」
新入りのクセに、と少し苛ついた。なんでこんなヤツがカオリちゃんに…
「なあ」
「ん?」
「カオリちゃん…、お前を助けた女の子、可愛いよな。なんでお前はそんなにあの子に話し掛けてもらえるんだ?」
「はい?」
一瞬唖然とした様子だった新入りだったが、暫くしてニヤリと笑いながら言った。
「ほほう、つまり夜空さんはあの子に惚れてるんだね」
猫のクセに、おませさんだにゃ──と新入りは言った。
「余計なお世話だっ!」
「猫らしくしてれば、勝手に人間は可愛がってくれるにゃ。それなのに、なんでそんなに悩むにゃ?」
「お、俺は、猫としてとかじゃなくて、一匹の男として見て欲しいんだ」
「本当におませさんにゃーね、でも面白そうにゃ。良い考えがある。聞くか?」
──俺の恋が動き出した。