第176話 エメラルの過去 上
うーん、弱かったなぁ…というよりも俺が強すぎるだけか?
「クッ…これ程とは…」
「ウゥ…痛えよぉ…」
そこら中に転がる騎士たちの屍…では無くボコボコにされた騎士達は気絶しない程度に痛め付けて転がしておいた。
「…貴様、思ったよりはやるようだな。仕方ない…俺様直々に相手してやろう。来いッ!!」
…?
あれ?まだやるつもりなのか…?もうこれ以上やる必要は無いんだが…そう思いディルクレーの瞳を覗き込む。
……あぁ、なるほどな。ケジメをつけなくてはいけないと思ってるのだろうな…
ディルクレーは自らの力不足を知っている。だからここで愚王を卒業しようとしてるのだ。
オッケー、そっちがその気なら俺も全力で答えてやるよ。
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「ご主人様おかえりなさいませ。リリア様達から伺っておりますが…ご主人様のお召し物は私がご準備してもよろしいのでしょうか?」
「話が早いね。よろしくお願いするよ…俺は少し調べたいことがあるからこの後出かけてくるよ」
「承知致しました。では、私の方で見繕っておきます」
「うん、あまり派手なのはやめてな?」
俺は玄関でそれだけ告げてある場所へと向かう。
「貴族や王家のしがらみなんかに詳しいのは、あの人しかいないだろうからなぁ…と思った次第です」
「……なるほど、それで私のところへ来たという事だね。だけど突然や過ぎないかい?」
「仕方ないでしょう?タイムリミットが明日の晩なんだから…」
「…はぁ。仕方ないね…そのパーティーには私も参加するし、ユウキ殿に変に目立たれても困る。私がこの国の貴族についてレクチャーしてあげるよ」
「助かります。色々聞きたいことあるんだが…時間は大丈夫ですか?」
「それは訪ねてくる前に聞いておいて欲しかったなぁ…まっ、この後の時間は趣味に費やす予定だったし問題は無いさ。それじゃまずこの国の組織図なんだけど…」
そっから小一時間ほど、時に冗談を交えてエリン殿が話してくれる内容は、とても参考になった。
だが、ここで疑問に思うことが幾つか出てくる。
「さて、ここまで話した中で質問はあるかい?」
「えぇ、いくつか。まず一つ目なんですが…」
「ちょっと待ってくれ!」
「え…?どうしました?」
「何というか…その敬語をやめてもらえないか?違和感しかない」
えぇ…良かれと思ってたんだが…まぁ、この前来た時もそんなこと言ってたし…仕方ない。要望に応えるとするか。
「わかった。んじゃ、一つ目の質問なんだが…いいかな?」
「勿論だとも。そっちのがしっくりくるね」
「こほんっ、質問なんだが!……この国の政治が腐敗してるのはわかった。だが、腑に落ちないことが何個かある。ディルクレーが即位したのは10年前と言ったな?その時、エリン殿はまだ18とかそれくらいだったんじゃないか?エリン殿がこの家を継いだのはいつ頃なんだ?」
「…私が家を継いだのはディルクレー陛下と同じタイミングだよ。そして、陛下は私とは学友だった。卒業と同時にディルクレー陛下は王位を継がれ、私もこの家の家名を受け継いだ」
……この様子だと学生時代は交流があったのだろう。
どこか懐かしむ様に話すエリン殿の姿は、過去の出来事を思い出し、可笑しそうに笑っている。
「おっと、ごめんごめん。つい懐かしくなってね…それで当時のディルクレー殿下と私は校内1、2を争う間柄だった。だが、仲は良かったよ。今でも私の妻に手を出そうとしないぐらいには…ね?」
今の言葉は俺の質問の先取りか?
「よく俺が聞こうとしてた内容がわかったなぁ…それで、昔からディルクレーは権力を振りかざしたり悪事を働いていたのか?」
「いやいやまさか!彼があんな風になったのは私にも予想外だったよ…学生時代は共に勉学や魔法、そして武力を高め合い…日が暮れるまで木剣を打ち合ったんだ。彼も彼の父親である前国王も心の強い人だった。それは間違い無い」
「ほぉ…それじゃ二つ目の質問なんだが…ディルクレーが変わり始めたのは5年ほど前からだとアメジスティア国王から聞いた。それまでは積極的に国通しの遣り取りや、会合に出席してたのがパタリと来なくなったらしいが…5年前に一体ディルクレーに何が起きたんだ?」
俺はこの国…いや、ディルクレー・エメラルという1人の人物の心の在り方が変わってしまった何かがあると思い、エリン殿へと質問をした。
そして、苦悶の表情を浮かべながら重々しく口を開いたエリン殿が応えた内容は、俺の想像を超える悲しい話であった。
「……5年前、この国ではある事件が起こったんだ」
「……その事件とは?」
「……本当は国外の人に話すのは禁じられてるんだけど、ユウキ殿は特別だよ?実は、とある冒険者が遺跡から持ち帰った宝箱。その中身がこの国を窮地へと追いやる代物だったんだ」
冒険者だと…?たった一つの宝箱で国を滅ぼせる代物が遺跡に置いてあったのも不可解だが…
「…一体何があったんだ?」
「……封印された病魔だ」
病魔だと…?確か前にアメジスティア城の書庫を探索した時にそんな事が書いてある文献を読んだような…
確かあれは…
「病魔って確か遥か昔に作られた対魔神族用の生物兵器じゃなかったか…?何故そんなものが現代まで残っていて、尚且つ冒険者が入れる遺跡なんかに放置されていたんだ…?」
「……流石英雄と呼ばれるだけあってユウキ殿は詳しいね。何故病魔が現代まで残っていたのか…それは残念ながら解明できてない。まず、第一発見者は宝箱を開けた瞬間、その場で絶命していたからね。詳しいことを知る前にこの国に居た大半の人達が病魔によって蝕まれたんだ」
即死…多分それは過去の大戦で魔神族を滅ぼす為に生け贄となるはずだった者が苦しまない様に配慮されて仕組まれたものだろう。
神風の様に…片道切符を持って世界を救おうと魔神族がかつて蔓延っていた地へと赴いたに違いない。
だが、何が起きたのかそのパンドラの箱は開かれる事はなかった。
記述では、箱を持って向かう途中で消息が途絶えたとあった。
怖くなって逃げ出したとか、魔神族側へと寝返ったとか書かれていたが、俺個人としての見解は違う。
きっと、同盟軍側に敵のスパイが紛れ込んでいたのだろう。それこそ、魔神族に恋した妖精族の長の様に…
そして、そいつの手によって魔神族の元へ辿り着く前に消され、パンドラの箱の行方がわからなくなっていたのだと俺は思う。
だが、何故そんなものを発見できたのか…
「…その遺跡はどこにあるんだ?」
「…当時、その冒険者が仲間達に遺跡を発見したことを嬉しそうに報告していたらしくて、場所はわかったんだ…だけど、私たちが病魔を癒すヒントを求めに遺跡に向かった時には……跡形も無く消え去っていた」
「消えたいたのか…?遺跡が?」
「うん、私も当時探索隊に参加したからね。あの時の彼らの取り乱しようは凄かったよ?ここに本当にあったんだっ!てね…泣きながら信じてくれ!と懇願された私たちは彼らを責めること等できなかった。だって彼らも大切な仲間を失い、家族が病魔に蝕まれていたのを知っているからね」
「酷い話だな…だが、結果的にこの国は元通りになってるだろう?どうやって病魔を癒したんだ?」
「……それがディルクレー陛下が変わられた発端になったんだけど…その話をする前にお茶を入れてもいいかい?ちょっと話し過ぎて喉が渇いて…ユウキ殿も紅茶でいいかな?」
「勿論構わないよ。それと俺も同じ物を頂こうかな」
「了解。ちょっと待ってね…」
余りにもこの国の過去が重すぎる。
しかも、まだ最近と言っても良いぐらいの出来事だぞ?
どうして他国にこの話が一切漏れてない…?
「砂糖は要るかい?」
「自分で調整するからストレートのままとりあえず貰いますよ」
「そうかい?それじゃ、失礼して…うん、美味しいね。……続きを話そうかな」
エリン殿がソファーへと座り、俺の前に差し出されたカップに、紅茶を注いでくれる。
俺は、エリン殿が紅茶を口に含んでる時に、好みの甘さへと角砂糖を投入する。
この砂糖が溶けていく様に、この謎がすぐに解ける事を期待しつつ…エリン殿の話へと再び耳を傾けるのであった。
次の更新は明日の0時頃になります!
しばらく男2人の描写が続きます…




