表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

ヒーローに一度はなってみたいよね? それが永遠に治らない中二病だとしても……。

 話し合いが終わった。

 とりあえず、明日になったら逃げる予定だ。

 そして俺は高校生を避難させたら、北の砦を襲撃。

 王子を人質に取る予定だ。

 俺たちは廃教会の床に藁を敷いて雑魚寝する。

 少し肌寒いが我慢だ。これでも獣人たちができる最高レベルのもてなしなのだ。

 外で虫に刺されながら眠れない夜を過ごすよりずっといい。

 でも寝床はもうちょっとマシにしよう。いやホント。

 そんな劣悪な状態でも、俺も高校生たちも雑談する間もなく寝てしまった。

 思ったよりも疲れたのだろう。

 何度目かのノンレム睡眠とレム睡眠の交替、そのどさくさに俺の脳内に干渉するものがいた。


「勇者様。我が世界はいかがでしょうか?」


 俺の目に入るのは金髪オールバックで眉毛なしの天使のドアップ。

 近い近い近い近い、ち・か・い!

 今日は派手なジャケットにホストみたいな黄色(ガンボージ)のワイシャツ、靴は蛇皮で先が尖っている。

 もう隠す気すらないらしい。

 場所は例の和室。こたつが撤去されてる。もしかするとあの世とは時間の流れが違うのかもしれない。

 俺はなんとか弱みを握ろうと部屋をよく観察しながら苦情を並べる。


「最悪ですね。いきなり高校生人質に取るとか、この世界の神様って頭わいてるんじゃないですか?」


 言っておくが神への敬意など、ない!

 それほど俺は怒っている。

 自ら契約した俺一人なら笑い話ですむが、高校生まで巻き込むのは許せない。


「神にも避けられない事象というものがあるのですよ。RPGの強制敗北イベントとか」


「なんすかそのメタ発言。……つまり高校生の召喚は偶発的だったということですか?」


「そういうことです。もはや召喚は発動し助けることもままならず、しかたなくあなたの魂を召喚時に死亡した男子の体に入っていただきました。本当の真鍋さんには事情を話し、別の世界にチート山盛りで異世界転生していただいてます。到着から約十二時間ですか、今ごろ異世界奴隷ハーレムを築き、『さすがご主人様(さしゅごしゅ)!』されているところかと」


 スッパーン!

 俺は天使の頭を手で思いっきり叩く。


「叩きましたね? 神様にもなぐ……」


 スパパパーンッ!

 余計な事を言う前にさらに叩く。


「うるしぇーッ! 貴様ぁッ、なぜ俺をイージーモードの優しい世界に転生させなかった! なんだこのクソ世界は! 人生返せ!」


「あなたのような過激な方があの世界には必要なのです! ちょ、これ以上たたかないで」


 スッパーン!

 許さん。お前だけは絶対に許さない。


「もう、なんで叩くんですか! わかりました。サービスつけます! 欲しいものがあったら言ってください」


「じゃあ、情報をくれ。俺の能力はなんだ?」


「全能ですよ。チートマシマシにするって約束したでしょ! 思考を具現化する能力です」


 マジで神レベルの能力である。


「じゃあなんで、聖剣がラバーカップなんですかね? ねえ、おかしくね?」


 俺は天使の胸倉をつかんで揺さぶる。

 その目は充血し赤く染まっていた。


「レベルが低いんです! 何度も使えばそのうち剣になりますから!」


 その言葉を聞いた俺は天使をリリースする。

 そうか。レベルが高くなれば、他のチーターみたいに中二病全開で戦えるのか!

 いやいやいやいや、中二病なんて言ったが本音ではそういうのやってみたいだろ? 俺はやってみたい。

 人生の中で一度くらいヒーローになってみたい。


「本当だな?」


 もう、俺は堕ちていた。

 くっころだったのだ。


「ええ。さあ思い描いてください。聖剣を使う高校生ヒーロー、その横にはけも耳メイド、『ご主人様すごいです!』と賞賛される毎日、毎日スライムを飼って悠々自適の生活」


「お、おう」


「挫折などない優しい世界。世界全体があなたさまを賞賛する。それを貴方様が作るのです!」


「お、おう」


 いいな。そう思ってしまった。説得されてしまったのだ。


「では、お詫びもかねて国王討伐ボーナスを差し上げましょう。他人にチートを顕現させる能力です。チートを顕現させた人間は自動的に貴方様にゆるやかに従属します。簡単に言うとあなたに好意を持ちます。もちろん、ちゃんと意思能力はありますので鬼畜ルートは存在しません」


【洗脳アプリ】という言葉がのどまで出かかったが、違うようである。セーフセーフ。

 でもさ、本音を言うと催眠術を使う体育教師ってあこがれるよね?

 来世は催眠術を使う体育教師になりたい。洗脳アプリでも可。

 って本題、本題。


「それで私になにをしろと?」


 すると天使は俺に近づいてくる。


「滅ぼすんですよ。敵を! この能力で全面戦争も可能です。さあ戦いましょう! 自由のために!」


 なんだろうか。某アメ●カと同じ論理構成だ。まあいいや。

 ……こいつ……本当は悪魔なんじゃね?

 と、疑問に思った瞬間、いきなり俺は異世界に連れ戻される。

 パチリと目が開くとそこは廃教会だった。

 高校生たちも誰も起きてない。


「起きるか……」


 俺は立ち上がる。

 気をつけたつもりだったが、その際に少しだけガサガサと音を立ててしまった。


「う、ううん……」


 モゾモゾとショートボブの女子が起きてくる。

 普通の子なので高校では男子にランキングづけされないけど、社会に出たら速攻で嫁に行っちゃう系の女の子。

 心の底から思う。こういう子と高校時代に恋愛できなかった時点で俺の前世は終わっていたのだと。一生満たされないのだと。


「うん? ううん?」


 女の子が寝ぼけ眼で俺を見る。

 寝起きが弱い子のようだ。

 しばらくボケッとするとあくびをした。


「ふあぁ、真鍋くん。おはよ」


「おはよう。って、まだ暗いけどね」


 暗いが、外からは烏の鳴き声が聞こえてくる。

 もうすぐ夜が明けるのだろう。


「水を汲んでくる」


 俺は話を打ち切るために、その辺にあった水瓶を持って外に出る。

 いやね【女子とお話羨ましい】とは思うんだけど、ソロ暦長いと女の子と何を話していいかわからんのよ。


「あ、私も行く」


 逃げ道が封鎖されたでゴザル。

 俺たちは一緒に外に出る。

 俺は騎士に囲まれたときよりも緊張していた。

 外に出るとマリンさんのおじさんが水を汲んでいた。

 よし、おっさんがいるのでSAN値回復と。


「井戸は使えるみたいだね」


 俺はそう言って一応気遣いしてみた。だが、気になっている。変な顔をしてないだろうか? 臭くないだろうか? 挙動不審じゃないだろうか? 防犯ベル鳴らされないだろうか? あ、これは違うか。

 とにかく女子高生にとっては、おっさんなどゴミと同じだ。細心の注意を払わねばなるまい。

 俺は被害妄想を全開にする。

 ところが女の子は特に敵意を示さなかった。


「あのね、真鍋くんって、すっごく一生懸命だよね。あのね、私、お礼が言いたかったんだ。ありがとう。真鍋くんがいなかったらみんなひどいことされてたと思うんだ」


 おかしい……。女子には自動的に嫌われるはずなのに。

 なにが起こっているのだ!


「あ、ああ。こちらこそ。えっと……名前は?」


「あ、そうか。頭打って記憶がないんだっけ? 高藤よしのです。真鍋くん、頼りにしてるよ」


 女の子は、ぽんぽんと背中を叩いた。

 俺はなるべく平静を装った。

 だが頭の中では猛烈な勢いで危険信号が鳴り響いていた。

 緊急警報! 緊急警報! 女子が俺を嫌わない! なんかお礼を言っている!

 これは……この世の終わりが来る前兆なのか……。

 困った俺はマリンさんのおじさんに挨拶をした。


「おはようございます!」


 挨拶。体育会系の基本で多少の反抗心はあるが、できていて困ることはない。

 実際、マリンさんのおじさんも笑顔になった。


「おう、兄ちゃん、水くみ係か?」


「一番早く起きたので」


「頼まれもしねえのに働くのか。難儀な性格だな。異世界人ってのはみんなそうなのか?」


「どうでしょうね?」


 そう言いながら俺は水を汲む。

 井戸の水は澄んでいる。においもない。放置された井戸ではなさそうだ。

 水瓶の蓋を取り、水を入れる。

 二杯ほど入れると水瓶がいっぱいになる。俺はもう一度水を汲む。


「使う?」


 俺は高藤に水の入った桶を渡す。

 高藤はこくんと水を飲み、さらに手を洗う。

 そして小さなタオルを出すと、タオルを水につけ絞り、それで顔をふいた。


「風呂も用意しないとな」


「いやーん♡」


 おっさんをからかうな。死亡フラグ立つから! マジで警察来て、証拠もなしに有罪にされちゃうから!


「断じて違う。それだけはない」


「えー、もう冗談だよ! もー、真面目だなあ!」


 高藤はバンバンと背中を叩く。この娘、人懐っこすぎる!

 俺は『そろそろツッコミを入れてやらんと破滅するな』と思ったので、高藤の方へ振り向く。

 そこでようやく異変に気づいた。なにやらおかしい……。高藤の肩が光っているのだ。


「えーっと、高藤さん。その肩は?」


「え、なに?」


 高藤はわからないらしく、目をパチクリとさせている。

 なんとなくわかってきた。これが俺の新しい能力なのだろう。


「えーっと高藤さん、試したいことがあって肩を触りたいんだけどいい? これはけっしてセクハラじゃなし、いやらしい目的は一切ないから」


「もー、先生じゃないんだからそういうのやめてよー!」


 先生をやってらっしゃる皆様、苦労なされているのですね。

 すると高藤は笑顔になる。


「いいよ。でも変なことしたらぶっ飛ばすから」


 俺は肩の光を触る。

 すると井戸がガタガタと震えた。枠が震えたんじゃない。もっと奥からガタガタと音がする。

 次の瞬間、井戸からブシャッと勢いよく水が吹きだした。勢いのあまり水柱が立っている。


「おおおおおおおおおお!」


 高藤は謎の声をあげながらフリーズしてる。

 まるで蛇口が壊れたときの母親である。どうやら自分がやったという感覚はあるらしい。


「落ち着け。な、気持ちを落ち着けて【終了】って念じてくれ」


「ああああああああああああ、終了!」


 高藤が叫ぶと水が止まった。


「ま、真鍋くん! なにするのですか!」


 高藤は妙な片言で俺に詰め寄る。

 マリンさんのおじさんも俺に無言で詰め寄る。


「い、いやね、俺ね。人のチート能力を開花させる能力があるみたい!」


 テヘペロ。

 俺は舌を出した。なお、かわいくない件。


「でも役に立たないじゃん! 水柱を立てるだけなんて……」


「たぶんレベルが低いだけだと思う」


 俺の聖剣がラバーカップなのと同じだ。

 使い続けていればもっといろんなことができるようになるだろう。

 ……たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ