ドラゴンさん
日が落ち薄暗くなった。
顔に泥を塗った俺は砦への潜入作戦を決行する。
照明は焚火のみ。
まだ緊急事態の一報は入っていないらしく、警備は薄かった。
俺は暗闇の中を走り抜ける。
こちらは堀がちゃんと設置されている。
国王よりは賢いのだろう。
俺はポケットから自動追尾型ゴムパッチンを取り出す。
俺がゴムパッチンを投げると塀をとび越えて適当な位置に絡まってくれる。
俺はゴムパッチンを引き寄せ、塀を乗り越え砦の中に侵入する。
ゴムパッチンがザイルの代わりになるのかは考えない。絶対に考えない。
砦の中庭に侵入した。
昼間、騎士たちが訓練していた場所だ。
中庭にはかがり火が焚かれていた。
俺は火を避けて、明りのついてない小屋に入る。
外から見えた大きな小屋だ。
木戸もなく、明りもない室内。
ほんのり獣臭い。というか普通に家畜小屋である。
なのに小屋のサイズは番兵の詰め所かと思うくらい広い。
牛なら数十頭は入るかもしれない。
暗い中でもうっすらとどこに何があるかがわかる。
なるほど。これも夜目が効くチートなのだろう。
中の家畜に騒がれると面倒だ。さっさと出よう。
と、思ったそのときだった。
「きゅう?」
なんだか大きいものがこちらを見ていた。
鼻を鳴らしている。
そして俺はそのなにかが、なにを言わんとしているかが手に取るようにわかった。
なるほど。これもチートなのか……。
「きゅう? きゅううん? (ごはん? お散歩?)」
ちなみに大きいとは言ったが、大型犬どころの騒ぎではない。そのサイズは数メートル。
とりあえず頭を差し出してきたので、なでなでする。
うん、固い。毛が生えてなくて、つるつるする。
爬虫類……。というかファンタジー世界で爬虫類ってもうアレしかないよね。
「きゅうう! きゅううんッ! (わーい! なでなで!)」
なでなで。
字幕は面倒なので次からは直接ね。
「お散歩? お散歩? 空飛ぶの?」
はい、ドラゴンです。
がっつりドラゴンです。
ドラゴンがいい顔しながらしっぽフリフリしてやがる!
なので全力でもふってくれる!
もふもふもふもふもふもふ。わしわしわしわしわし。
俺のハンドテクニックの前にドラゴンは陥落。
お腹を出してしっぽをフリフリ。いわゆるへそ天になった。
「くくく。どうだ? これがいいのか?」
「うわーい! うわーい! うわーい!」
すると後ろからのっしのっしと足音が聞こえてくる。
そりゃ、一匹だけじゃないよね。
全部で六匹ほどに囲まれる。
「なに遊んでるのー?」
ぱくり。
ドラゴンに襟をくわえられる。
「遊んでるんじゃなくて、この砦落とすの。君らは騎士さんを叩きつぶすので逃げてなさい」
俺がそう言うとドラゴンは額にしわを寄せる。
結構表情豊かだな。ドラゴンって。
「騎士キライー!」
「叩くのー」
「すぐ怒鳴るのー!」
「ごはんくれないのー!」
「飛ばないと首輪がビリビリするの!」
「逃げようとするとビリビリするの!」
六匹はきゃうきゃうと訴えかけてくる。
本当にひどい扱いを受けているようだ。
「首輪?」
「これー、見てー」
ドラゴンは俺を解放すると前足で首を指さす。
なるほど。
俺がつけられたのと同じ首輪がある。
ドラゴンにもワンパターンに同じ手を使っているらしい。
外に逃げてから学生たちの首輪も引きちぎったが、ひどい扱いだ。
「んじゃ、首輪取るね」
「できないよー。僕たちの力でも引っ張ってもとれな……」
ぶちり。
「取れた……」
そのまま俺は六体のドラゴンの首輪を引きちぎる。
動物虐待は許さない。ダメ絶対。
ドラゴンたちはきゃうきゃうと喜んでいる。
「それじゃあ、みんな逃げてね。俺は中の連中お仕置きしてくるから」
「「はーい!」」
良いことをすると気持ちがいい。
俺は家畜小屋を出る。
ドラゴンたちも「とととと」と外に出る。
「お兄ちゃん、仲間呼んで来ます!」
「おう」
と返事したが、よく意味がわからない。
なにかあるのだろう。
たぶんエロいイベントに違いない。
期待していいのだ。
俺は手を振ってドラゴンたちと別れる。
ドラゴンはそのまま飛んで空に消える。音もなしに。
……今、音速出てたよね。沖縄で見た戦闘機より速かったぞ。
しかも音がしない。軍隊……空は負けるんじゃね?
どうりで首都に配置しないわけだ。
暴走したら怖いもん。
さあ、次は奴隷の解放だ。
俺はさらに探索を進める。
また小屋がある。
ドラゴンの小屋よりさらにボロい。
なんだか嫌な予感がする。
扉を開けると、中にはけも耳の人たちが濁った眼差しで体育座りをしていた。
薄暗い室内は人の熱気で熱く、明らかに過剰に人を詰め込んでいた。
奴隷を財産と考え使う姿勢ではない。明らかに使い捨てにする状態だ。
けも耳の人たちは興味なさげにこちらを見ていた。
これはキツい。
「えーっと、みなさん。逃げていいですよ」
そう言いながら俺は首輪を破壊していく。
「余計な事を……」
一番年を取った男が言った。
なんだろうか? 気になる。
でも時間がない。
比較的元気なけも耳の人たちが外に出たのを見届けて、俺は外に出る。
次は王子の拉致だ。すっかりスーパースパイみたいじゃないか。
今度は中央の建物に近づく。
見張りがいて交替で見張っているようだ。
見張りを倒すのは簡単だ。でもすぐに発見されてしまうだろう。
王子に逃げられたら困る。
と、思ったときだった。
「きたよー!」
ぎゃうっという声が聞こえた。
おう、なにがあった?
空を見ると、月光に照らされた巨大物体がバッサバッサと羽ばたいている。
「みんな連れてきたよー!」
しっぽフリフリしてるのは、先ほどのドラゴン。
「てめえら! うちの子さらってただですむと思ってんじゃねえぞ!」
先ほど助けたドラゴンの後ろにはメタリックにテカテカ光る黒いドラゴン。
もうね、見た感じ武闘派。
それがガチギレしてる。
あー……ドラゴンは養殖じゃなくて捕獲だったのね。
この世界の人類、他種族なめすぎ。
「オラァッ! テメエら! カチコミかけんぞ!」
黒いドラゴンの後ろにはまたもや武闘派っぽいドラゴンの集団が見える。
あー……ドラゴンの世界の○ヤの人たちだったのですね。
この後の展開、よくわかります。
ぴぎゃー!
っという声が聞こえた。
それと同時に砦の壁が爆発した。
あー、対地攻撃力半端ねえ。
「な、なにがあった!」
兵士たちが騒ぎはじめた。
「ど、ドラゴンだ! ドラゴンの襲撃だー!」
カンッカンッカンッと警報が鳴る。
ぼえええええっという低いラッパの音がする。
なるほど、そうやって警報を鳴らすのか。
そして黒いドラゴンは俺の方にやって来た。
できれば放って置いて欲しかった。
「おう、兄ちゃん。うちのせがれが世話になったな!」
黒いドラゴンはチビリそうな威圧を俺にぶつけてくる。
「あ、はあ。神様に人間に天罰落とせと言われてますので」
こ、怖い!
「それはおもしれえ! 兄ちゃん、手を貸すぜ!」
どうやらドラゴンが仲間になったようでゴザル。
「じゃあな、今からここを地獄に変えるわ」
「あそこの本館は少しだけ待ってもらえますか。王子を拉致しますので」
俺は指をさした。
「おう、わかった。本館は最後にしてやるぜ!」
はい、タイムリミットありのミッション開始。
俺は本館に飛び込んだのだった。




