バスという名の暴力装置
さて生産はいったん置いて、今度は夜逃げの準備……いや昼逃げの準備である。
宮殿が壊滅したので、救助に丸一日。
そろそろ犯人捜しが始まるのではと推測される。
すでに各地へ散らばっているらしい王子たちの元へ伝令が走っているだろう。
それで王子たちが軍を編成するのに約二週間。
ここにやってくるのが二週間として、約一ヶ月後に全面戦争になる予定だ。
なお、距離や行軍の正確な速度を知らないのであくまで予想である。
その間に官吏を蹴散らして王都に籠城することも考えたが、兵士や住民が素直に言うことを聞くはずがない。却下である。
だとしたら、ここを離れる以外の選択肢はない。
王都を離れたら、王子たちが治める地方を襲撃。王子を人質を取るのだ。
王子をだしにして交渉。我々の身の安全を保障させる。
表向きは獣人の反乱。俺たちはおまけにしておけば相手も呑みやすいだろう。
外国が何か言ってくるかもしれないが、それは後で考えよう。
今から心配してもしかたがない。
実際当事者になってみると、三国志の軍師ってすごいわー。
俺じゃこのくらいしか思いつかないもん。
というわけで、俺たちは福本のガラクタを荷車に積み込み、マリンさんの案内で裏口から王都を出る。
王都は四方を壁に囲まれているが、ところどころ壊れていて抜け穴があった。しかも堀すらない。出入り自由である。
この世界に重機があるわけでもなし、メンテナンスは金がかかるのだろう。案外そんなものなのかもしれない。
外に出ると草原が広がっていた。よし、そろそろ出すか。
俺はポケットを漁る。
にゅいんと釘バットが出てくる。もうヤケである。いいもん! これでやるもん!
俺は釘バットをくるくると回しながら振る。
「バスよー♪ あらわれろ~♪」
嫌がらせのようなピンク色のエフェクトと共にあらわれたのは、棘つきバンパー、キャタピラ、窓には鉄格子、圧倒的暴力感満載の世紀末バスだった。
これだけやりながら、かろうじてバスだと認識できるのが悪趣味さを加速させている。
てっぺんには砲台がついている。たぶん火炎放射器に違いない。あのヤンキー天使なら絶対にそうする。
「……真鍋……いやいい」
「福本、はっきり言え。俺も『これはないわー』って思ってる」
「みんな乗れそうだしいいんじゃね。ほら、薄目で見るとかわいい……ような気がしてきた」
ぽんっと福本は俺の肩を叩く。
その生半可な優しさが人を追い詰めるのだよ。
すっかりやさぐれた俺はバスの中に入る。
運転席に腰掛けるとそこにマニュアルと鍵があるのを発見した。
マニュアルをパラパラめくるとイラスト入りで操縦方法が掲載されていた。
■バスの起動方法
・屋根にあがり火炎放射器つきギターを演奏してください。エンジンにエネルギーがチャージされます。
・キーを入れるとエンジンがかかります。
・屋根の砲台は火炎放射器です。
俺はバスに乗り込んできた福本に無言でマニュアルを渡す。
福本はマニュアルを読むと「ふっ」と笑って高藤にマニュアルを渡す。
高藤は「ごめんね。うふふ」と小さく笑うと、蘇我にマニュアルを渡す。
蘇我は「炎だからやってみたいが、楽器は無理」と他の連中に渡す。
……お前ら、俺がかわいそうだからコメントくらいしろ。放置プレーはやめてー!
おぼえてろー! あのヤンキー天使め!
「おーい、軽音部って誰だっけ?」
「加藤じゃね?」
その場にいた全員の視線が黒髪ロング眼鏡の女子に集まった。
加藤は女子だった。てっきりパンクとかゴスの人かと思ってたら、眼鏡の地味系女子である。
今の軽音部はこうなのか。時代は確実に変わったのだと、おっさんは少し寂しくなった。
「あ、あの……私、アニメの曲しか弾けませんけど……」
加藤は小声でおずおずと言った。
福本と俺は親指を立てた。アニメの曲でもいいのだ。だって、俺たちは見たかった。地味系女子が火炎放射器つきギターをかき鳴らすのを。
車内のハシゴから加藤は屋根に登る。俺たちはあくまで紳士的に加藤をエスコートした。
「えーっと、これかな? ひゃッ!」
アニメ声の小さい悲鳴と共に「ぼおおおおおおおッ!」とバーナーの音がした。火炎放射器だろう。
俺たちはバスの外に出る。
すると火炎放射器のあまりの勢いにおっかなびっくりギターを奏でる加藤が見えた。
俺と福本は思わず手を合わせる。
地味系女子が初火炎放射器に戸惑うところ。尊いものを拝見させて頂きました。
俺たちは車内に戻った。高校生と俺たちが介抱した獣人の女性たちが乗り込んでいた。
マリンさんのおじさんは後から来ることになっている。
俺は運転席の計器を確認する。本当に【FUEL】の表示が満タンになっていた。
俺は鍵を回す。
ボーンッという世紀末仕様のゴツイ音がしてエンジンに火が付いた。
「なあ、真鍋……さっきから聞きたかったんだが、なぜ運転できるんだ?」
「福本、女の子には八十八の秘密があるんだよ」
突っ込みを待たずに問答無用で発進。
整備されてない隆起した平原をキャタピラが進んでいく。
バスはこれだけゴツイのに妙に足が速かった。
なるほど、整備されてない道を走るのに向いている。キャタピラ自体には意味があったのか。
でも認めない。屋根の火炎放射器つきギターと火炎放射器の砲台の意味だけは。
車内に加藤の奏でるアニソンが響いていた。
計器は時速六十キロを示している。
「や、やけに速いんですね……この馬車」
マリンさんは驚いていた。
この世界ではまだスピードはそれほど求められてないのかもしれない。
かと言ってこの世界の戦力を甘く見るのはよくない。
次元の壁を破って召喚するような超技術を持っているのだ。
犠牲者を出さないためにも、今のうちに徹底的に叩きつぶしておかねば。