二話 「今、面倒くさいっていおうとしましたよね?」
太陽が顔をのぞかせ始めた、早朝。
ラフルは寝ぼけ眼のままコップを片手に、ギルドの外へと出た。
ぐるりと周囲に視線を巡らせ、盛大に溜息を吐く。
視界に入るのは、ギルドの前に作られた竜便の発着場。
鬱蒼としたやたらとした深い森。
そして、「天空の森」ギルド支部名物の、崖っぷちから見える壮大な眺め。
いわゆるテーブルマウンテンである「天空の森」の端っこに、ラフルが居る冒険者ギルドは作られている。
大地から突き出した円柱状の「天空の森」の端っこということは、つまるところ崖っぷちだ。
少し行けば数百メートル級の崖、という立地は、高所恐怖症の人には耐えられないものだろう。
その気がない人にとっても、恐怖を覚えずにはいられない高さのはずだ。
だが、なれとは怖いものである。
ラフルは盛大にあくびをしながら、崖っぷちへと向かった。
眼下に広がるのは、壮大な自然の風景だ。
どこまでも広がる森に、はるかに見える山々。
吹いてくる風は、清々しく心地よい。
そして、遠く地平線からは、ゆっくりと太陽が昇り始めている。
初めて見るモノであれば、きっと心を奪われる景色であろう。
だが。
ラフルはいかにも嫌そうに顔をしかめると、再び盛大な溜息を吐いた。
「あーあ。もう見飽きたわ、木。レンガ造りの都会的な建物の街並みとかに変えてくんねぇーかなぁ……」
ラフルはどちらかというと、自然よりも都会が好きなタイプであった。
森などを見ると、早く伐採されて家とか建てられればいいのに、などと、心の底から思うのである。
見飽きた景色を眺めながら、ラフルはコップの上に、歯ブラシを持ったまま手をかざした。
ギルドの新人研修で無理やり覚えさせられた水を発生させる魔法を発動させて、コップを水で満たす。
その水で一度口をゆすぐと、ガシガシと歯を磨き始める。
朝一に外で歯を磨くのは、ラフルの日課だ。
もちろん、周囲の景色を楽しむためではない。
これも、ギルド業務の一貫である。
ラフルは小刻みに歯ブラシを動かしながら、崖の下を覗き込んだ。
ほかの場所は切り立ったほぼ90度の壁のような岩肌なのに対し。
ギルド近くの崖は、比較的凹凸が大きい場所になっている。
そのため、「天空の森」を目指す冒険者の登山スポットになっているのだ。
登山、とはいっても、上るのは断崖絶壁だ。
ロッククライミングとさして変わらない。
それどころか、さらに困難と言っていいだろう。
何しろ、「天空の森」の断崖絶壁には、多種多様なモンスターが息づいているのだ。
壁に根を張っている植物系モンスターや、壁面をものともしないスライム系のモノ。
ほかにも、空を飛ぶモノ、壁面を上るのに特化した脚を持つ昆虫や爬虫類系のモノ。
人間にとっては過酷な環境であるそこも、彼らにとっては生息域の一つに過ぎないのである。
そんな場所であるから、通るには当然危険が伴う。
高さがあるから、時間も相応にかかる。
大抵は一日がかりになるので、朝一番に確認すれば、その日に登ってくる冒険者の有無を確認できるのだ。
「おんや?」
下を覗き込んでいたラフルは、ぐっと体を屈めた。
崖の壁面にへばり付いた、冒険者らしき影を発見したからだ。
ラフルは歯ブラシを口にくわえ、指で輪を作る。
そこに魔法を込めて、遠眼鏡のようにして、覗き込んだ。
やはり、冒険者であった。
背中に荷物を背負い、両手両足でワサワサと崖を登ってきている。
前後に人がいないところを見ると、パーティではなくソロの冒険者だろう。
引っ掛かりもない岩に張り付いていることから、壁登りの魔法などを使っているらしい事も分かる。
そんな冒険者に、2mは有ろうかというヤモリ型のモンスターが襲い掛かった。
冒険者は慌てることなく、背負っていた剣を引き抜き応戦している。
そして、あっという間にモンスターを切り捨てた。
どうやら、それなりの実力者らしい。
この様子ならば、特に問題はないだろう。
昼頃には、ギルドに顔を出すはずだ。
欠伸を一つすると、コップの水で口をゆすぎ、崖の向こうへと吐き出す。
「ってことは、あの冒険者が来るまでに準備しないといけないのか。面倒くさい……」
コレから用意しなければならないものをあれこれ思い浮かべながら、ラフルはふらふらとした足取りで冒険者ギルドへと歩き始めるのであった。
崖を上っていた冒険者が「天空の森」ギルド支部へ到着したのは、ラフル達ギルド職員が昼食を食べているときであった。
「っつぁりゃぁあ!!!」
ギルド支部の扉をけり破るような勢いで飛び込んできた冒険者は、怒りに満ちた様子でギルド内を見回した。
昼食であるホットサンドを齧っていたラフルとエルネットは、目を丸くする。
カナメも一緒に食事をしているのだが、こちらはどこ吹く風と言った様子だ。
飛び込んできた冒険者は、ギルド職員達をキッと睨むと、大きな声を張り上げた。
「誰だぁ!! 俺が崖登ってるときに水吹きかけやがったのは!! 顔に直撃したせいで危うく滑り落ちる所だったんだぞっ!!」
「マジか」
冒険者の叫びに、ラフルは思わず呟いた。
思いっきり身に覚えがある話だったからだ。
ラフルが冒険者を見つけたのは、崖の上で歯磨きをしている時だった。
その時に、確かにうがいをした水を崖下に吐き捨てている。
だが、そこでラフルは疑問に首を傾げた。
「え、でもあれ、結構距離有ったよね? 普通四散しない?」
高い場所から水を撒いた場合、空気抵抗や風の影響などで、霧のようにバラけてしまうものだ。
ラフルと冒険者の位置はかなり離れていたので、顔に直撃、というような状況になるとは考えにくい。
そんな疑問に答えたのは、カナメだった。
猫そのままの口で器用にサラダを頬張りながら、ラフルの方に顔を向ける。
「お前、いつも朝に歯磨きするとき、魔法で水を出しとるだろ。あれは空気中の水分を寄せ集めて水にする類の魔法だからな。魔力が残っていると、しばらくは分散せずに纏まったままになろうとするんだ。だから、そいつのところまで届いたんだろうな」
「なるほど。魔法ってわけわかんないですね」
「理屈はどうでもいいんだよ!!」
感心した様子のラフルに、冒険者は怒鳴り声と怒りをぶつける。
凄まじい勢いでラフルに詰め寄り胸ぐらをつかんだ。
「いくら距離があるからって気ぃつかえよ!! 人が真下に居るのにそこに向かって水吐くんじゃねぇ! 近くに地べたあるんだからせめてそっちに捨てるとかしろってんだ!」
「ぐうの音も出ない正論」
盛大にゆすられながらも、ラフルは思わずと言った様子でそう口にした。
実際、ラフル自身ちょっとやっちゃったな、とは思っている。
当たるか当たらないかに関係なく、人に水を吹きかけるのは流石に大人として問題があった。
そこで、ラフルはふとある事に思い当たる。
あの時は、お互いに距離が離れていたはずだ。
自分だと特定は出来ていないのではなかろうか。
「いやいや。俺がやったかどうかわからないじゃない?」
「崖の上から顔出してるやつがいると思って、遠視魔法で顔確認してんだよ! 大体、さっきまでの言動で自白してるようなもんだろうが!」
「それもそうか」
「感心してんじゃねぇ!!」
納得顔のラフルを、冒険者はさらに激しく揺する。
呆気にとられながらそんな様子を見守っていたエルネットだが、ようやく我に返ったのだろう。
慌てた様子で立ち上がり、冒険者を止めようとする。
だが、そんなエルネットに対して、カナメは「ほっとけ」と声をかけた。
「でも、それだとラフルさんが……!」
「自業自得だ。大体、あいつは自分で何とかするだろ。無駄に生存能力は高いやつだからな」
そういうと、カナメはのんびりとサラダを頬張る。
カナメにはそういわれたものの、やはり不安なのか、エルネットは落ち着かない様だ。
「ごめんごめんごめん。俺が悪かったですから」
「ゴメンで済むか!! こっちは死ぬところだったんだぞ!!」
「許してって。飯おごるから」
「え、マジで?」
冒険者の動きが、ピタリと止まった。
ラフルの胸ぐらを掴んだまま、ラフル達が食べている食事へと目を向ける。
この日の昼食は、スープにパン、それとサラダというものだった。
「じゃあ、許す」
「許しちゃうんですか!?」
あっさりとした冒険者の宣言に、エルネットは驚きの声を上げるのだった。
意外なことに、野菜を好む冒険者は多い。
それも、冒険者ギルドでの評価が高いものほど、その傾向にあった。
冒険者という商売は、人里離れた場所に分け入っていくことが多い。
そういった場所で食べられるのは、事前に買って置いた保存食。
あるいは、狩りなどで手に入れた肉などだ。
知識があればちょっとした山菜なども手に入れられるかもしれないが、新鮮な野菜というのは望むべくもない。
冒険者として実力が付けばつくほど、人里を離れて危険な領域へと足を踏み入れていくこととなる。
となれば、ますます野菜を食べる機会は減っていく。
「天空の森」という秘境中の秘境のような場所に来る冒険者ならば、尚更だ。
ラフルの胸ぐらをつかんでいた冒険者も、どうやらご多分に漏れなかったらしい。
「美味いわぁー。ガキの頃は野菜って嫌いだったんだけど、C級超えたあたりから急激にうまく感じるようになったんだよな」
有り難そうにサラダを噛み締めながら、冒険者はしみじみとした様子で言った。
サラダの中身は、レタスに水菜、トマト、ハム等といった、シンプルなものだ。
それでも、人里から離れた辺境では貴重品である。
何故そんなものがギルド支部にあるのかと言えば、竜便のおかげだった。
このギルド支部では、週に一度ほどやってくるドラゴンによる輸送で、必要なものを取り寄せているのだ。
野菜も、その中に含まれているわけだ。
おかげで、「天空の森」ギルド支部では、週に一度程度は新鮮な野菜が食べることができた。
野菜を頬張る冒険者を嬉しそうに眺めていたエルネットが、その表情を少し残念そうなものに変える。
「もっと頻繁に食べられるといいんですけどね、お野菜」
「輸送にも時間がかかるからな。イモ等ならば兎も角、葉野菜類は足が早いモノも多い。そもそも、崩れやすい野菜は輸送に耐えられないという難点もある。その分費用を取られるから、難しいだろう」
カナメの言葉に、エルネットはがっくりと肩を落とした。
エルネットは、お肉よりもお野菜派である。
このギルド支部では時々しか食べられないので、少し残念に思っているのだ。
「日持ちする野菜があるだけでも贅沢ですよ。俺達なんて、移動中は保存食ばっかりですから」
苦笑しながらそういう冒険者に、エルネットは恥ずかしそうに頬を染めた。
「そうですよね、すみません。食い意地が張ってるもので」
「いいえ、そんな! 誰だって自分の好きなものが食べたいものですから!」
何とかエルネットをフォローしようと慌てふためく冒険者だったが、意外なところから助け船が出た。
カウンターで作業をしていたラフルが、戻ってきたのだ。
「えーっと、クレオさん。確かに確認できましたー。ようこそ、天空の森ギルド支部へ」
言いながら、ラフルは掌に載せたネックレスのようなものを、冒険者、クレオへと差し出した。
板状のチャームが取り付けられたそれは、冒険者ならば必ず持っているものだ。
いわゆる「冒険者証明書」である。
見た目こそただの板であるチャームだが、実はここには魔法で様々な情報が書き込まれていた。
所有者である冒険者の個人情報や、それまでの仕事実績等々。
他にも、ギルドで様々なサービスを受けるときにも必要な、冒険者の必須アイテムだ。
「おう、サンキュー。よろしく頼むぜ」
ほっとした顔で、クレオはラフルから冒険者証明書を受け取った。
エルネットに対しては敬語だったクレオだが、水をふきかけてくる野郎に払う敬意はないらしく、ため口である。
クレオが冒険者証明書を首にかけ直したのを確認すると、ラフルはカナメの方へと向かう。
そして、サラダを貪り食っているカナメの横に、数枚の書類を置いた。
カナメはめんどくさそうに顔を上げると、尻尾を一振りする。
すると、書類の表面が淡く輝き、空中へと浮かび上がった。
それを見たクレオは、驚きの声を上げる。
「すげぇ。本当にあのカナメさん本人なのか。いや、本人? 本猫? でも魔族だし」
「え? カナメさんのことしってるの?」
何やら悩み始めたクレオの言葉に、ラフルは首を傾げた。
それに対して、クレオは当然だというようにうなずく。
「そりゃそうだろ。元々はギルドと敵対していたにもかかわらず、圧倒的暴力で自分の存在を認めさせ、しまいには辺境とはいえギルドマスターに収まった人だぞ。もはや伝説だっつの」
「へー。そういえば聞いたことあるような、ないような?」
ラフルとクレオが小声でそんなやり取りをしている間、カナメは書類を流し読みしていた。
書かれているのは、ざっくりとしたクレオに関する情報である。
「B級冒険者クレオ。家名は無し、か。まぁ、普通はそうだな。で、魔法剣士だと? 厨二病か」
「ちゅうにびょう? いや、俺、病気したことないですけど?」
不思議そうに首をかしげるクレオを見て、カナメはわざとらしく咳払いをする。
「いや、気にせんでくれ。ちょっとした専門用語だ。さて、天空の森に来た目的は?」
例え実力のある冒険者であっても、「天空の森」のような場所を探索するには危険が伴う。
そのため、最寄りのギルド支部は、そこへ立ち入る冒険者の管理業務も行っていた。
冒険者の実力を確認し、その場所に足を踏み入れるに足るかどうかを判断するのも、その一環である。
クレオは居住まいを正すと、カナメの方へと向き直った。
「古代魔法文明の遺跡に行こうと思っています」
古代魔法文明というのは、大昔に存在したとされる文明の事だ。
高度な魔法技術を持っていたらしいのだが、なんやかんやあって滅んでしまったのだという。
その時代の遺物が時折発掘されることがあるのだが、中には凄まじい力を秘めているものも存在していた。
まさに、夢とロマンの塊である。
遺跡と聞いたカナメは、納得した様子でうなずく。
「天空の森にもその時代の遺跡があるからな」
「へー。そうなんだ。なんか聞いたことあるような無いような」
「テキトウだなぁ、おい。ギルド職員だろ。それでいいのかよ」
首をかしげるラフルに、クレオは呆れた様子で眉をひそめた。
ギルド職員は、周辺の情報を記憶しているのが普通である。
やって来た冒険者が活動しやすいように、サポートするのも業務の一つでもあるからだ。
一応ギルド職員であるラフルがそういった情報を知らないというのは、通常なら問題があるところだろう。
だが、カナメは気にした様子もなく、肩をすくめただけだった。
「ソイツはそういう奴なのだよ。やる気が無さ過ぎてこんなド辺境に飛ばされた位だからな。知っていたらそっちの方がびっくりする。それよりもだ。遺跡で何をするつもりなんだ?」
カナメに聞かれ、クレオは背負っている剣を叩いて見せた。
崖でモンスターを一刀両断した剣である。
「先日、古代魔法文明時代の魔法金属が手に入れたんですが、それで作ったのがこの剣なんです。これが、思ったよりもずっと使い勝手が良くて。ほかの装備も新調するために、何か手に入らないかと探索しに来たわけです」
冒険者にとって、高性能な装備品というのは喉から手が出るほど欲しいモノである。
何しろ自分の命を預けることになるわけだから、少しでも良いものをそろえたいと思うのが当然だろう。
クレオも、ご多分に漏れないらしい。
「剣が良くなったら、今度は防具がほしくなるのが人情ですからね。このフレイムブレイカー・インフェルノカスタムV2に見合うものとなると、なかなか見つからないと思いますが」
「なんて?」
クレオの言葉に、カナメは思わずと言った様子で聞き返した。
「え? フレイムブレイカー・インフェルノカスタムV2がどうかしたんですか?」
「それお前。剣の名前か?」
「ええ! かっこいいでしょう! 俺が名付けたんです!」
「そうか。良かったな」
満面の笑顔のクレオに対し、カナメはいたたまれないといったような表情だ。
エルネットは、不思議そうな顔をしている。
ラフルに至っては、笑いをこらえているらしく、口元を押さえて体を丸めていた。
小刻みに体が震えているあたり、なかなかツボに入っている様子だ。
カナメは改めて、パラパラと書類をめくる。
「あー。まぁ、それなりに実力もあるようだし。問題無いだろう。探索を許可する。ただ、無理はするなよ。ここはお前らB級でも苦戦するような化け物がわんさといるからな」
「はい! 有難う御座います!」
クレオはにっかり笑ってそういうと、再び食事へと戻った。
そんなクレオを見つつ、ようやく笑いの波が引いたらしいラフルはカナメの耳元へと顔を近づける。
「ホントに大丈夫なんです? ネーミングセンスとか壊滅的っぽいですけど」
「ネーミングセンスと実力は関係なかろうよ。記録を見る限り特に問題もなさそうだし、大丈夫だろう。有ったとしても森の中で野垂れ死ぬ程度だ」
辛らつな言葉である。
あまりにもヒドイ様に聞こえるが、冒険者の扱いというのは実は大体こんなものであった。
自分で好き好んで危険な場所に踏み入れているわけだから、さもありなんというものである。
「めっちゃ問題あるじゃないですか」
「全くない。冒険者というのは野垂れ死ぬ生き物だ。それが早くなるか遅くなるかの違いしかない。ただ出来ればこのギルド支部の近くでは止めてもらいたいところだな」
「なんでです?」
「死亡書類を書くのが面倒くさい」
あまりと言えばあまりなカナメの物言いである。
納得顔でうなずいているラフルも、同類と言っていいだろう。
「まあ、そもそもここまで無事にたどり着けたんだ。それなりの実力はあるだろう。何しろ魔法剣士な訳だし」
魔法剣士というのは、魔法と剣、どちらも扱うことが出来るモノを指す言葉だ。
珍しいもののように思われるかもしれないが、実はB級以上の冒険者では、急激に数が多くなってくる。
危険な場所に身を置き続ける冒険者にとって、出来ることが多いというのは、そのまま生存率の上昇につながるからだ。
魔法剣士というのは、まさに「出来ること」を多くした結果と言えるだろう。
どちらも使えるというと、どっちつかずになってしまいそうな印象を受けるが、実際はそうでもない。
片方をメインにしつつ、片方を補助的に使い戦う。
そういう形で使われることが殆どで、元々戦いに慣れているものにとっては、文字通り「手数が増える」事になるのだ。
剣士が突然、火球を飛ばせば相手は怯むし、魔法使いに接近しても剣で斬りかかられれば、驚きもする。
回復魔法が使える剣士というのは生存率が跳ね上がるし、自分を強化しながら武器を振り回す聖職者だっているのだ。
「そういえばあの人、魔法使って崖登ってたんですよね。で、襲ってきたモンスター一撃で切り捨ててたんですよ」
「魔法も剣もかなり使いこなしている証拠だ。有望そうな冒険者でよいことではないか」
ひそひそと話していたカナメだったが、ふと思い出したように顔を上げた。
「そうだ。エルネット。あとで構わんから、そこのクレなんとかに、緊急用の魔法薬を渡して置いてくれ。救難要請を出すためのやつをな」
「へ!? えっと、はい! 用意しておきます!」
驚きながらも、エルネットは元気よく返事をする。
二人のやり取りを聞いたクレオは、不思議そうに眉をひそめた。
「救難要請の、魔法薬ですか? 魔法道具ではなく?」
そんなクレオの疑問に、エルネットは苦笑する。
「よく誤解されがちなんですけど、魔法薬というのは普通の薬とは全く違うものなんです。魔法を内封するための薬に、様々な効果の魔法を閉じ込めたものなんです。だから、必ずしも体を癒すためだけのものではないんですよ」
「え? じゃあ、魔法を閉じ込める前のものには、薬としての効果ってなかったんですか?」
「はい。そこに魔法を込めて、初めて魔法薬としての効果が表れるんです。薬に見える部分は、言ってみれば魔法を入れるための箱のようなもので、効果を発揮するのは中身である魔法の方なんです」
「はぁー、なるほど。そういうものだったんですか。自分で使うことはあるんですが、詳しくはしりませんでした」
エルネットの説明を聞いて、クレオは感心した様子でうなずいている。
ついでに、ラフルも「初めて知った」と言わんばかりの顔をしていた。
何度も説明を受けているはずなのだが、その都度忘れているのだろう。
ラフルのやる気のなさは、仕事に関する事柄の記憶力にも多大な影響を与えているのだ。
「緊急用の魔法薬は、瓶の中に入った液体です。何かに叩きつけて便を割ると発動して、ギルドに使用者の名前と場所を知らせてくれるんです。怪我をして動けなくなったときなどに、使ってくださいね」
「費用は使ったやつが支払うんだがな。死ぬよりはいいだろう。まあ、大体使う余裕もなくぽっくり逝くことが多いんだがな」
ニッコリ笑顔のエルネットの隣で、カナメは物騒なことをさらりと言い放つ。
見た目こそ、愛らしい白猫と言った印象のカナメだが、口は凄まじく悪い。
そんなカナメの言葉に、クレオは苦笑を浮かべる。
「なるべく使わなくて済むよう、気を付けます」
クレオが緊急用の魔法薬を使うことになったのは、この数日後の事であった。
突然、ギルド内に警報が鳴り響いた。
カウンターで眠りこけていたラフルは、甲高いベルの音に驚き体を跳ね上げる。
反動でのけぞり、後ろの棚に後頭部をしこたまぶつけたのは、自業自得と言った所だろう。
「痛ってぇえ!! なに!? 何事!?」
寝起きなのと痛打による混乱で、ラフルは慌てふためいていた。
後頭部を両手で押さえながら、周囲を見回す。
とはいえ、ただ右往左往しているだけなので、原因を見つけることは出来ない。
ラフルがあたふたしていると、今度はラフルの目の前に何かが落下してきた。
「うぅをぉお!?」
驚いて飛びいたラフルだったが、今度は壁に後頭部を強打する。
悶絶するラフルを他所に、落下してきた物体も悲鳴を上げた。
「いっ! いってっ!! いったいっ!! こ、ちょ、これ、何だ一体! 何処の馬鹿だ喧しいっ!!」
それは、梁の上で昼寝をしていたカナメであった。
カナメはカウンターの机の上で全身の毛を逆立てると、「フシャーッ!!」と猫っぽく威嚇音を上げながら虚空を引っかきまくる。
普通であれば可愛らしい行動だろうが、爪が深紅のオーラを纏い、引っかかれた空間に斬撃の痕が残ってたりするので、ラフルはどちらかというとドン引きしていた。
ただ、そのおかげで冷静さを取り戻す。
自分より慌てている人を見ると、妙に冷静になるアレだ。
「落ち着いてくださいよ! あれですよ、アレ! あのー、緊急用の! 救難要請の! 魔法薬の!」
「ああ、アレか! 何処の馬鹿だこんな時間に鳴らしおってからに!」
カナメは苛立たしそうに言い捨てると、素早くカウンターを飛び降り、走り出した。
向かったのは、ギルドの端に備え付けられた黒板だ。
もちろん、ただの黒板ではない。
一種の魔法道具になっており、様々な機能が備わっている。
件の魔法薬が使われた場合、この黒板は警報音を発し、使用者の名前と大まかな居場所を文字で知らせるのだ。
カナメに続いて黒板の前にやってきたラフルは、そこに書かれた文字を読み上げる。
「ええと。使用者は冒険者クレオ。場所はぁー……ああ、結構離れてるなぁ。っていうか、クレオって誰でしたっけ?」
「あー。誰だったか。あれだ、あのー、厨二病な感じの剣を持ってた」
「カナメさんが時々言う、ちゅうにびょう、っていうのがそもそも何かわからないんですけど」
「それもそうか。じゃあ、あれだ。お前が水吹きかけたやつ」
カナメの言葉を聞き少し考えた後、ラフルは思い出したというように手を叩いた。
「あれだ、飯おごらされた冒険者さんだ。はいはいはい。思い出した思い出した」
ようやく合点がいったといった様子で、ラフルは黒板の隅へと手を伸ばした。
取り付けてある拳大のガラス玉のようなものの表面を指でなぞると、ようやく警報音が消える。
ガラス玉は、黒板を操作するための入力機器なのだ。
「遅くなりました!」
警報が止まるのとほぼ同時に、エルネットが奥のドアを開けて飛び込んできた。
両手に抱えているのは、数種類のガラスの小瓶。
種類ごとに異なる効果を持つ、魔法薬だ。
「今の音、誰かが緊急用の魔法薬を使ったんですよねっ! 必要そうな魔法薬を、とりあえず持ってきました! 直ぐに助けに行きましょうっ!」
「いや、落ち着いて」
今にも飛び出していきそうなエルネットを宥めるように、ラフルは両手を振った。
どうやら、エルネットは音を聞いただけで、その意味するところを理解していたらしい。
ラフルやカナメとはずいぶんな違いである。
ただ、あまり冷静とは言えないらしい。
「行ったってなんも出来ないでしょうよ。俺達、戦うの専門じゃないわけだし」
ラフルは、ギルドの一般職員であり、戦う技能はもっていない。
エルネットにしても、多少魔法は扱えるものの、専門は魔法薬作りだ。
助けに行くつもりが、途中でモンスターに襲われたり、遭難するなんてことにもなりかねない。
むしろ、そういった危険の方が強いだろう。
「こういうのは、専門の人に任せないと。俺達はそのバックアップ」
ラフルは珍しく真剣な様子で、エルネットに言い聞かせた。
さっきまで寝ぼけていたとは思えない態度だ。
とはいえ、いっていることはその通りであり、カナメも同意するようにうなずいている。
「というわけで、専門の人。よろしくお願いします」
言いながら、ラフルはカナメの方へと手を差し出した。
カナメは再び大きくうなずこうとして、ピタリとその動きを止める。
「何故、私がそんなめんど、直接動く必要があるのか」
「今、面倒くさいっていおうとしましたよね?」
追求しようとしたラフルだったが、すぐにその口を閉じた。
睨んでくるカナメの目が、ものすごく怖かったからだ。
「なぜもなにも。今言ったじゃないですか、俺達が行ってもどうしようもないって。そうなったら、ウチで動けるのなんてカナメさんしかいませんし」
「己、要らん時に正論を……!」
たしかに、ラフルの言う通りだ。
ラフルもエルネットも、「天空の森」に入れば無事では済まない。
だが、カナメであれば話は違う。
鼻歌交じりにモンスターを焼き払い、無事に戻ってくることが出来る。
そもそも、このギルド支部の決まりでは、こういった場合はカナメが自ら出張ることになっているのだ。
ラフルが言っているのは、正規の手順なのである。
だが、もちろん例外もある。
「冒険者が随伴する場合は、お前が行っても良いことになっているだろう!」
「確かに規定では護衛の冒険者がいる場合、俺が捜索に行くことになってます。このギルドにも防衛戦力がいる必要がありますから」
カナメは、ギルドを守るための戦力でもあるのだ。
非常時以外は、ギルドから離れられないことになっていた。
「ですが、今はギルドに冒険者が誰もいません。つまり、カナメさんが行くしかないということです。ギルド支部の守りに関しては安心してください。エルネットの攻撃魔法薬がありますので」
「はい! 任せてください!」
ラフルの言葉に合わせるように、エルネットは自身が持ってきた箱からどくろマークの付いた瓶を取り出した。
投げつけると爆発したり、燃え上がったりするタイプの魔法薬だ。
破壊力はなかなかのもので、モンスター相手にも十分に通用する。
これさえあれば、周りが見通せない森の中では兎も角、ギルドの建物に引きこもって戦う分には問題ない。
「ええい、こういう時ばかり饒舌に成りおってからに」
悔しそうに歯噛みするカナメに、ラフルはニヤリと笑顔を見せた。
カナメも面倒くさいと思っていただろうが、ラフルだってわざわざ出かけていくのは面倒くさかったのだ。
このギルド支部でマジメに仕事をしているのは、エルネットだけだったのである。
そして、そんな真面目なエルネットの穢れのないオーラは、ものぐさなギルドマスターと職員にとっては、致命傷ともなりかねないものなのだ。
「ギルドマスターが強いことは知っていますが、森の中は危険です。怪我をなさらないように、気を付けて行ってください。そして、クレオさんを助けてあげてくださいっ!」
グッと両手で握りこぶしを作って見せるエルネットに、カナメは数歩後ずさった。
とても、「面倒くさい」などと言い出せる雰囲気ではない。
苛立ちまぎれにラフルの顔に肉球の一つも叩きつけてやりたいカナメだったが、言っていることは間違っていないのでそれも難しかった。
不満そうに唸るカナメだったが、諦めたように脱力し、溜息を吐く。
「分かった。では、お前等はギルドに残り、警戒を怠らんように……」
カナメが注意事項を伝えていこうとした、その時だった。
突然、ギルドの出入り口が開いたのだ。
扉の方へと顔を向けるその瞬間、勝利を確信していたラフルの表情は絶望に。
カナメの表情は、歓喜へと染まる。
「ちーっす! いやぁー、今回みょーに調子よくってさぁー! 予定より早いんだけど、手持ちがいっぱいになったから切り上げてきちゃったよ!」
扉を開けて入ってきたのは、ホクホク顔のボルクガングであった。
戦利品が入っているらしい袋を肩に担ぎ、すこぶる機嫌よさそうに笑いながらギルドの中へと入ってくる。
「ああああああ!! なんでこのタイミングだよぉおお!!」
「よぉし!! よくやったぞボルクガング!!」
頭を抱えて叫ぶラフルに、何故か褒めたたえてくるカナメ。
この二人に圧倒され、ボルクガングは驚いた表情を作る。
「え? なに? どうかしたの?」
「冒険者が来たからには、捜索にはラフルが行くべきだな!! ボルクガングならば申し分あるまい!!」
勝ち誇るカナメに、ラフルは頭を抱えて崩れ落ちる。
エルネットと言えば、慌てた様子でギルドの奥につながる扉へと走っていく。
「回復薬とかそのほか諸々、すぐに用意しますね! もちろん、ボルクガングさんの分もっ!」
「なんで? ど、ちょ、どういうこと? 何か起きたの?」
周りのただならぬ様子に、ボルクガングは困惑する。
何とか状況を理解しようとするボルクガングだが、残念ながら話を聞いてくれるものは誰もいなかった。
「御大層に能書きを垂れていたな、ラフル! あれだけ言っておったのだ! よもや行きたく無い等とは言えまい!」
「なんでだよちくしょぉお!! せめてもうちょっとだけ遅く帰って来てくれよぉ!! だからボッさんいつまでたってもおっさんなんだよぉおお!!」
勝ち誇るカナメに対し、ラフルは体をよじって悔しがる。
ボルクガングに対して暴言を吐いているが、完全なる八つ当たりだ。
「なんで俺今ディスられたの? いや、おっさんっていうのは別に悪口じゃないからね。野郎が長く生きてりゃ誰だっておっさんになるんだから。っていうか、それより状況説明してくれない? 意味わかんないんだけど。え、俺何かさせられるの?」
当然の疑問である。
だが、ラフルもカナメも、ボルクガングの疑問に答えているほど暇でなかったのだ。
基本的に二人とも、人の事よりも自分の事の方が大切なのである。
「エルネットが魔法薬をもって来しだい、貴様らはあのクレなんとかを探しに行くのだ!! ふははは!!」
「もー! マジでボッさんかんべんしてよぉー!!」
「俺のせいなの!? なんなの!? ちょ、誰か説明してくれない!?」
結局、ラフルとボルクガングはこの後直ぐにギルドから出発することとなった。
ボルクガングに事の次第が説明されたのは、出発してしばらく後。
ギルドが見えなくなるぐらい進んでからの事であった。
ようやく事情を説明されたボルクガングは、「そういうことなら仕方ねぇかぁ」とあきらめた様子で溜息を吐いた。
冒険者というのは、常に危険にさらされる商売だ。
理由の差はあるものの、自ら好んでそういった場所に飛び込んでいくわけだから、当然と言えば当然だろう。
とはいえ、冒険者だって死にたくはない。
助けてもらえるなら、助けてほしいと思うものである。
だからこそ。
冒険者にはほかの冒険者が命の危機に瀕しているときは、極力助けに行く、という不文律が存在している。
そうすることで、相互協力関係を維持しているわけだ。
うっかりこれを怠ったり破ってしまうと、ほかの冒険者から爪弾きにされ、活動に多大な影響が出る。
冒険者というのも、なかなか難しいものなのだ。
「しかし、魔剣士クレオか。まさかこの森に来るとはなぁ」
「ボッさん、クレなんとかさんと知り合いなの?」
森の中を歩きながらしみじみというボルクガングに、ラフルは首を傾げる。
今は、クレオが魔法薬を使った場所に向かい、歩いている最中であった。
道中ただ歩くというのもアレなので、あれこれと会話をしているうちに、そんな話題になったのだ。
「クレまで言ったらあと一文字だろ。最後まで言ってやれよ。いや、まあ、知り合いって訳じゃないんだが、噂は聞くな」
「どんなんですかそれ。なんか、ぼくのかんがえたかっこいいわざめい、とか思いっきり叫んで戦う感じの?」
「ちげぇよ。どんな扱いだよ。遠距離では単発の魔法を連射、間合いを詰めれば魔力を載せた剣技で斬り倒す。低級とはいえ回復、強化魔法まで使えて、奥の手として範囲攻撃魔法まで扱えるとなりゃ、有名にもなるだろ」
ボルクガングの言葉に、ラフルは感心の声を上げた。
良くも悪くも実力主義な冒険者のなかで、それなりに名前が通っているということは、一応は実力者なのだろう。
「ラフルは感覚がマヒしてるかもしれんが、そもそもB級冒険者っていうのは結構すごいんだぞ? Eで駆け出し。Dで食えるようになる。Cで一人前。Bは一流。Aは超一流で世界でも一握りなんだからな」
これにもやはり、ラフルは感心したように「そうなんだ」したような顔をしている。
冒険者ギルドの職員にとっては常識なはずなのだが、ラフルにとってはそうではなかったようだ。
「そういえば、カナメさんも元々はS級認定されてたんですよね」
「だな。Sなんてもはや伝説級だぞ。生きてるやつだと、片手に収まるんじゃないか? ギルドマスターも一昔前は、純白の炎、なんて呼ばれて有名だったからな。元々は人間と敵対してたらしいが、今ではギルド支部のマスターだってんだから、不思議なもんだよ」
「なんか、ヤンチャしてたって話は聞きましたけどね。カナメさん、その話すると怒るから」
カナメは、過去の話に触れられるのを極端に嫌う質であった。
なにかセンチメンタルな理由というより、忘れたい恥ずかしい過去扱いしているようなのだ。
うかつに聞こうとすると、魔法で吹き飛ばされたりする。
実際、ラフルも二、三回ほど吹き飛ばされていた。
「ていうか、あの人なんでまともに働こうだなんて思ったんですかね。そんなタマじゃないのに」
「本人に聞かれたら殺されるぞ。ていうか、そういうのはラフルの方が聞ける立場じゃないのか?」
普段から接しているという意味では、確かにその通りだろう。
だが、そもそもラフルはそういうことを聞くタイプではないのだ。
主な理由は、面倒くさいからである。
「ほら。俺ってそういうの詮索しないタイプなんで」
「面倒くさいだけだろ」
胡乱気な視線でそういうボルクガングに対し、ラフルは感心したような視線を送る。
「ボッさんの人を見抜く力ってすごいですよね」
「なんもすごくねぇよ。見たまんまだろうが」
そんなどうでもいい話をしながら、目的地へ向かって歩く。
おおよその場所は把握しているので、特に迷うことなく進むことが出来た。
道中、モンスターなどに襲われたりもしたのだが、戦ったのはボルクガングだけである。
ラフルは戦力外なので、ひたすら逃げ隠れしていた。
時折カナメの無茶ぶりで「天空の森」へ入らされるラフルは、そういうことに関してはずいぶん得意になっている。
今のラフルならば、大抵のモンスターからは逃げ隠れ出来ることだろう。
特に自慢にならないことではあるが。
そうこうしながら、歩くことしばし。
目的の場所へとたどり着く。
そこにあったのは、石造りの遺跡であった。
「こんな所にこんなもんあったかな?」
不思議そうな顔で、ボルクガングは首を捻った。
このあたりは何度も歩いているはずなのだが、目の前の遺跡に見覚えが無かったからだ。
「さぁ? 俺もよくわかんないですけど」
ボルクガングの横で、ラフルはもってきていた地図を広げた。
地図と言っても、非常に大雑把なものだ。
目印と、そこまでにかかる時間程度しか書き込まれていない。
未だに探索が進んでいない「天空の森」には、当てになる地図などがまだ存在していないのだ。
「毎回このあたり通ってるわけじゃないからなぁ。記憶違いかもしれないが」
ボルクガングは唸りながらも、遺跡をじっくりと観察し始めた。
大きさは、三階建ての建物程度。
横幅はあまりなく、どちらかというと縦に長い印象だ。
とはいっても、横にも十分に長さがある。
一般的なギルド支部とさして変わらない規模だ、と言えば、小さなものでないことが分かるだろう。
装飾のようなものはほとんどなく、窓などもないように見える。
それほど段数のない階段を上ったところにある入り口は、大人が三人ほど横に並んで入れる程度の大きさだ。
ボルクガングが知るなかでは、教会に近いだろうか。
そこまで見て、ボルクガングは妙な違和感を持った。
少し考え、すぐにその正体に気が付く。
「ツタが全然絡んでないのか。通りで変な感じがするわけだ」
遺跡の壁面というのは、往々にして植物に覆われているものであった。
だが、この遺跡はそういったものが一切絡みついていない。
異様な事態と言っていいだろう。
こういった異変に対し、冒険者は敏感だ。
少ない情報から危険を察知する。
そういった能力は、冒険者にとって必須と言っていい。
かといって、ここにクレオがいるらしいことは確かだ。
生死は不明だが、それを確かめる意味でも足を踏み入れないわけにはいかない。
もし生きていれば、一刻を争う状況になっているかもしれないのだ。
ボルクガングは意を決して、ラフルの方へ顔を向けた。
「妙な場所だが、入らないわけにはいかないからな。わかってると思うが、きをつけって、何やってんだお前」
振り向いた先には、ラフルは居なかった。
少し離れたところでしゃがみ込み、地面を弄っていたのだ。
「え? いや、コレってピーナッツの仲間じゃない?」
そこにあったのは、「天空の森」に自生する植物の一種であった。
落花生に近い仲間らしく、食用にも適している。
どういう経緯でこんな場所にあるのかはよくわからないが、「天空の森」で手に入る貴重な食料の一つだ。
それが、たまたま遺跡に近くに生えていたのである。
実は地面の下にあるのでなっているかは分からないが、葉っぱ自体には見覚えがったのだ。
「ほんとだ。でもこれ生で食うとちょっとえぐみないか?」
「塩ゆですると平気よ? 殻ごと煮ないとだめだから、けっこうかさばるんですけどね。そのものが結構サイズあるから、デカイ鍋用意しないとだけど」
「一粒がニワトリの卵ぐらいの大きさだもんな。食うのも結構大変って。違うだろおい」
ボルクガングに言われ、ラフルは心底不思議そうな顔をする。
思わずひっぱたきそうになったボルクガングだったが、ぐっと我慢した。
腕力自慢の彼が殴ると、ラフルの首位だったら軽くへし折れてしまうのだ。
「これからクレオ助けに行くんだろ!? なに食い物探しに来たみたいな顔してんだよ!!」
「いや、でも最近カナメさんがまた食卓に代わり映えがないって言い始めたんですよ。ああいうこと言いだすと、あの人無理矢理に依頼出して食い物取りに行かせるから」
「マジかよ。この間トリ肉とって来いって言われたときはヒドイ目にあったからなぁ。って、違う違う! 人の命がかかってるからね!?」
「いいじゃないですか、冒険者の場合自業自得みたいなところあるんですし。こっちだって命かかってるんですよ。一般人が天空の森に入るのって異常事態ですからね?」
「ギルド職員がそれいっちゃだめでしょ!? いいから! ほら、行くぞもう!」
渋るラフルを引きずるように、ボルクガングは遺跡の中を目指して歩き始めた。
ラフルは未練がましくピーナッツの葉を眺めている。
「あれって、実がなるの今の時期でしたよね? 確認すれば実が付いてるかわかるんだよなぁ。掘るの時間かかるし、クレなんとかさん探すの後にしません?」
「掘らねぇよ!! 馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ!」
ボルクガングの当然の主張ではあったが、ラフルにとってはピーナッツのほうが大事らしい。
それでも、さすがに仕事は優先しなければならないと考えたのだろう。
あきらめたようにため息を吐くと、ラフルはおとなしくボルクガングに引きずられていくのであった。
遺跡の中は、実に簡素な作りであった。
入ってすぐは広い部屋になっており、奥には出入口らしき扉がある。
天井は普通の一件や程の高さで、上にも階層があるらしいことがうかがえた。
だが、部屋の内部を詳しく探る前に、ラフル達はとんでもないものを見つる。
部屋の真ん中あたりに、人が倒れていたのだ。
「おい、誰かいたぞ!」
ボルクガングの声に、ラフルも慌てた様子で倒れている人物の元へと駆け寄った。
目の前で人が倒れていれば、流石のラフルもそちらを優先するのだ。
倒れていたのは、少女であった。
外見的には、八歳から十歳といったところだろう。
銀髪で、抜けるように白い肌が印象的な、美しい少女だ。
奇妙なのは、身にまとっている衣装である。
どう考えてもサイズがあっておらず、無理やり来ている感が否めない。
そもそも、女性向けのものとは思えない趣向のものである。
要所要所を守る簡易的な補強がされているそれは、冒険者などが好んで着る種類のものだ。
何より、ラフルはその服に見覚えがあった。
「これ、クレオさんが着てたやつですよ」
少女が着ているのは、確かにクレオが着ていたはずのものだったのだ。
ご丁寧なことに、背中には剣。
首からは、冒険者証明書までかけている。
「マジかよ。どうなってんだ?」
ボルクガングは少女に近づくと、呼吸や体の傷を調べた。
傷などは特になく、脈や呼吸も正常。
少女は、気絶しているか、ただ眠っているだけのように感じられた。
「ボっさん、なんでそんな事出来るんです?」
「冒険者ってのは怪我が多い商売だからな」
一応無事を確認してから、ラフルは少女がつけていた冒険者証明書を取り外した。
内容を確認するため、簡易式の装置にセットする。
四角い手鏡型の魔法道具で、冒険者証明書に入っている情報を一部閲覧する事が出来た。
なかなかの優れもので、その持ち主が近くにいれば、探し出すことも可能だ。
クレオを探すために、わざわざ用意してきたのである。
「やっぱり、これクレオさんのですよ。本人も近くにいるようです」
「良かった。どのあたりにいるんだ?」
「どのあたりっていうか。ん? マジかコレ」
ラフルは怪訝そうに眉をしかめた。
そして、装置を少女に近づけたり、離したりし始める。
「なにやってんだよ」
「いや、ボっさんちょっとこれ見てくれません?」
言われて、ボルクガングは装置を覗きこんだ。
中央に手鏡の形があり、その近くに点滅する赤い点が映っている。
おそらく、その点がクレオの位置なのだろう。
その点は、装置を少女に近づけると近づいてき。
遠ざけると、同じように遠のいていった。
ラフルとボルクガングは、しばし押し黙る。
「いやいやいや。マジかよ」
「こんなことあるんですかね?」
困惑したようすで、ラフルはしげしげと少女を見下ろした。
装置の反応が確かならば、この少女がクレオだ、という事になる。
普通ならば装置の故障を疑うところだが、事前にチェックしてあるのでそれはないだろう。
「じゃあ、クレオさんは実は美少女だったと?」
「そんな話は聞いたことないが。どっちかっていうと、何らかの原因で姿を変えられたパターンじゃないか? 割と聞く話だぞ」
「マジですか。そんな人いるんです?」
「知り合いにも何人かいるぞ。男だったのが女になったり、人間だったのが動物になったり」
ボルクガングの言葉に、ラフルは盛大に顔をひきつらせた。
姿かたちを変えられる、というのは、古代魔法文明の遺跡を探索している冒険者あるあるの一つなのだ。
そうでなくても、相手を変身させるような魔法というのはけっしてない訳ではない。
「サキュバス族と付き合って遊ぶだけ遊んで捨てたら、腹いせに女に変えられた貴族とかもいるらしいぞ」
「なにそれ怖い。実話なのそれ」
「その貴族に直接依頼を受けたことがあるんだよな、これが。流石に断ったけど」
何とも恐ろしい話に、ラフルは引きっぱなしだ。
「まあ、そんなことはあれとして。一応魔法薬使っておきましょうか」
目立つ外傷がないとはいえ、少女を放っておくわけにもいかない。
多めに持ってきている魔法薬の一つを、使うことにする。
目に見えない外傷や、ちょっとした病気、毒程度ならば、それで癒す事が出来る。
それに、魔法薬は気付けとしても使われることがあるので、こういう場合にはうってつけだ。
難点は、少々お値段があるところだろうか。
「これって飲ませるタイプ?」
「かける奴です。飲む奴って効果変わらないのに若干高いですから」
「うっそ。俺ずっと飲む奴のほうが効くと思ってたわ」
そんなことを言いつつ、ラフルは魔法薬の瓶をあけ、クレオと思われる少女に振りかける。
魔法薬は衣服や肌を濡らすと、緑色に発光し、煙のように蒸発していく。
液体がすべて蒸発してしまうとすぐに、少女に変化が起きる。
わずかに瞼を震わせ、顔をしかめたのだ。
ゆっくりと伸びるように体を動かすと、うっすらと目を開く。
そして、勢いよく体をはね起こした。
「くっそっ、やられたっ! っつうか、アッタマいってぇっ! なんだこれ、クラクラする!」
不快気に頭を振る美少女の様子を、ラフルとボルクガングは生暖かい目で見守った。
見た目にそぐわない言葉遣いは、だんだんと疑惑を確信に変えつつあったからだ。
美少女は落ち着いてきたのか、周囲を見回し始める。
そして、ラフルとボルクガングを見つけた。
「あんた達……って、ラフルか! それと、そっちのあんたは、同業者か?」
「あ。えーっと、冒険者のボルクガングだ」
「鉄腕ボルクガングか! うわさは聞いてるぜ。天空の森を狩場にしてる凄腕だってな」
思わぬ好評価だったが、ボルクガングは素直に喜べなかった。
それよりももっと衝撃的な現象が、目の前で起こってるっぽかったからだ。
「でも、なんでギルド職員と冒険者が? って、そうか。俺が緊急用の魔法役を使ったからか! なんで使ったんだったかな。クソ! 危なかったのは覚えてるんだが、記憶がはっきりしねぇ」
そこで、少女はハッとした表情で背中に手を伸ばした。
指先が担いでいる剣の柄にあたると、ホッとした様子でため息を吐く。
「よかった。フレイムブレイカー・インフェルノカスタムV2は無事だったか! 苦労して手に入れたからな。無くなってなくてよかった」
「あ、うん。よかったね」
心底ほっとした様子の少女に、ボルクガングは恐ろしく気のない声でそういう。
何か言わなければいけない気がしたのだが、ボルクガング自身驚くほど心のこもっていない声であった。
少女はボルクガングのほうに顔を向けると、不思議そうに首をかしげる。
「うわさには聞いてたが、アンタずいぶんデッカイな。巨人族か何かか? って、ああ? ラフル、お前いつからそんなにでっかくなったんだ!? って、痛ててっ! チクショウ、まだ頭がいってぇっ!」
悔しげに頭を押さえる少女を見て、ラフルとボルクガングは何とも言えない表情を浮かべた。
お互いの顔を見合わせ、こそこそと小声で話し始める。
「これ、確定じゃありません?」
「いや。魂的なものが入れ替わったっていうのもありなんじゃないか?」
「それだと、装置がそんな風な反応するはずなんで。多分、ビジュアルが変わったパターンかなぁーって」
「マジかよ。最近の魔法装置ってすごいのな。おじさんついていけないわ」
そんなことをひそひそと話していると、少女は不思議そうな顔で二人を見据えた。
ラフルは何とも言えない表情で天井を仰ぎ見ると、手に持っていた魔法装置をそっと少女へ手渡す。
動力を切ったそれは、見た目通り、手鏡としても使えるからだ。
不思議そうな顔をする少女に対して、ボルクガングは自分の顔を指差して見せた。
自分の顔を確認してみろ、というジェスチャーだ。
すぐに意図が伝わったのか、少女は鏡を覗きこむ。
そして、分かりやすく硬直した。
「なっ、んだ、これ。え? いや、待て待て待て待て!」
少女は焦ったように、自分の体を高速でまさぐり始めた。
顔や胸、腕に足。
ありとあらゆるところを触った後、再び鏡を覗きこむ。
そして、がたがたと震えながら、ズボンへと手を伸ばした。
震える指先と、血の気の引いたその表情が、少女の絶望の濃さをに酔わせる。
ズボンのすそに手をかけた少女を見て、ラフルとボルクガングはそっと目をそむけた。
その程度の慈悲は、彼らにもあったのである。
「なくなってんじゃねぇーかぁあああああああああああああああ!!!」」
すぐ後に響いたのは、少女の絶叫だった。
「なにが?」という疑問は、無粋というものだろう。
ナニがなくなってるであることは、容易に予測がつくのだから。
絶望と混乱の中で叫び続ける少女を、ラフルとボルクガングはしばしそっとしておいてやることにするのであった。
ようやく落ち着きを取り戻した少女。
というか、少女の体になったクレオは、やばい感じの表情で頭を抱えていた。
ぶつぶつと何事か呟き続けているその様子は、実に痛々しい。
「マジかよくっそっ! 知り合いに変身させられた奴はいるけど、まさか自分までこんな目に合うとはっ!」
「ちなみに、そのお知り合いって何に変身させられたんです?」
「古代魔法文明を調査してる学者でな。ドワーフ族だったんだが、エルフ族に変えられちまったんだよ」
「マジかよ」
非常に興味をそそられるのでもっと話を聞きたいラフルだったが、さすがにボルクガングに止められた。
それに、今はそれどころではないのだ。
「とにかく、クレオが無事だったんなら早くここを離れねぇとな」
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!」
ギルド支部へ戻ろうと言い出したボルクガングを、クレオは必死な様子で止めに入った。
ズボンなどがずれ落ちそうになるのを手で押さえながら、身振り手振りを交えて抗議する。
「俺がこんなになっちまった原因が分かってねぇ! せめて、少しだけでも調べさせてくれ! 遺跡に入ったところまでは覚えてるんだが、その後の記憶があいまいで覚えてねぇんだ!」
「変身した場合って、原因が分からないと解除できないケースが多いですしね」
「そうなんだよ!」
ラフルの言葉に、クレオはコクコクと頷く。
変身させられた場合、それが短期的なものなのか、固定されてしまった物なのかによって、対応が異なるのだ。
短期的なものであれば、放っておけば数時間から数日で元に戻る。
固定されてしまったケースだと、一生そのまま、という事も珍しくない。
それを解除するには、原因を見つけ、そこから方法を見つけるしかないことがほとんどである。
もちろん、ボルクガングもそれは知っていた。
恐らくこの遺跡で起こったことが原因で、クレオは美少女になってしまったのだろう。
だからこそ、遺跡の中を調べたいという気持ちはわかる。
しかし。
「安全が確保できたなら、とりあえずその場を離れるのが鉄則だろ。それこそ、俺やラフルまで変身するような羽目になりかねねぇ。そうなったら、ギルドに戻ることだってできねぇぞ」
クレオは言葉に詰まった。
ボルクガングの言っていることが、正しかったからだ。
「もう一度調べたいなら、あとで戻ってくればいいだろう。その時に罠や魔法の専門家なんかも連れてきた方が、今探し回るよりも確実で安全だ」
「そう、だな。その通りだ。すまん、混乱しててな」
悔しげな顔をするクレオに、ボルクガングは苦笑する。
「いや、それも当然だろ。元の姿は知らんが、いきなりそんななりにされたら慌てるのも当たり前だ。とにかく、いったん戻って落ち着いた方がいいぜ。遺跡なんてにげやしねぇんだしよぉ」
「あの。じゃあ、帰りがけにピーナッツ掘っていきません?」
「いかねぇよ!! お前はもうちょっと気ぃつかえ!?」
ボルクガングに怒鳴られ、ラフルは残念そうにため息を吐く。
結局三人は、すぐに遺跡の外へ出ることになった。
クレオの武器と荷物は、ボルクガングが担ぐ。
体格的に、どうやっても持つ事が出来ないからだ。
妙に長ったらしいクレオ自慢の剣は、意外に大きいものだったのである。
服装に関しては、無理やりヒモで縛ることで解決した。
少女用の着替えなど持ってきているはずもなく、苦肉の策である。
靴に関してはどうしようもないので、分厚い袋を何枚か重ねてヒモで縛ることになった。
こういった場所では靴が壊れることも珍しくなく、冒険者が時たま使う手段でもある。
「ここまでのルート、覚えとかないとなぁ」
ため息交じりに言いながら、クレオはとぼとぼと歩いた。
その後ろ姿を、ボルクガングは居たたまれなさそうな様子で眺めている。
「ここまで来るまでの間に、大体の場所はつかんだからな。探索に来ることがあれば、俺も付き合うぞ」
「マジでか!? アンタがいてくれりゃぁ心強いぜ!」
「もちろん、報酬は貰うぞ?」
「当たり前だ! これでも蓄えはそれなりにあるから、安心してくれ。ギルドに預けてあるな!」
冒険者ギルドでは、冒険者から金を預かる、銀行のようなこともしていた。
便利そうな話ではあるが、そうすることで冒険者の首根っこまで捕まえようというのだ。
何とも現実的な話である。
「まあ、ボルクガングさんもいますし、無事には帰れると思いますけどね」
ラフルはそんなことを言いつつ、ちらりと地面へと視線を落とした。
そこにあるのは、遺跡に入る前に見つけていたピーナッツだ。
丁度群生しているのか、青々とした葉がそこらじゅうに広がっている。
出来れば持って帰りたいが、ボルクガングに止められているのでそれもできない。
クレオとボルクガングが再びここに来るというので、その時に掘ってきてもらうという手もある。
だが、その時まで実があるかどうかはわからなかった。
それを言ったら、今も実が付いているかどうかわからなくはあるのだが。
「しかし、変な形の遺跡だよなぁ」
いいなら、ボルクガングは後ろを振り返り、遺跡を見上げた。
少なくとも、ボルクガングが知るどの遺跡とも形状は似ていない。
ラフルとクレオも同意見なのか、難しい表情で遺跡見ている。
「確かに、見たことない形だなぁ。何があるかわからねぇから、何人か専門家でも雇わねぇと」
「お金あるんです?」
「ああ。まあ、それなりにはな。フレイムブレイカー・インフェルノカスタムV2を手に入れた時に、貴族になれるぐらいは稼がせてもらったぜ」
肩をすくめていうクレオに、ラフルは納得した様子で頷いた。
B級冒険者にもなると、稼ぐ金額は桁違いになる。
シャレや冗談ではなく、貴族の地位を買えるほど稼ぐものは珍しくないのだ。
「それなら、何とかなりそうですね」
「たくわえが底をつく前に、元に戻れたら良いんだけど」
クレオがそういいながら、苦笑した時だった。
突然、遺跡が振動し始めたのだ。
「なんだ!?」
かなり激しい揺れに、ボルクガングは思わず大声を上げる。
身構える三人の目の前で、遺跡に大きな変化が起こった。
遺跡の側面から、太い柱の様なものが伸び始めたのだ。
横に伸びていたそれは急に折れ曲がると、今度は地面に向かって伸びていく。
あまりのことに、三人は言葉を失って立ち尽くしていた。
その間にも、変化は続いてい行く。
地面に突き刺さった柱は成長を止めると、今度はゆっくりと形状を変え始めた。
伸びた柱の数は、合計で四本ほどだろうか。
それが、地面を押すような形で動き始めたのだ。
側面に着いた棒が地面を押すことで、遺跡はゆっくりと上空へと持ち上がり始める。
「マジか。なんだアレ」
「足じゃありません?」
呆然とした様子でつぶやくクレオに、ラフルは首をかしげながら答えた。
確かにそれは、脚のようであった。
虫の脚の様なものが、四本。
突然遺跡から生えてきたのである。
そして、ゆっくりと立ち上がったのだ。
「ウソだろ。ちょ、え? これ、うっそだろ。どうなってんだこれ」
混乱した様子でボルクガングが呟くが、それにこたえられるものは誰もいなかった。
そうこうしているうちに、脚の生えた遺跡は、ゆっくりと移動を始める。
脚は非常に長く、遺跡自体の二倍はあろうかというものだった。
それだけに、進むす速度が非常に早い。
あっという間に、その姿は森の中へと消えていった。
その様子を呆然と眺めていたクレオが、当然膝から崩れ落ちる。
「なんなんだよ、これよぉおおおおおおおおお!!!」
絶叫だ。
一度に色々な顔とがありすぎて、さすがに許容量をオーバーしたらしい。
流石のボルクガングもかける言葉が見つからないのか、ひきつった顔でその姿を眺めている。
だが、もう一人の方はといえば、別のところに関心が移っていた。
「あいつが歩いてったところ、地面が掘り返されてピーナッツが出てきてるんですけど。ちょっと二人とも、拾うの手伝ってくれません?」
「お前、マジかよ」
せっせとピーナッツを拾うラフルに、ボルクガングはドン引きした様子で声を絞り出すのであった。
水を張った鍋に、洗ったピーナッツを殻ごと投入する。
下味用の塩を投入したら、火の上へ。
サイズが大きい分、煮る時間は普通のものよりも長めだ。
茹で上がったら、ざるにあけて水分を取る。
下にタオルをひいて、ざるのままテーブルの上に置く。
大雑把なようだが、ゆでたてを食べる贅沢を味わうには、これが一番だとラフルは思っている。
「うむ、美味い。やはり、バターピーナッツとは違った味わいがあるな」
魔法で器用に殻を割りながら、カナメは満足そうにピーナッツを頬張った。
どことなく幸せそうなカナメの横では、絶望した表情のクレオが同じようにピーナッツを食べている。
同じものを食べているはずなのに、発散されているオーラは全く別のものだった。
「あの、きっとどうにかなりますよ。いくら歩いて行ったとはいえ、天空の森のどこかにあることには違いないんですから」
「そうそう! 流石にこの周りの断崖絶壁は降りられないだろうからな!」
なんとかクレオを慰めようとしているのは、エルネットとボルクガングだ。
ちなみに、クレオは今、白いワンピースを着ていた。
エルネットのおさがりだ。
ついでに可愛い髪飾りなどもエルネットの手により付けられているのだが、そのことがさらにクレオの心を抉っている。
少しでも気を紛らわせようと思ってやっているのだろうが、完全な追い討ちだ。
目の輝きを失った現在のクレオは、ひたすら茹でピーナッツを食べるマシーンと化してた。
そんなクレオの事をまるっと無視して、ラフルとカナメは茹でピーナッツを堪能している。
「茹でピーナッツは生でゆでる場合がほとんどだからな。冷凍庫やなんかで保存すればいいんだが、ほとんどの場合は乾燥させてることが多い。その方が保存も楽だしな」
「冷凍庫なんて高いですからね。デカイレストランとか、金持ちの家でもないと維持もできませんし。魔力代だってバカになりませんよ」
「そうだな。おかげでどちらかというと、バターピーナッツのほうがメジャーになるわけだが。私は茹でピーの方が好きだな。私が初めて食べたのは千葉の方でな。富士山を登りに行った時も食べたんだが。食い方の文化圏の差が非常にわかりにくい食い物の一つだと思うぞ、茹でピーは」
「チバとフジサンってどこです? 聞いたことないですけど」
「お二人ともっ! 食べてばっかりいないで、クレオさんを何とかしてあげましょうよっ!」
我かんせずといった様子でピーナッツをかじる二人に、エルネットは顔を寄せて言う。
内緒話のつもりなのだろうが、音量が大きすぎてクレオにもだだ漏れだ。
カナメは面倒臭そうに顔をしかめるものの、エルネットの視線に負けてクレオの方へと顔を向ける。
「まぁ、なんだ。男でも女でも通用しそうな名前で良かったではないか。ボルクガングのような厳めしい名前だったら、中々に笑えることになっていたぞ」
「それって慰めになって無くないですか」
クレオはにわかに震えだすと、テーブルを叩いて立ち上がった。
その眼には、強い光が戻っている。
「おお、びっくりした。なんだ」
「馬鹿にされてやる気が戻ったんじゃないですかね」
あからさまに他人事のようなカナメとラフルのリアクションだが、実際にその通りだった。
クレオはどちらかというと、逆境でこそやる気になるタイプだったのだ。
「チクショウ! こんなことでへこんでられるかってんだ! だいたいのいる場所は分かってんだ! 根性で探せばどうにでもなる!」
「そうですよっ! 頑張りましょうっ!」
拳を振り上げるクレオを応援するように、エルネットもポーズをとる。
張り切る美少女と、それを応援する少女という絵面に、ボルクガングは一瞬居たたまれない気持ちになったものの、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「それに、俺にはフレイムブレイカー・インフェルノカスタムV2がある! 苦楽を共にしてきた相棒があれば、天空の森の探索だって出来るはずだ!」
そういうと、クレオはテーブルにたてかけていた剣に手をかけた。
自分の手で勝ち取ったそれは、クレオにとっては冒険者としての証の様なものだ。
身体のサイズが変わったことでほかの装備は身に着けることが難しくなったが、剣だけは違う。
魔法で身体強化さえすれば、振り回すことだって可能なのだ。
幸いなことに、見た目は変わっても、魔法の力だけは変わっていなかった。
それを駆使すれば、まったく戦えないという事はないだろう。
「ぜってぇー見つけてやるからな、遺跡野郎!!」
クレオが自慢の剣を掲げるように持ち上げた、その瞬間。
剣から眩い閃光が迸った。
「うをぉ!? なんだ!?」
「まぶしっ! ちょっと、目とか悪くなる!」
全員、自分の目をかばって、手や腕で目を覆った。
しばらく続いた発光現象が収まると、恐る恐るといった様子で周囲を見回す。
「うっわ」
最初に異変に気が付いたのは、ラフルであった。
クレオの方を指差し、表情をゆがめている。
エルネットとボルクガングは、それにつられるようにしてそちらを見た。
指の先は、クレオが掲げた剣に向いている。
正確には、剣だったもの、だ。
「ピンク色だな」
ぼそりと呟いたのは、カナメだ。
その言葉通り、クレオの剣はピンク色になっていた。
より正確に言うならば、ピンク色のステッキ状の物体だ。
ラブリーで丸っこいデザインのそれの先端には、ハート形の物体が取り付けられている。
リボンをあしらったと思しきふりふりの何かがふんだんにあしらわれており、周囲に否応なくファンシーさを振りまいていた。
それはもはや、剣ではない。
「魔法少女のステッキのようだな」
「なんですか魔法少女って」
「魔法を使う少女のことだ。物語のヒロインだな」
カナメの答えに、ラフルは感心した様子で「へぇー」と声を上げる。
それはまさに、魔法少女が装備しているっぽいものであった。
冒険者らしさはかけらもないが、かわいらしさはなかなかのものだ。
「グハッ!!」
クレオは何かしらを吐き出すような音を発すると、そのまま膝から崩れ落ちた。
流石に、心的な何かが折れてしまったらしい。
「クレオさんっ!? クレオさんしっかりしてください! だだだ、大丈夫! 大丈夫ですよっ! えっと、そう! かわいい! とってもかわいいです!」
なんとか励まそうとするエルネットだったが、それはむしろ死体蹴りである。
あまりに残酷な光景に、さすがのボルクガングも言葉を失っていた。
それを横目で見つつ、ラフルとクラリエッタは再び茹でピーナッツを食べ始める。
「まだたくさん持ってきてるんで、乾燥させて保存しておきましょうか。料理にも使えますし」
「よいな。パンや揚げ料理にも使える。ピーナッツ飴にするのもよい」
「飴って。砂糖手に入るかなぁ」
唸りながら、ラフルは首をかしげた。
クレオのことを考えるよりも、はるかに真剣そうな表情である。
「天空の森」ギルド支部は、今日も比較的平和であった。
二話更新です
これでストックが尽きたので、とりあえず三話目書いてます
書き上がったら上げようと思います
ストックすくねぇなぁ!
って思うかもしれませんけど、冷静になってスクロールバーを見てください
めちゃくちゃちっちゃいでしょ?
今回二万五千文字あるのよ
なろうって三千文字更新が多いから、実質八話分ぐらいあるの
そう考えるとお得じゃありませんこと?