6
この家にはアトリエがある。庭を抜け、舗装された道を歩くとそれに辿り着く。そのアトリエは敷地の一番端は森に一番近い場所に位置している。
アトリエは家と同じ煉瓦造りで、一際目立つ古ぼけた石の扉。いくつか窓があり、太陽の光を取り込んでいるが外から中の様子をうかがうことはできない。外にはガーデニング用の椅子と机や苔の生えた井戸があるのみである。
アトリエへ向かう道道、自然とできた木々のアーチを歩きながら、木漏れ日に照らされる。
「アトリエで何をするんですか?」
朝食が終わった直後、いきなり「アトリエに行こう」と言うものだから、まだ概要を一切聞いていない。
「魔導師になるためのお勉強かな。勉強は嫌い?」
レンオアムの問いかけに、首を横に振る。
「どちらかといえば好きな方です」
「なら良かった。今の子は勉強が嫌いって人伝いに聞いたものだから安心したよ」
「その情報源、ひどく偏っているように見えますが…」
「そうなのかな?」
「そうです」
そんな世間話をしていると、いつの間にかアトリエに着いていた。
二人は古ぼけた石の扉の前に立つ。その石の扉はいかにも重そうで、人二人でどうやって開けるのか検討もつかない。ドアノブもなく、何かを閉じ込めているようにも見えた。
「どうやって開けるんですか?」
「ん、ちょっと待ってね。確かここに…え~と」
彼は突然石の扉を弄り始める。隅々まで弄り、ある場所で手が止まる。突然止まった手を注視していると、その手が石の扉にめり込む。
その直後、けたたましい音を立て、扉は地中に消えてゆく。どのような技術か全く検討もつかないが、ただただ驚くばかりだ。
扉のあった場所で、レンオアムがこっちこっちと手招きをする。ロアはそれに誘われる。
アトリエに足を踏み入れた。すると胸一杯に古本の香りが広がる。窓からの光で部屋の全貌を見渡せた。そこには天井までのびる、全て隙間なく本が詰まった本棚ばかりが壁に沿って置かれている。
パチッとスイッチ音がした後、天井からぶら下がるランプの灯りがついた。
「まぁ適当に座ってて。奥の方を掃除してくるから」
そう言って彼は奥の方へ消えてゆく。呆然と立ち尽くすのもつかれるので座れる場所を探す。
何度も見渡しても視界を埋めるのは本ばかり。中央に陣取る大きなテーブルと、その一方にぽつんとある椅子にも見慣れた先客が陣取っている。果たしてここはアトリエなのだろうか。蔵書室で良いのではないかと考えそうになる。
ひとまず失礼ながら先客を退かすことにした。流石に地面に置くのは気が引けるので、テーブルの上のまだ本が積まれていない場所を見つけ、積んでいく。
一つ一つがかなりの分厚さで、一般的な少女の力しかないロアは一冊ずつ運ぶしか術はなかった。
運ぶ本のジャンルは多種多様で、薬草関係の書物やこの世界の歴史に関する書物、魔法に関する書物等が読み尽くすのも一苦労なほど量があった。
いやはや、一体何年かかるのか。そう思いながら、椅子に座っていた最後の先客を手に取ると、思わず凝視してしまう。
「これは?」
その書物は今まで運んできた書物と比べれば幾分も薄い。表紙には何も書いておらず、試しに裏表紙を見ても何も書いていない。
ロアは興味をかられ、開いた。
目の前に広がるのは、硬派な文でもなく、独特な著者の癖のある文でもなく、説明文でもなく、見開きいっぱいに絵が描かれているだけである。
そう。これは絵本だ。その絵本は少量の文字もなく、作者名も明記されていない。しかも、どのページをめくっても全く話が続いているようには見えない。全く関連のない絵を一枚一枚貼り付けている絵本。捉えようによっては画集ともいえる。
その中の絵は、ある時は空で少女と舞い、ある時は樹の下で竜が啼き、ある時は血塗れの竜が描かれている。
なぜだろう。無意識に、生き急ぐようにページをめくる。ストーリーも意味も何もわからないのに、なぜか絵から目を離すことができない。
そして、一つの風景画のページを捲ったとき、まるで金縛りにあったかのように視線が動かなくなった。
太陽に照らされる麦畑の横に、ぽつんと建てられた小さな家。丘の上には大きな風車が回っている。丘の向こう側には森があり、鳥が飛んでいる。
見たこともない光景。だがしかし見覚えがある。頭の中で矛盾した両者で、より複雑に思考を掻き乱してくる。このまま考え続ければ、それは底なし沼に浸かり続けるというもの。そんな底なし沼から上がることにした。
本を閉じて、ふと天井を見上げる。天井からぶら下がるランプを意味もなく見続ける。
「片付け終わったからこっち来て」
考え耽るのを中断したと同時に、奥からレンオアムの呼び掛けが耳に入る。
「は、はい!」
慌てて立ち上がった。手に持っている絵本を、先程まで座っていた椅子に置き、ドタバタと忙しなく、奥の方へ姿を消す。
本は独りでに動く訳もなく、静かに主人を待つ。




