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空が朱色に色づきはじめた頃、不思議な感覚に囚われ、目が覚めた。暖かい夕焼けがロアをはっきり照らし、影を作る。
「おはようロア」
瞳を開けばすぐ目の前にレンオアムの顔がいた。顔がいたというのは語弊か。レンオアムがすくそばにいる。
「なぜここに?」
目をぱちくりしながら問いかけた。今置かれている状況が全く飲み込めないので、当人の彼に聞くことにしたのだ。
「夕方になっても帰ってこないからね。様子を見に行ったら幸せそうに寝てたから起こすのはちょっと気が引けるなって思って運んでるんだ。まぁすぐに起きたけどね」
彼は申し訳なさそうに話した。ふむふむ、状況は把握した。つまり、寝ていた私はレンオアムに何らかの方法で運ばれている…。だから謎の浮遊感があったのか。納得した。
「あ、もう大丈夫です。一人でも歩けます」
頷き地面に下ろしてくれる。二人は並びながら歩く。夕焼けが二人を照らす。二つ並んだ影は混ざり合うように動く。
「あの樹はどうだった?」
突然レンオアムが問いかけた。ロアは首を傾け見上げる。なぜ私がそこに行くとわかったのだろうか。そんな小さな疑問を抱えながら言葉を紡ぐ。
「不思議な樹でした。どうしてか懐かしい感じがしました」
全く不思議なことだ。今日初めて見て、初めて触れたあの樹。懐かしいと思う要素など何もないのにそう感じた。
「貴方ならわかります…なんで笑っているんですか」
なぜかレンオアムが声を殺しながら笑っていた。ロアはそれを見て不服そうに頬を膨らませる。
「いや、ごめん。つい…」
レンオアムの笑いはまだ止まらない。彼は誤魔化すように歩を速めた。結局、笑いが収まるのは家に着く頃になってしまった。
「どうして笑ってたんですか?」
家のドアノブに手をかけたレンオアムに、不思議そうに問いかけた。すると、レンオアムはドアノブから手を離し、ロアの頭に手を置いた。
「君に似ている人を思い出してね。つい」
「はぁ…?」
似ている人?それは一体どんな人なんだろう。レンオアムを見ていると懐かしんでいるようにも見えた。それは古くの友人ということなのか。
そういえば、彼のことを私は全く知らない。彼だけが一方的に私のことを知っている。言ってもない癖や好きな物、苦手なものを全て当ててくる。不気味だ。ある種の恐怖を覚えそうになる。
「なんでそんなに難しい顔をしているんだい?」
声をかけられてハッと我に返る。気がつけばレンオアムの顔が目の前にあった。目と鼻の先の距離。夕焼けが照らす二人の距離は、傍から見れば接吻を交わすようにも見える。
緊張と恥ずかしさに顔が朱に染まる。
「そんなに顔を赤くしてどうかした?」
「ゆ、夕日のせいだと思います。顔が赤いのは」
それ以上は追求してこなかった。もしかしたら何を考えたか気がついたかもしれない。あんな恋愛小説のテンプレートな返し、気づかないはずないか。
「そう?それならそれで安心だけど…汗もかいたって言ってたから体が冷えて風邪ひいたかもしれないから早く入ろうか」
ロアはレンオアムに手を引かれ、家の中に消えていった。
大樹の花の蕾が一つ開いた。夕焼けを浴びてその花は活力を増してゆく。満開までにはまだ時間がかかりそうだ。




