13
一羽の鷹が蒼い蒼い空を、悠々自適に飛翔している。風を切り、音をも切り裂くその速度は、小さな生態系のトップという肩書を再確認させられる。
ある草原の上を飛んでいると、二人の馬に跨る人間が見えた。革のベストに灰色のズボン。胸元には赤いネクタイをつけ、ベストと同じ茶色の帽子を被っている。狩りの途中なのだろうか。少し様子を伺うことにした。幸い時間は有り余っている。
何をするかと思えば、徐に銃を構え、発砲する。明らかにこちらを狙っているその弾道。それが絶え間なく放たれる。当たれば致命傷の鉄塊の雨。それは一度も鷹に当たることはなかった。
撃っても撃っても、掠りすらしないそれに、人間達は苛立ちが隠せないようだ。怒りは人を集中から阻害する。次第に弾道は明後日の方向に飛ぶ。人間はこちらをしつこく追いかける。だが、馬が鷹の速度に勝てるはずもなく、結局一発も掠ることなく、程なくして振り切った。
海を渡る。眼前に白い渡り鳥が群れをなして飛行している。しかし、鷹はそんなものには目もくれず、磯と潮の香りを確かめるべく、海面すれすれを飛行する。時折波打つ海の音を楽しむ。
水面から巨大な水生生物が確認できた。こちらを狙っているのだろうか。鷹は鳴いた。来い。そういう意味なのだろうか。それを合図に水生生物は水面から姿を現した。
巨大過ぎる故に、動きがあまりに遅かった。その鋭く光る牙も、堅牢な鱗も意味をなさない。水生生物より脅威になったのは、その体躯の影響で、大きく跳ねる水しぶき。舞い上がる水しぶきを難なくすり抜け、挑戦者を突き放すが如く、空高く飛翔する。
海を横断した先にある、とある大陸の、とある首都上空を偵察する。一目見てわかる活気のなさに驚いた。国の首都とは最も盛んで、賑やかな場所だと勝手に思っていたからだ。少なくとも鷹は、そんな国ばかりを見てきた。下手すれば、今まで見てきた国のスラムの方がよっぽど活気があって賑やかだった。
鷹はその目で確認したらば、速度を上げ、そこから遠退いた。痩せ細った民が頭にこびりつく。
とある草原の曇天の空を飛んでいる。鷹は顔をしかめる。眼下に広がるのは、この世の終わりかと思える様な状況。草原を埋める死体、死体、死体、死体。見渡す限り死体のその場所は、かつて戦場だった面影を残しすぎている。空から生人を捜す。たとえ見つけても助けることはできないだろうに。鷹は暫くすると切り上げ、目的へと戻った。
もう見慣れた規格外の大樹と、それを取り囲むように自生する森森の寸前に辿り着いた。暫く森の上空を飛び、辺りを見渡すと、目的地が目視できた。鼻を鳴らすと、そこ目掛けて滑空する。森の中にひっそりと存在する洋館。それが今回の目的地。
手入れの施された庭をすり抜け、洋館の窓枠に着地した。コンコンと、立派なくちばしで窓を小突いた。
来客から数日経った朝。異音が耳に入った。音はどうやら窓からする様で、そちらに視線をやると一羽の立派な鷹がいて、左足には白い紙が括り付けられていた。
エルミィは濡れた手を拭いながら、朝日射し込む窓を開けてやる。
「失礼しますね」
そう言って、足に括られていた紙を取る。目的を達成できて喜んでいるのか、満足そうに鳴き、大きな翼を広げ、はためかせ、その場を離れた。
エルミィは窓を閉めると、その手紙を持ってレンオアムの部屋へ向かう。
扉を甲で叩く。乾いた音に次いで、要件を言う。
「手紙が来ました」
すると、部屋の中から扉が開かれる。エルミィは少し後ろに下がる。
部屋を出た彼は手紙を受け取る。
「ありがとう」
と言って、部屋に戻る。一人になったエルミィは仕事に戻る。
突然の手紙でごめんなさい。早急に対処しないとだめな要件ができちゃって、それのお願いの手紙です。
先の戦により多くの民が犠牲になりました。我々は戦犯の王国へ、制裁を加えたいと画策しています。諸国もそれに賛同しています。ですが、我々は中立無干渉を謳う身、おいそれと国へ制裁を加えることはできません。何か違法行為があればこちらも心置きなく手を下せます。そこでお願いです。その違法行為の証拠を取り押さえてくれないでしょうか。報酬は前から交渉されてた件を進めさせますので、どうかよしなに。
終始、達筆で多種多様な言語で綴られた、支離滅裂な手紙を読み終わると、紙を燃やした。炎が紙を包み込み、次第に蝕んでいく。あとに残るのは、その残り香のみ。灰など、揺蕩いはしなかった。一応だが情報漏洩対策である。彼は椅子に深く腰を下ろし、背もたれに背中を預ける。
かつての約定を踏み躙った痴れ者に、同情の余地など持ち合わせてはいない。制裁には賛同する。完膚なきまでに叩きのめす所存だ。しかしそれでは彼女をまた、危険に晒してしまう可能性がある。
あの娘の血統と魔力、髪の毛の先に至るまで、生を受ける万物に尊ばれる。つまりは狙われる。利用される。捨てられ、殺される。
その事を考えれば、彼女を幾重にも鎖がかかった鳥籠に入れて、窓も扉も決して開くことのない部屋に閉じ込めてやりたいぐらいだ
助けるを求めるように窓の外を眺めた。灰色の雲立ち込める曇天の空に、ため息が漏れる。まるで空と自分の心がリンクしてる様に見えてしまった。
ポツリポツリと、暗い空から雫が落ちてきた。雨脚は次第に強くなる。これは暫くやみそうにない。
この雨が止んでから考えればいいか。そう逃げた。
床までに及ぶ本の山。そこから適当な本を一冊見繕う。本を開く。ページを捲る。それは何度も読んだ本だった。すり減るほど読み込んだ、思い入れのある本だった。
彼は嬉しそうに、感情を露わにする。それも一瞬だけで、すぐにいつもの鉄面皮へ戻る。