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森人は樹の下で笑う  作者:
桜下の墓森
11/20

11

ベッドに腰を下ろすと、長く艷やかな銀の髪を束ねている紐を解く。そして大の字で寝そべる。柔らかな感触が体を包み込む。

ふと、意味もなく額に右手の甲を当てる。天井から部屋全体を照らす灯が、手で遮られる。


恐ろしく退屈だ。何もする事がない。品がない、淑女らしくない等、小言を言われそうであるが、兎に角退屈なのだ。


この部屋には娯楽も何もない。本もあるわけもなく、あるのはタンスや机、ベッド等の生活に必要で最低限の物だけ。実際、それで苦労も苦痛もなかった。


現にそれで過ごしてきている。が、やはりこういう場合になると話は違ってくる。


アトリエに行こうとも考えたが、一度足を踏み入れると恐らく日を跨ぐまで帰ってこないはずだ。自分で認めるのは癪だが、その自信しかない。


かと言って、何もせずつれづれな時を過ごすのもどうかと思う。

ボーッと天井を眺めていると、ふと、彼の言葉が頭を過る。


「味方かぁ…」


自然とポツリ、言葉が零れ落ちた。未だに、この言葉を発した彼の事を完全に把握しきれていない。


額から手の甲を離し、その手を開いたり閉じたりする。いくら考えても答えに辿り着きそうもない。まるで茨の迷路に迷い込んだが如く、その真意や正体はわからない。


その迷路を進めば進むほど、茨の棘で自分が傷つけられる。


あぁ、まただ。また行き止まりだ。目の前に広がる大迷宮。到底彼女一人では脱出する事はできない。


彼女は思考の渦、迷宮に呑み込まれ、取り込まれる。






久方ぶりに来る家は昔とちっとも変わらない。家具の配置も、食器の位置も、匂いも、雰囲気も全部、まるで時が止まったかのようにそっくりそのままの状態だった。


車では乗り気ではなかったのに、いざ来てみると懐かしさと嬉しさで胸が一杯になる。まだ興奮も冷め切らない様子で、きっとそこにいるであろう人に声をかけた。


「やぁ、エル。元気だったか?」


二人が着いた事に気づいた彼女は、覚束ない足取りでそこへ向かう。


「元気かって聞かれるほど私は老いていません。たいして時は経っていませんし、身体は健康そのものですが…」


彼女と眼があった。その眼の光は鈍く、陰っていた。それを目にして、完全に理解した。


「どの位進んでる?」

「今はもうほとんど見えない状態ですね。虫食いの跡の様に、所々光は差し込みますがそれも微々たるもので…」


彼女の表情が昔のそれになる。彼女自身は知らないだろうが、自分はその顔が大っきらいだ。全て諦めたような、暗い影のような表情。そんな表情を見ていると胸がチクリと痛む。


「直すから部屋に行こうか」

「は、はい」


彼女は頷く。静かに部屋の隅で立つ、レンオアムに目配せする。彼は魔法で扉を開けた。


エルミィの手を取る。女性らしい吸い付くような柔肌の感触が伝わる。


彼女の部屋は一階にある。本来なら二階なのだが、彼女の境遇を考えるなら当然のことである。

リビングから直ぐの部屋の扉を開ける。ここもまた何も変わっていなかった。


彼女をベッドに横たわらせる。自分は服を脱ぐ。ベッドの側にあるランプに灯りを灯すそして横たわる彼女に覆いかぶさる。彼女の華奢な身体は、男が覆いかぶされば見えなくなってしまう。


決して、そういう行為をしようとしているわけではなく、服を脱ぐのも覆いかぶさるのも必要な事だからしているだけである。


「始めるよ」


彼女の衣服に手をかけ、はだけさせる。若干上ずった声が薄暗い部屋の中に響いた。


露わになる、白磁のような肌。情欲を掻き立てる様なその光景。思わず見惚れてしまう。


「チカゲ?」


彼女の呼び掛けで我に返る。涙ぐむ、熱のこもった目で見つめられる。胸がドクンと大きく跳ねた。


なるべく平静を装い、チカゲは彼女の左胸、ちょうど心臓の、真上ぐらいのところに手を当てた。


目を瞑る。手に魔力を込めた。その魔力を彼女の身体に無理矢理入れようとする。


突然侵入してきた異物への抵抗なのか、押し返すような感覚もあったが無理矢理ねじ込んだ。彼女の甘い、熱のこもった声が鼓膜を刺激する。


彼女の体内に入った魔力は、血管を通り問題の場所へ向かう。チカゲの額には玉の汗が滲む。


魔力を操作するには、相応の技術、集中力が必要とされる。何かを介入させればされるほど、それは倍必要になる。


今している行為は、ミリ単位の血管に、魔力を糸のように細くし、操作する。目を瞑って針の穴に糸を通す、それと同意義、またはそれ以上の難易度。兎に角、それは常人には真似する事のできない至難の業であることは間違いない。


魔力の糸がある部分と接触した。硬く冷たいその物は、外側からは見えない内側が損傷していた。目視確認できたら、後は直ぐだった。


「はぁ~疲れた」


重く、気怠い身体をベッドに埋める。すると、疲労からか、すぐに眠気が襲ってくる。欠伸をする余力も残されていない身体は、素直に睡魔に屈した。


はだけていた服を整えたエルミィは、ベッドから静かに立ち上がった。チラリとチカゲを見た。あどけない顔で眠っている。それを見ていると微笑ましくなる。


(…寝てるよね?)


ベッドが軋んだ。刹那、エルミィは顔を熟れた林檎の様に、顔を真っ赤に染めてそこから飛び退いた。そして、そこから逃げる様に部屋を後にする。


「…」


寝ているはずの彼の顔が紅く染まる。羞恥と歓喜からくる感情に、思わず叫びたくなった。


彼女の行為に謎を浮かべながら、熱の冷めない彼は、誤魔化すように、淡い灯りを灯すランプを消灯させた。





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