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森人は樹の下で笑う  作者:
桜下の墓森
10/20

10

「例えそれが真実であろうと、それをあの娘に話すのはやめてくれ」

「だ、だけど!」

「君はそれで赦された気になるだろうがあの娘は違う」


その言葉が胸の奥底に眠る、心臓に突き刺さる。そのとおりだ。自分がそれを言うことによって、自分がその苦悩から開放されても、向こうはそうとは限らない。


自己満足ではないのか。エゴを押し付けているだけではないのか。冷静に考えると、自分の主張はひどく自己中心的なものだった。


「そ、それは…」


それを理解してか、後に続く言葉は何もなかった。ただ一時でも、それを考えた自分の愚かさに恥ずかしくなった。


目の前に立つ彼からは、焦りと苛立ちが見て取れた。いつもの冷静沈着を体現する姿とは、似ても似つかない。彼は深く呼吸を整えると、こっちを真剣な眼差しで見つめる。自然とこちらの身も強張る。


「君が真実を告げるのは君の勝手だ。だがそれを告げるなら私は容赦はしない。もう一度言う。話すのはやめてくれ」


彼の、いつにもまして威圧的な声が鼓膜を刺激する。聞く人によって恐怖で怯えさせるその声音は、聞く者を静かに頷かせる。彼はそう言い終えると、頷いたのを確認する。


「俺のこと恨まないのか?」


そう問うと、彼はなぜ?といったような表情で、こちらを見つめ返す。それを見ていると、次第に自分が莫迦らしくなってくる。


「なぜ私が君を恨むことがある。好意で作ってくれたものだろう?世に流そうと言ったのも、薦めたのも私だ。つまり私に恨む筋合いはない。だから気にすることはない」

「でもっ!俺が作ったもので傷つけた!それは変わらない!」


声を荒げて訴える。それを認めてくれれば、責め立ててくれた方が気が楽になるというのに、彼は頑なに悪くないと言う。


そんな自分を見て、呆れたのか、それとも考える時間を与えるためなのか、彼は静かに部屋を後にする。その大きな背中は扉の向こうへ、影のように消えた。


頭を冷やそうと、近くにあった椅子に腰を下ろす。すると、とある物が視界に入る。


それは机の上に置かれている一枚の紙。設計図である。それを見つけるやいなや、その設計図を手に取る。そして設計図をビリビリに、解読不能にするがごとく破り去る。


あの頃は、これがあんな使われ方をするとは思いもしなかった。手に少し残った、設計図だった紙は、今はもう跡形をなくした、ただの紙屑に変貌を遂げる。静かにそれを見つめる。紙屑を見ていると、また自責の念が込み上げてくる。


今、ここに、この世に神がいるなら、今までの行いを亡きものにしてほしい。それが例え、この世の理に触れようともその願いは絶対不変である。


暗い部屋の天井を仰いだ。手をとてつもない力で握り締める。爪が肉にめり込み血が滴る。痛みはある。だが傷みはない。


いくら自傷しようとも、この憎たらしい肉体はそれを瞬時に修復する。

強く握っていた手を開いても、傷一つない血に塗れた手があるのみ。




家に入るとひんやりと涼しい風が、白い柔肌を包み込む。玄関先に置かれた、アンティーク調の家具が少し汗ばんだ二人を出迎える。


チクタクチクタクと、古ぼけた古時計の規則的な針音が、静かでひんやりとしたその家の一室に反響する。


「何か手伝えることはありますか?」


家の中では籠を浮かすのは広さ的に無理があったのか、一つずつ自らの手で運んでいるエルミィに問いかけた。彼女の足は止まり、こちらを振り向く。


「なら扉を開けてくれませんか。一々置いて開けるの面倒くさいので」


と、苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうにそう言った。それを聞いたロアは、足早にリビング、キッチンへ続く扉に向かい、開ける。


「ありがとうございます。今日はお疲れでしょうから夕飯までの時間、ゆっくりと自室で過ごしていたください。私は仕込みがありますので」


と言って、彼女は一つ目、二つ目の籠をキッチンに運び入れた。まだ手伝いをしたいのだが、料理となると何も手伝えはしないだろう。むしろ、いらぬ手間をかけさすことになるのは容易に想像ができた。


仕方がない。部屋で少し休もう。そう思った矢先、キッチンから可愛らしい悲鳴が聞こえた。


電光石火の速さでキッチンまで向かうと、床にエルミィと野菜が転がっていた。繊細で脆い野菜は中身が弾け、床に寝転んでいる。慌てて転けている彼女を助け起こす。


「だ、大丈夫ですか?」

「は、はい。すみません、躓いてしまいまして」


焦点の定まらない、硬い瞳と目があった。数回ほど瞬きを繰り返すと、焦点が定まった。そして、彼女は初めて目を見られていることに気づいた。


「…ッ!?」


腕の中から、逃げるように飛び起きた。彼女からはなぜか怯えと焦りが感じられた。


「あの…」

「助けてくれてありがとうございます。片付け等は私がやっておきますので、先程言ったとおり部屋で過ごしててください」


ロアの言葉を遮るように、早口で言葉が発せられる。否とは言わせぬ雰囲気で、ロアは渋々部屋に戻った。




一人になったのを確認すると、深いため息を吐く。


「やっぱり50年は長過ぎましたか」


瞑った瞳のまぶたをそっと触る。寂寂の感情が噴き出す。


蝕むように暗闇が増えるその視界。もう少しすれば、光が入り込むことのない深淵に変わる。


徐に、床に散乱している弾けた野菜を一つ手に取った。彼女は願うような仕草で魔力を込める。すると、弾けた野菜が生っていた時と同じ、もしくはそれ以上の状態で再生する。


「これが私自身に使えれば尚の事いいのですがね」


自嘲するような薄笑いを浮かべた。


自然と頭に浮かんだ。初めてあった時の事。その時から、私の世界は彩りをもった。


静かに片付けを進める。いつもは使わないものを使い、何とか作業を進めた。



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