【第三十二話】終わり始める世界
【第三十二話】終わりの始まり
「なん、だよ。・・・これ」
さっそくハルの学校へと向かった僕に待っていたのは予想外の事態だった。
「いったい何が・・・」
見上げる先。四階の教室一つ分が吹き飛んでいた。
「いや、そんな事よりもっーーーーーーハルッ」
僕は腰に着いているはずの鉤縄へ手を伸ばし、それが空を掴む。
「っ、どこかで無くしたのかっ」
あれだけの激戦だったなくしても仕方がないと思うと同時に何でこんな時にと呪いたくなる。
僕は即座に鉤縄は諦めバリケードのされている玄関を破壊して中にはいる。
何があったのか。
初めは僕がゾンビを見逃して、数百単位のゾンビに襲われたのかと思った。変異体、完成体ならば教室一つ分を吹き飛ばすことも可能だろう。
だけど、こうして玄関を破壊して中に入ってもゾンビはいない。
この時点で大量のゾンビに襲われたという線は消えた。
僕は即座に階段を駆け上がる三階と四階を繋ぐバリケードまでたどり着いた。
だが、ここにきてもバリケードは無事。
ゾンビの襲撃じゃないのか?
いや、変異体の中には空を跳ぶ奴もいる。
四階から直接攻められた可能性もある。
僕はシャベルで階段のバリケードを破壊し、そのまま駆け上がった。
四階。ハルたちが拠点としている場所だ。そして、外から見て教室一つ分が吹き飛ばされていた場所でもある。
僕は何が起こっても大丈夫なように右手のシャベルを強く握りしめた。
慎重に、進む。
だが、ゾンビはいない。
それに、ハルたちの声もしない。
僕は歩く早さを少しだけ上げ、教室を一つ一つ見て回る。
そうして何も発見できないまま吹き飛ばされていた教室の前まで来た。
「ここ、か」
廊下から見ても酷い有り様で、爆弾で吹き飛ばしたみたいに教室がまるまる一つ分吹き飛んでいた。
幸いなのか床は残っている。
僕は瓦礫になったドアを退かし中に入って、唖然とした。
死体。
そこにあったのは間違いなく死体だった。
ただ、頭がない。少年の死体。
頭がないから正確ではないが、これはあの時のガキだ。吉なんとか、といったか。
どういった経緯でこうなったのかわからないけど、状況はよくないみたいだ。
教室内を探したが、他に人はいない。
外に出て先に進む。先に進み初めての気が付いた。廊下に血の後が出来始めている。
たぶん、さっきの少年を殺した誰かのものだろう。
・・・僕はハルの心配をしながら同時に思っていた。
さっきの死体を見ても同様が少なかった。
これまでも死体なら見たこともあるし、グロテスク具合で言えばもっと酷いものも見た。
だけど、つい先日まで生きていて、少なくても話した相手がこうして死んでいたのに、僕の心は殆どの揺らがなかった。
これは・・・心が壊れてきているのか、それとも・・・心も化物になりかけているのか。
僕はその心配を振り切り、血のあとを追う。
あとを追っていけばたどり着いたのはハルたちが拠点にしていた教室だ。
僕はごくりと息をのみ、扉を開けた。
開けて、僕は息を飲んだ。
「・・・・・・かず、や」
「ーーーーーー朝日、か」
和也がいた。
いたけど、・・・僕は彼を見て、どうしていいのか解らなくなった。
何が、あった。何が、起こった。どうして、どうして、和也がーーーーーー
「・・・・・・っ」
和也がいた。両の足を切断され血塗れで壁に寄りかかっている、和也がいた。
そして、その腕の中には左半身を失い絶命している新治華子がいた。
「ぁ、・・・・・・っ、」
言葉がでない。
僕は絶句してしまっていた。
さっきの少年の死体を見ても動じなかった心がバカみたいに震えている。
恐い。強大な敵を相手にする恐怖とは別途の、
もっと恐ろしい恐怖。
僕が何も言えずにいると血の気の引き真っ青になっている和也が口を開いた。
「・・・なぁ、朝日」
「・・・なんだい」
やっと絞り出した声はたぶん震えていた。
和也は恋人を抱き締めたまま僕の方も見ずに続ける。
「ーーーー頼みがある」
その声に、僕は初めての凄みというものを感じた。
「アイツを、宗一郎を、殺してくれ」
「そう、いちろう」
名前と顔は一致しない。が、それが誰だかはわかった。
あのとき、僕に食って掛かって現実の見えていないバカだ。
でも、アイツがこれをやったのか?
和也の腕に抱かれている彼女の傷はただの人にできるようなものではない。
「アイツは・・・アイツは人間じゃない・・・化物っ」
化物。その言葉に僕は思わず左腕を見る。
「いきなり爆発が起きて、アイツが血塗れで戻ってきたと思ったら、子供たちを“食い”やがったっ」
食った。・・・僕はその言葉の意味がわからなかった。
だが、アイツが子供たちを殺した。それだけはよくわかった。
「アイツの狙いは月夜野さんだった。狂ったように月夜野さんに襲いかかって・・・止めに飛び出た華子をーーーーーー」
「ハル・・・を」
確かに、アイツがハルに惚れ込んでいたのは見ていてなんとなく気が付いていた。・・・でも、こんなことを・・・。
「仇を取ろうと飛び込んだら、これだよ」
自身の無くなった足を見て自嘲気味に笑う。
その姿が痛々しく、僕はただシャベルの柄を強く握るしか出来なかった。
「宗一郎はそのまま月夜野さんと妹さんを連れてどこかに消えた。時間はまだそう経っていないはずなんだ・・・頼む・・・朝日・・・アイツを、宗一郎を、俺の、華子の仇を取ってくれっ」
その目から涙を流しながら死した彼女を抱き締める。
僕はその姿を見ていられなくて、ただ一度頷くと、その教室をあとにした。
こんなことになるなんて・・・時間を巻き戻せるならそうしたいとここまで強く願ったことはなかっただろう。
僕はシャベルの柄が凹むほどに強く握り締め、ただただ歩く。
目を閉じて耳を澄ませる。
「ーーーーーー聞こえた」
既に人間離れした聴力は確かにハルの声を聞いた。
「屋上だ」
上から。ハルの悲鳴。
急いで向かわなくてはいけない。階段?いや、間に合わない。
僕は即座にそう判断すると右腕を引いて構えた。
屋上。天井たった一つ分だ。
僕は全力の一撃を天井へ向けて解き放った。
爆発。吹き飛ぶ校舎。
教室一つ分の爆発が小さく見えるほどの大爆発。四階から屋上にかけて、ハルがいるであろう場所を避け、すべて吹き飛ばす。
どうやら僕は相当にキレていたらしい。
自分を抑えられる気がしなかった。
四階から屋上までは壁を壊しても数メートルはある。その数メートルを僕は苦もなく飛び上がった。
屋上に出て、目に入ったのはハルだった。
上着を破られ、その間から肌がちらりと見える。
ハルの少し後ろには七海ちゃんもいる。
ハルは七海ちゃんを庇うように前に立ち、それでも服を破られているが酷い怪我は無さそうだ。
そうして僕が最後に目をやったのは“不気味な出来損ない”だった。
ゾンビ・・・変異体、それに似てこそいるが、あれは人だろう。
人間とゾンビの中間。それが僕が見た奴の印象だ。頭皮が剥げたような頭に、肌には赤黒い皮膚の鎧を纏い、片腕が歪に膨れ、果てには尻尾のような赤黒い塊まで生やしている。
「っ、ぺんちゃんっ!?」
「朝日先輩?」
二人が僕に気付く。
七海ちゃんも久々に僕のことを呼んでくれた。先輩呼びはなんとも心地よい。
そんな風に意識を保たせなくちゃヤバい。
本当に、不味い。持っていかれる。
「ハル、七海ちゃん、直ぐに逃げて」
近付いてきた二人を背中に隠すように前に立つ。
僕の前には不気味に揺れるキモ男。
あぁ、こいつを殺したい。
早く何とかしないと。まずは二人を逃がし、それからだ。
もし、目の前のこいつがただの雑魚だったのなら、即行で倒していた。
だけど、どこでどうやったのかは分からないけど・・・こいつ、強い。
僕の野生の勘が告げるのだ。
どのくらい強いかはわからないが、少なくとも上位ゾンビよりは強い。
僕はシャベルを構えながら背中の二人を急かす。
「二人とも早くっ」
「で、でも、ぺんちゃんはっ!?」
「大丈夫。これ倒したら直ぐに行くから」
「でもっ」
僕はちらりと振り向き、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だよ。僕は、ハルのおっぱいを揉みしだくまで死ぬわけにはいかないから」
「っ、なっ、はぁっ!?ちょ、ここでそれを言うのっ!?」
僕の言葉に真っ赤になりながら僕と横で引いてる妹を交互に見る。
妹の前でいうことではありませんでしたね。
まあ、反省はしていないけど。
「っ、わかったわよっ。だ、だけど、死なないでねっ、絶対に帰ってきてねっ!」
「うん。わかってる」
僕は固めた笑顔のまま頷くと前を向いた。
ハルたちが遠ざかって行くのがわかる。
僕はその間、ただひたすらに奴に注意とシャベルを向けていた。
・・・屋上、ちょっと派手にやっちゃったけど、階段平気かな?
しかし、階段は無事だったらしく、ハルたちの下に行く音も徐々に聞こえなくなっていった。
『うくっ』
今度は奴の口が開いた。
『うくくくくっくくはははははははっ!』
笑い声。
不気味だ。
そう、こいつは不気味過ぎるのだ。
ハルたちの前に立ったとき、僕は直ぐにコイツが襲いかかってくるとおもった。だけど、コイツはピクリとも動かずに静観していただけだった。
あれだけハルのことを狙っていたのにも関わらず・・・。
『ああ゛なんだオマえカ。ああ、いイトころに来たナぁ゛』
「・・・いいところだと?」
・・・コイツ、やばい。
何が、とは言えない。ただ、純粋に寒気を感じた。
多分、・・・すごく強い。
『こレカらメインディッシュをイタダコウト思ったンダケとな。やっぱりいきなりそれもないだろ?だから前菜を味わってゆっくり月夜野をイタダコウト思ったんだ』
ニタァと人でない顔で不気味な笑みを作るその姿は、前に見たコイツと完全に別人だった。
何をしたらこうなる?
正直、僕も大概人間止めてるけど、それはそうなる道程があった。具体的にゾンビを千単位で屠ってきた。
その過程で少しずつ人間離れしていったのだ。
だが、コイツは?
ゾンビに感染したのか?
だが、そうなれば自意識など消える。
これまでもゾンビとなった人間を散々葬ってきたが自意識を持っている存在なんていなかった。
なのに、・・・。
イレギュラー。
ゾンビの力を手に入れて、意識を保つ。
それが善の心を持っていれば、ちょっとしたヒーローモノだっただろうが、このバカは確実に悪の心の持ち主だ。
現に、仲間を何人も殺している。
人の道を踏み外した外道。
『お前なんかガ俺ノ月夜野に気安く話しかけるのがウザくてウザくて仕方がなかったんだ』
和也もその彼女も、悪い奴等じゃなかった。これからもしかすれば友達になれたかもしれない。
彼女を助けられず、ただその亡骸を抱き締める和也を僕は忘れられない。
『ダカラ、マァ、死ねヨ』
いつの間にか近付いていた敵。
振り上げられた拳。
それはもう拳の形をしていない。大きな爪に歪な形の手、剥き出しの筋肉に、それを所々囲う赤黒い皮膚の鎧。
僕のことを喰らおうと振るわれる。
『ーーーーーーは?』
僕はそれを無言で吹き飛ばした。
腕だけ。シャベルですごく早く殴り、その勢いで腕を吹き飛ばしたのだ。
『は?ーーーーーーハぁッ?ーーーーーーヅァァ゛!?うギャァォァァッーーーーーー!!?』
千切れ飛んだ傷口を押さえて転がり回り、絶叫を上げるバカ。
それを僕は酷く冷めた目で見ていた。
あぁ、確かにこのバカは強くなっていた。ゾンビの力を持って、変異体のように強くなっていた。
多分、人の知恵や知識と変異体の力、それが合わさったコイツは完成体くらいに強かったのかもしれない。
だけど、
それだけだった。
こいつと完成体が戦ったらもしかしていい勝負をしたかもしれない。
だけど、僕にとっての評価は酷く低かった。
だって、硬くない。完成体、鉄ゾンビの怖さは完成された硬さにあったし、炎ゾンビは身に纏う炎にあった。
それだっていまの僕なら問題なく対処できるのだ。
それに対してこのバカは酷く脆い。別に腕だって吹き飛ばすつもりはなかった。
それなのに、あんなに簡単に飛んでいった。
『ぐおぉッ、ふ、ふザケるナよっ、何だいまのはッ、何ヲしタッ!?』
よろよろと立ち上がるとソレは僕に向かって叫ぶ。
ねぇ、だけどさ。
「僕がそれを話す必要があるかな?」
僕はシャベルを一閃させた。
上から下へ。
グサリ、と肉を裂く感触が手に伝わる、が。僕はそれを迷わず振り抜いた。
なんともまぁ、今更な感触だ。
死体となったゾンビと、
ゾンビの力を持った人間。
結局のところ、どちらも変わらない。
吐き気が込み上げるところまで変わらない。
『ぅがッーーーーーーふぃ、・・ふヒぃ、ひぃ・・・』
胴体が斜めに切断され、辛うじて腰辺りで繋がっているだけの状態だったが、まだ生きていた。
風前の灯、という感はあるが、すごい生命力だった。
『ふィ・・・ふふはッくぅはァハッハッッ!!』
そして笑う声。
それを僕は黙ってみていた。
『ファハハハハッ!!俺を倒シテ満足か?フェヒィヒヒヒヒッ』
別段満足も何もなかった。ただ、いつものように殺っただけ。
『ダァケェドォーー、残念ダッタナァー。月夜野ちゃぁんハモう俺のモのニナルンだよぉ~』
「は?」
妄言、そう思ったが、何か違和感を感じた。何か見過ごしている?
何をーーーーーー
ーーーーーーッ!?
僕は気付いた。
コイツのあの不気味な尻尾はどこにいった?
「お前ッ!?」
いつからなかった?いつだ?どのタイミングだっ!?
『ギャハハ残ネーーーーーーブィギャッ』
「ちっーーーーーーハルが危ないッ」
僕はシャベルを叩き付けコイツを潰し、ハルの元へと走り出した。




