【第二十五話】もう誰にも止められない
「え、ーーーーーーーー」
「ごめん。冗談」
「な、なんだ、冗談かぁ」
そうだよねぇ、と焦っているハルに僕は一呼吸おいて告げる。
「うん。僕に、“一人で数百のゾンビを皆殺しにしろ”って命じればいい」
「・・・・・・」
今度は冗談、とは言わない。
僕の表情が至って真剣だったからか、この言葉が本気であることが理解できたのであろう。
ハルの表情が困惑のものになっていく。
「そ、そんなの、無理、だよ?」
そう。それは常識的に考えて不可能なことだ。
どこのゾンビ映画にもない。
二体三体ならハルの常識でも倒せるレベルだろうが、僕のいう数百体というのはそれこそ有り得ないことだ。
だけど、
それは僕の力を知らないから。
ちょっとした決心をつけた僕はハルを空き教室の中に招いた。
「ちょっと、見てて」
「えっと、何、を?」
僕は背中に背負っていたシャベルを手に持つ。
目の前には勉強机だ。木材と鉄。材質はそんなところかな。
「今からこれ、斬るから」
「え?・・・え」
ハルは理解しきれていないようだけどいい。
僕はシャベルを上に構え、一気に降り下ろした。
ーーーーーカンッと接触音のあと、ガタンバンッと二つに別れた机が床に倒れ落ちた。
「・・・・・・え、え?え?」
どうやら上手く“斬れた”らしい。
斬るつもりだったけど、上手く成功したようだ。まあ、失敗しても叩き割るつもりだったから問題はないけど。
兎に角、簡単にだけど、ハルにいま、常識外の力を見せた。
「い、いったい・・・」
怖がられるかな?そんな風に思いながらもハルのことを見つめる。
でも、怖がられてもそれは力を認められるということ。
「これでわかったでしょ。ハル、僕のちか」
「いつの間に切り込みいれたのぺんちゃんっ」
「ら・・・え?」
真っ二つになった机を近くで見ながらそう返すハルに僕は思わずポカンとしてしまった。
「これって一度何か機械で切断して接着剤か何かでくつけておいたんでしょ?駄目だよぺんちゃん、学校の備品にそんなことしちゃ」
「・・・・・・え゛ぇ゛ーーー」
え、そう来る?そう来ちゃう?僕の力をそういう風に解釈しちゃう?
「いや、ハル?別にそんな手品のトリックみたいなことしてないからね?思いっきりマジもので切断したからね今」
「ぺんちゃん、いくらなんでもそんな嘘」
「だから、ほら」
ーーーー斬
机を真っ二つ。
コツを掴んだのか結構楽にいける。
「・・・ぺんちゃん、そんなに」
「やっとわかってく」
「用意しとかなくてもいいんじゃないかな?」
・・・まだ手品だと思われますか?
結局僕は全部の机と椅子を克ち割ることになった。ハルに種も仕掛けもないことを確認してもらいながらだ。
僕はいったい何をやっているのだろうか。
「と、取り敢えずわかってもらえたと思うんだけど、僕には力がある」
「う、うん。それは、わかった」
流石に疲れた。そして、大分遅れて僕の力を理解したハルは恐れより先に真っ二つになった机と椅子で埋った教室に若干引いている。誰の所為だと思っている。
「で、でも、ゾンビは何百体もいるんでしょ!いくらなんでもぺんちゃん一人じゃ無理だよっ。それよりみんなで何処かに逃げた方が」
「それじゃ駄目なんだ」
僕はハルの言葉を塞ぐようにそう呟いた。
そう、逃げる。それも選択肢のひとつでは、ある。
だけど、逃げて待っているのはやはり死だ。
守っても死。逃げても死。
襲いかかってくるゾンビと戦っても死。
罠を張っても死。
隠れようが死。
死。死。死。
どうやっても死。なのだ。
「襲いかかってくるゾンビと戦えば待っているのは死だけなんだ。逃げても追い付かれる。倒しても沸き出る。僕一人じゃ守りきれない」
だから、ね。と続ける。
「ゾンビに襲わせない。襲いかかってくるゾンビと戦うから守る必要が出てくる。だけど、こちらから仕掛ければ、ハルたちを守る必要もなく思う存分暴れられる」
ただ、僕が勝てるかどうかとなると話は別だけど。
いくら強くなっても数が多すぎる。
多勢に無勢。僕が一騎当千できれば話は早いけど、現実で一騎当千というのは馬鹿げたほど無理な話だ。
百日かけて一日十体ずつ倒せというなら話は別だけど、千体をいっぺんにというのであれば体力が致命的に足りない。今の僕の体力も平時であれば化物級と呼べるほどだけど、千体倒しきるだけの自信はない。
それでも、まだ可能性はある。
「もちろん、僕が殺りきれず死んでしまったらそれで終わりだから、用心だけはしておいてもらいたいけど」
「死ぬ、なんて・・・。そんなこと・・・言わないでよ」
僕の言葉に顔を曇らせる。だけど、これは本当にしておいてもらいたい。
「それに、例え僕が死ななくても、はぐれのゾンビがこっちに来るかもしれない。今からでも守りを固めて敵襲に備えてもらいたいけど・・・今からじゃ・・・あ、そうだ」
僕は何か書くものはないかと割れた机をあさり紙切れとボールペンを発掘した。
そこに僕は我が家の罠の場所、そして入り方をメモし、それをハルに渡した。
「これを」
「これ、は?」
紙を受け取りそれを見る。
「僕の通ってた高校はわかるよね」
「う、うん。あの坂の上の学校だよね」
「そう。あそこはもうゾンビもいないし守りを固めてあるから、もしものときはそこに逃げ込んで。罠が張ってあったり入り口もちょっと分かりにくいからそれをメモした」
マイホームならば通常ゾンビが百体くらいなら数日は籠城できる。変異体は・・・できるだけ僕が倒しておかないと・・・。
でも、これである程度の方針は決まった。
あとは・・・僕が覚悟を固めるだけ、か。
「あ、あのぺんちゃん」
「ん?なに」
覚悟を固めるために自宅の屋上で物思いに耽ろうと思って為のだが。
「なんで、そこまでしてくれるの?」
「・・・・・・」
ハルは僕の顔をじっと見つめて放さなかった。
上手くはぐらかそうかなぁ、と思っていた僕だけどこれは逃げられない。
そう感じるくらいにハルの顔は真剣だった。
頭をガシガシとかきながら適切な言葉を探す。
「最初は・・・罪悪感からかな」
僕の事情は軽く話してある。全部を見棄てて一人だけ生き残った。
「死にたい、とは思ったことはないし、これからも思わないけど・・・、みんなを見棄てて生き残ったのが辛かった。だから、誰かを助けることで罪悪感を薄れさせたかった」
「それ、だけ?」
僕は首を横に振った。
「最初はそうだよ。さっきも言ったけど、ここに来たのも僕が何もしなかった所為で、っていう責任を負いたくなかったから・・・」
言うだけ言ってあとは自己責任。酷い話だ。だけど、今で外を知ろうとしなかった彼等の限界だ。
それでも、僕はハルや気の良い和也なんかは助かってほしいと願った。
「でも、このままだと多分みんな助からない。ハルも七海ちゃんも和也も、みんなこのままだと死ぬんだよ」
ゾンビの襲撃。僕一人なら逃げられる。 でも、今度また逃げたら・・・僕はきっと僕じゃなくなる。そんな気がした。
人から外れた僕の分岐点。
このまま怪物になるのか人でいるのか。
「僕はできるだけみんなを助けたい」
それに、
「・・・お、・・・」
「お?」
・・・僕は言うべきか言わざるべきか、いや、やはり言うならこのタイミングだろう?今言わなかったらいつ言うんだ?というくらいのタイミングなのだけど、これは口にして良い言葉なのだろうか?
「お・・・おぉ、・・・おお」
「ぺんちゃん大丈夫?壊れた?」
言葉にしたい言葉が言葉にならないもどかしさ。頭のなかには四文字の言葉が既にドデンと君臨しているのにそれを口に出すのがこんなにも難しいだなんて・・・・・・
“おっぱい”をさわらせてください、という言葉を言うのがこんなにも大変だなんて・・・・・・。
・・・あ゛あ゛え?なに?悪い?
いま引いた人、挙手、僕がシャベルで全力で殴ります。手加減しません。
だって、だって、こんな終わっちまった世界で、僕、童○貞だよ?生きてる人間が数えるくらいしかいないんだよ?
しかも、これから命懸けの戦いに身を投じる訳ですよ?
おっぱいを人生で一度くらい揉みたい。
セッ○スと思わなかっただけ清いと思ってもらいたい。
僕の性格的にここで言わなかったら後で言うとか無理。やり終えてから要求するのとかなんかは卑怯臭くてできない。できないからあのとき言っておけばよかったー!?と後悔するのだ。いつもそんなのばっか。
僕は男の子を奮い立たせ、ワードを刻む。
「お、ぉ、お、おおお、ぱ」
「ん?本当にどうしたのぺんちゃん?具合が悪いんじゃ・・・ううん、やっぱり無理なら逃げたって」
「い、いや、違うんだっ、ちょっと待って、待って、言うから、言いますから」
ハルの心配が明後日の方向に旅立たないように僕は待ったをかける。
だから言うのだ。この、タイミングしか、ない。
僕はグッと両の拳を握り締め大きく息を吸い込み、ハルを見た。
「は、ハルに、お願いがあるンだっ!」
緊張しすぎて最後の方が変になった。
ハルはきょとんと首を傾げ、「お願い?」と聞き返す。
「ぼ、僕がこの戦いに、ゾンビを倒して、戻ってきたら・・・」
「うん?あぁ、うん。ご褒美的なこと、なのかな。私にできることならなん」
「“おっぱい”を揉ませてくださいッ!!」
「でも言っ・・・・・・・・・・・・
は?」
90度ぴったりに頭を下げる僕に、時を忘れたかのように固まったハルが数秒の後、我に帰った。
「え?・・・え、ぺんちゃん、いま何てい」
「お、おっぱいを揉ませて、い、いただきたいと、ぉ、ぉ、お願いしますッ」
「ごめん。言わなくて良いですて言うか言うなッ!!」
聞き間違いを疑ったハルに僕は意気込みを見せるべく再び要求を口にする。
一度言ってしまうと何だか開き直るもので、いまなら、何度でも言える気がする。
僕は、おっぱいが揉みたいのだと。
「ぅ、うぅ、まさかそんなえっちぃことで来るなんて、変態だよぺんちゃん」
ちらりと覗けば顔を真っ赤にさせたハルと目が合う。合えば更に恥ずかしげに頬を赤らめる。
うむ。可愛い。
「ふ、普通こういうときはもっと、こう、格好いいこと言うんじゃないのかなっ!もっとこうさっ、あるでしょっ!?」
「有るかもしれないけどっ、僕は知らないッ!?仕方がないじゃないかっ!!僕、高校入ってから女の子と話したことほとんどないしっ、女の子の喜びそうなセリフなんて知らないよっ」
「それでも、普通ない!!ううん、普通じゃなくてもないっ!?」
駄目だ。言い負かされそう。だってハルの言っている事の方がマトモなんだもん。
でも、こんな場で負けるわけにはいかない。ここで引いたら僕は男じゃ、ないっ!!
混乱気味ににブンブンと振るわれるハルの手を僕はキャッチ。ハルの両手を取り、ハルの目を見詰める。
真っ赤な顔をし、とても恥ずかしげなハル。
やばい。これだけで僕戦える気がしてきてしまった。
・・・いやいや、惑わされるな。僕はおっぱいを揉む。ハルのおっぱいを揉む。
・・・っ、目の前にはいる彼女のそれを想像すると色々やばくなって目を見ていられない。
挙げ句、僕から顔をそらしてしまった。
「ぺんちゃんのヘタレ」
ぼそりと呟かれた言葉に僕は肯定するしかなかった。うん。肯定して開き直ってやる。
「そうだよ。僕はヘタレさ。だけど、ハルの、おっぱいを、揉みたい。それだけは譲れないっ」
「だ、だから言わないでっ恥ずかしいんだからっ!?バカなの?ぺんちゃんはバカなの?!」
ハルからイエスをもぎ取る方法。
その方法は・・・ある。
僕が命がけで戦いにいくことをちらつかせればきっと折れる。
だけど、僕はそんな卑怯な方法で・・・・・・いいや。うん。例え卑怯者と罵られようが、僕は、おっぱいを揉みたい。
「お願いだよ。ハル・・・。この戦い、僕が生きて返ってこれる保証はない。正真正銘、命懸けの戦いになると思うんだ」
「ぅっ、で、でも・・・」
僕の頭の中にはこう流れていた。『効果は抜群だー』と。
ここで叩き込む!
「もしもの時、生きるか死ぬかの瞬間、生きたいと思う希望が、いまの僕には何も無いんだ」
「うぐぐぅぅぅ、」
低く唸るハル。いまだ顔を真っ赤にさせ、葛藤の最中。
最後に僕はこれから死ににいく戦士の顔をして「頼む」と呟きました。
「うぅ、・・・うぅう、・・・ぅぅ、わ、わかった、よ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ょ」
頬を、耳までも真っ赤にさせて、ぐぐぐぅと唸るようなそんな顔をさせて、僕のお願いに“頷いた”。肯定した。OKをくれた。
ふ、
ふふふふ、
ふはははははははははッ!!!!
ふははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッ!!!
「ゥおッシャァッァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
ガッツポーズ。生まれて初めてかもしれない、ここまでの感喜は。
僕はいま、うちから溢れ出る激情を止められないでいる。
言ってしまおう。いまの僕は、最強だッ!!
「ハルッ!!いまの言質取ったからね!!忘れないでねッ!僕がゾンビ千匹ぶっ殺して生きてかえったらおっぱい揉ませてもらうからねッ!!」
「ちょっ、そ、そんな大声で言わないでっ!?バカぺんちゃんッアホッマヌケッ変態ッ!!」
僕は荒ぶり高まるこの感情をもうゾンビどもにぶつけて殺りたくてたまらない。
待ってろゾンビ。僕が一匹残らず滅する。
初めてだ。これほどまでにゾンビを求めたのは。
僕はそのままの勢いで教室の窓を開けてそのまま飛び出す。
「っ!?ぺんちゃんここ四階ッ!?」
慌てて僕を追い窓に駆け寄るハルだけど、ハルが窓から下を見たとき既に僕は下に降りきり無傷で校庭を爆走していた。
「・・・あはは、・・・私、おっぱい・・・早計だったかなぁ・・・あははは、はぁ」
とそんなハルの諦めの呟きなど聞こえず僕は校庭のゾンビを一蹴しながら自宅(学校)に向かうのだった。




