【第十六話】心の声
今日僕は人を殺した。その人は腕が片方なくて身体中の肉も剥ぎ取られていて、死んでいるのに動く人だった。
初めて人を殺した。
覚悟はしていたつもりだった。つもりになっていた。だけど、そんなのできるはずないじゃないか。
人を殺したことなんてない。それどころか虫みたいなのを含めなければ生き物すらまともに殺したことのない僕だもん。
そんな僕にどうやったら人を殺す覚悟をしろっていうんだろうか。
漫画やアニメで見て、知ったつもりになっていた。
馬鹿馬鹿しい。未だに僕の手には“人”の頭を潰したときの感触が生々しく残り、胃の中のものを何度も戻した。
何度も何度も、次第に胃液すら出なくなるまで。
発狂できればまだよかった。だけど、まだ僕の精神は耐えてしまっていた。
頭を、何度も何度も何度も、起き上がろうとする度、僕はシャベルを降り下ろしていた。最終的に、頭がそれとわからなくなるまで何度も叩き、僕は人“ゾンビ”を殺した。
ーーーーーー
今日初めて発狂した。
人“ゾンビ”を殺すのに慣れたつもりだった。
自分の心を殺して、それを作業のように行う。そうすれば辛うじてでも僕の心は耐えることが出来ていたから。
でも、目の前のゾンビに気がついてしまった。
そのゾンビの頭を叩き付けている最中にわかってしまった。
いま僕が殺しているこいつは、僕の友人だった。
林 幸太郎。林って字から取ってリンちゃんと呼ばれていたゴツいラグビー部のエース。
同じクラスで強面の癖に意外と優しい奴で勉強は苦手だったけどスポーツ万能で、球技大会や体育祭ではいつも人気者だった彼だ。
そのリンちゃんの頭を僕はいまシャベルで殴り続けている。彼だと気が付いて、わかって、理解して、知っていて、僕は彼の頭を殴り続けていた。
原形が止めなくなるまで殴り、次第に彼の動きが止まり、それでやっと僕の手は止まった。
止まって、震えて、カランっと手からシャベルが落ちて、虚しく音をたてて転がる。
あああああ、わかっていた。いつかこう言うことがあるかもしれないってわかっていた。わからないふりして自分をだまして気付かないようにしてたけどわかっていたさ。だって、ここは僕の学校だ。その学校でパンデミックが起きたんだ。いままでは都合よく他学年の生徒だったり遠いクラスの連中だけだった。でも、同じクラスの、顔見知りの、友達の、そういったゾンビがいつか必ず現れる。そんなことわかっていたはずなのに。
もうやだ。もうやりたくない。なんで僕がこんなことをしないといけないの?なんで僕だけ?僕が何かしたの?いいや、したんだよ。僕は逃げたんだ。僕だけが逃げたんだ。僕だけが逃げきってしまったんだ。みんながゾンビに襲われている最中、僕だけが一人逃げて、逃げ延びて。僕が悪い。僕が悪いのか?逃げたのが悪かったっていうのか?だってしょうがないじゃないか。あんなの誰だって逃げ出したくなるよ!僕だけじゃない。現に、みんな逃げていたじゃないか。僕が逃げきったのはたまたま運がよかったからだ。僕が悪い訳じゃない。そうだ、そうに決まっている。そうだよ、逃げるのは当たり前じゃないか。だって逃げなきゃ僕は死んでいたんだよ!?みんなみたいに。そう、みんなみたいに。死んだみんなみたいに。みんなみんなゾンビになって、ゾンビになって襲ってくる。だから、僕は自分を守るためにも戦うしかないじゃないか。
僕が悪いんじゃない。僕は悪くない。ただ襲ってきたからやっつけただけ。
リンちゃんだってそうだ。彼が襲ってこなければ僕が彼を殺すこともなかった。
僕がリンちゃんを、ボクが、僕ガ、ぼくガ・・・。なんデ?なンで僕が?どうしてリンちゃんを殺さナクちゃなからなカったんダよ。
やだ、やダやだやだやだ。もう本当にやだ、やめたイやめたいよ。終わリニしたい。
でも死ぬノはヤだ。
死にたくない死にたくナい死にタくない死にたくナイ死ニタくない死にたクない死ニタクない死にタくナイ死ニタくナい!?!!
ソウダ。死ニタクナイ。ダカラ、殺サナキャ。
全部、全部全部全部。殺サナキャ。
いつの間にか意識は遠退いていて。
目が覚めたら僕の回りにはゾンビの肉片が辺りを埋めていて、
それでもその回りをゾンビに囲まれている。
そんな絶望的な状況で。
だけど、僕は彼等ヲ皆殺しにした。できてしまった。彼らは、人じゃない。人じゃないんだ。
アレは、ゾンビ。人でないもの。モンスター。怪物。化物。
だから、僕がしていることは人殺しじゃないんだ。
ただ、モンスターを狩っているだけ。
僕は何にも悪いことはしていない。
僕は悪くないんだ。




