【第十話】憂鬱
期待はしていなかったけど、案外あっさりとベランダのドアが開いた。
防犯意識が足りないのではないだろうか?
そんなわけで無事に潜入できた僕は辺りを見回す。もともとかなり広く綺麗な食堂エリアだったけど、今はそこにあった椅子やテーブルがあちこちに倒れ随分と荒れていた。
先ほど現れたゾンビは逃げた二人を追っていったのでまるで問題ないし、あのくらいのゾンビならどちらにしろ問題ない。
僕はちょっとばかし気になり食堂のあるスペースを覗いた。
もちろんたこ焼きのスペースだ。もちろん、たこ焼きがある、なんて思うはずもないよ?あれから二週間もたっているし、ただなんとなしに覗いて後悔した。
結論から言うとそこにたこ焼きはあった。
たこ焼き器の中に二週間放置されたたこ焼きが・・・。
腐っていやがる。
僕は絶望と共に吐き気を覚え顔を背けた。
「はぁ、ま、・・・そうなるよな」
ゾンビ襲来で慌てて逃げたのだろう。
火が消えているだけでも冷静だったのだろうと。
そんなわけで僕は心を無にし奥にあった予備のたこ焼き器とたこ焼きの粉や具材をバックに積めていく。
うちに帰ってたこ焼きパーティーだ。
ここの物を取って行く、という行動に多少の罪悪感はあったが、この食堂のものは別にここに集まっている人たちの物でもないのだ。
そんなわけで物色がすんだので、本来の目的の様子見を始めよう。
と言ったところで、スパイでも忍者でもない僕にできることと言ったらスパイ映画と忍者映画の真似事くらいだ。
取り敢えず壁にそって歩きいつでも隠れられるようにする。あとは曲がり角は直接顔を出さないで手鏡で様子を窺う。そんなところだ。
そんなわけで歩いていくと、第二食堂エリアのところで止まることとなった。
そこから先はシャッターが閉まっていて入れない。そしてそのシャッターにはゾンビが五体くらいへばり付いていた。
見た目からして男二人を追いかけていったゾンビ二体とあとから合流でもしたゾンビ三体。
どうやらこの中に人が集まっているらしい。
なるほど、と僕はその周辺を少しだけ歩き回り、ふむ、と頷く。
「取り敢えず戻るか」
一度引き返す。
あの食堂エリアに入れるような場所はなかった。中の様子を窺うこともできない。
ならば、もう一つの方法を取ろう。
僕はデパート探検をしながら元の食堂に戻った。
食堂まで戻り再び屋上に登る。
そうして、屋上の反対側まで歩き、そこから鉤縄で降りていく。
第二食堂エリアもガラス張りだったはず。ならば外から覗けるだろう。
中から見れないのなら外から見ればよい。これぞ逆転の発想だ。
二回目ともなれば馴れたものでスイスイと進んでいける。
ほんの数分で僕は第二食堂エリアの真上にやってこれた。
ここからは慎重に、と気を付けながらガラス戸から中を覗く。
「・・・っ」
いた。
人がたくさん、いた。
いや、たくさんと言っても十数人。
食堂エリアの椅子やテーブルをシャッター前に並べバリケードを作り、その後ろに男数人が鉄パイプや包丁と棒で作ったような槍とか色々を持って構えている。
音は聞こえないがシャッターはバンバンと叩かれているように揺れている。
たぶん、外にいたゾンビたちだろう。
五体くらいならシャッターを壊されることもないだろうが、このまま続けば他のゾンビを呼び寄せ遠くない未来にシャッターが破壊されるだろう。
「・・・なんで、倒さないんだろう?」
思わず首をかしげてしまう。
敵のゾンビは五体だけだし、スピードも襲い。
普通に外に出ても数分あればどうとでもできる数だ。
安全策を取るのならシャッターに付いている人が出入りするドアを開き一体ずつ中に入れ倒す。それを繰り返しても良い。数で囲めばゾンビの一体くらい余裕を持って倒せるだろうに。
それにしても、と。僕は中の様子を見る。
数えてみれば全部で十七人。男六、女八、子供三。
男は皆武器を構えていてその後ろに女と子供。
リーダーっぽいのは男の中の一人。三十代くらいの男だ。
服装的にみんな一般人ぽい。警察官や自衛隊の人はいないようだ。
まあ、そんな人がいたら直ぐにでも外に出てゾンビを殲滅しているか。
みんな一般人だからゾンビを恐れて外に出ないのか。
さてはて、どうしたものか。
バンバンバンと、先ほどよりも音が大きくなっていた。なるほど、もう何体か集まってきたのだろう。
こうなると本格的に終わりが近づいてきた。
「・・・はぁ、仕方がないか」
彼らの自業自得というか、意気地の無さが原因でも、ここで見捨てる、という選択は残念ながら僕にはできそうもない。
・・・これは善意じゃない。わかっている。偽善だとも。今回助けるのはたまたま目の前で起こったから。それに、今回はたまたま僕がいたが、次起きたときはどうせ終わる運命。
次も助ける。なんてそんなつもりはない。
今回だけ。目の前で死なれると寝覚めが悪いから、それだけの理由で僕は動こう。
このまま見棄てて、あとで全滅ってなったとききっと僕はまた発狂する。うん。なんとなく確信を持って言える。
これは僕の関与できる事柄だ。
僕の関与できない、知らないうちに彼らが全滅しても僕はどうとでも言い訳できる。僕は悪くないと僕の心に言い聞かせられる。
そうすれば、まぁ、発狂も、たぶん、きっと、しないですむんじゃない、かなぁ・・?
近場の開いている窓を探して侵入した僕は直ぐにシャッターの前へ向かった。
そこにはいつの間にか十五体程になったゾンビがバンバンバンと煩くもシャッターを叩き続けている。
「鬱になりそうな光景だよな、ほんと」
いまが昼間でよかったと本当に思う。夜見たら眠れなくなる。
取り敢えず僕は一目散に近付いて、気付かれるよりも早く五体の頭を胴体からお別れさせた。
プシューと吹き出す血を避けながら、更に一体。
そこでこちらに気が付いたゾンビたちがこぞって襲いかかってくるが、学校のゾンビよりも一段階遅い動きのそれを避けるのは正直楽すぎた。
避け、切断。
避け、両断。
避け、破壊。
避け、ギロチン。
避け、串刺し。
避け、八つ裂き。
避け、輪切り。
避け、撲殺。
あっという間に残り一体。
本当に、彼らは何故、立ち向かおうとしないのか。確かに、僕は彼らを狩って狩って狩って狩って狩って、強くなったけど、それでも数で当たればゾンビの一、二体なんて普通に倒せるだろうに。
残りの一体が、がむしゃらに突っ込んで来たから避けながらの一閃で首を飛ばし、全部終わらせる。
辺り一面はスプラッタ映画真っ青の地獄絵図みたいになっているが、そこまでは知らない。
たぶん、外に出て、これを目にしたら中の彼らは腰を抜かすか悲鳴を上げるか気絶するかもしれないけど、しない。
「はぁ、せっかく新しい学ランだっていうのに・・・」
前から少しずつ汚れてきていたけど、今回のでもうドロドロだ。
「・・・もう帰ろ」
なんだかやる気を無くした。
もう少しここにいる人たちが生きることに懸命だったなら。
僕のこのやるせない感情もマシだったかもしれない。
僕は本気で生きようとしている。
何をしても、どんなに泥にまみれても、この手を汚しても。
それなのに、彼らは・・・。
本当に、自分のこの必死さをバカにされたみたいで憂鬱になりそうだ。




