中編 息子のやっていることに理解が追い付かなくなってきた
からっとした快晴の中。
もう私は手段を選んでいられなかった。
今こうしている間にも、バカ息子たちはバカな裏工作を進めているのだろう。魔族と人族の友好など馬鹿げている。そんなことで、この500年に倒れていった戦士たちの無念が浮かばれるものか。
大体うちの息子に至っては、魔族と……いや、もっと言って魔王の娘との結婚だ。馬鹿だ。馬鹿の極みだ。まさかうちの優秀な息子がこんなにもバカだったなんて…………
あぁ……胃が痛い…………
だから私はもう手段を選んではいられないのだ。
「お呼びですか、勇者様」
1人の礼儀正しい騎士が部屋に入ってきた。
「あぁ、座りたまえ。早速本題に入ろうじゃないか」
身なりの整った清潔な若者が私の対面に座る。顔は凛々しく、ところどころに現れる仕草1つをとっても鍛えられている武人であることが分かる。
「君は…………あー、グライド君はうちの息子と親しいようだね?」
「はい。勇者様のご子息とは同じ戦場の中を同じ部隊で戦わせて貰っております」
「そうか。それはなによりだ…………が、最近うちの息子の様子がおかしいとは思わないかね……?」
「…………おかしい……とは……?」
若い騎士にわずかな動揺が見えた。
なるほど、この若者はバカ息子のバカな部分を知っているな。
「そりゃ、男の1つだ。恋もするさ。大いに結構。色を覚え少し夢に溺れるなんて、まぁ、一時の若者なら誰だってあるものだ」
「…………」
「しかし、しかしだ。相手は選ぶべきだとは思わないかね?今のご時世、家柄や武勲、政治的、経済的によく合った相手を探すだけでも大変なのに…………ねぇ?うちの息子ときたら?まさかそれどころじゃない相手にうつつを抜かすなんてねぇ……?」
「……お言葉ですが、勇者ドーガ様。私もレイク殿の恋人のことは知っておりますが、それを悪いことだとは考えておりません」
ふむ、回りくどい言い方をしなくても良かったな。この若い騎士は良くも悪くも真っすぐだ。
「確かに相手は魔王の娘。思うところはありますし、2人の間には困難も多いでしょう。下手をすれば政治的、戦況的な影響も出てきます。
しかし、2人は必死に和睦を唱えており、彼らの受け持つ戦場は現在沈静化しております。暗黙の休戦状態に入っているのです。
戦争において、味方の損害を出さない将が優れた将兵だと言うのなら、レイク殿は歴史に名を残す名将でしょう」
「…………」
「もし私にレイク殿を説得してくれ、彼女との仲を妨害してくれと頼むつもりでしたら他を当たって下さい。私はフィーネ殿を含めた彼らを尊敬しておりますし、魔族との共存にも賛成の意思があります。
なにより人の恋路の邪魔をすると馬に蹴られて死んでしまうと言いますし」
理知的で真っすぐな青年だった。
柔軟な考え方を持ち、自分の息子との友情を大事にしてくれている。この青年ならば確かに自分の背中を預ける相棒になって欲しいという息子の気持ちも頷ける。
だが……!
だが…………!
だが、ダメなんだっ……!
勇者の息子と魔王の娘の結婚は体面的にダメなんだっ……!
手段を選んでいられないのだっ…………!
「君には……病気の母親がいるらしいね?」
「―――――ッ!?」
青年の体がびくりと震える。
あぁ、悪い。でも、手段を選んではいられないのだ…………
「治療には莫大な費用が掛かり、君の給料の大半をはたいても届くような金額じゃない。そして、出来るのは軽い処置だけで、徐々に体調は悪化していっている…………」
「―――――」
青年の口がぎゅっと締まり、目は大きく見開かれている。こぶしが強く握られ、体全体が小刻みに震えていた。
私が何を言おうとしているのか、もう既に分かっているようだった。
「でも、私なら……私ならば払える金額だし、その金額を君の代わりに支払ってもいい」
「―――――」
「もちろん、条件付きでね」
小刻みに震えながら動けなくなってしまった青年の肩を叩く。
悪役だ。これじゃあ、まるで悪役だ。自覚ぐらいはある。
でも、どんな手段を使ってでも息子と魔王の娘の結婚を阻止したいんだっ!
「別に大したことをやれとは言っていない。ただ、息子を何度も色町に連れて行ってやったり、他の女性を紹介したり、あるいは魔王の娘との逢瀬を邪魔してくれればいい。
魔族との共存の道を打ち砕けと言っている訳ではない。ただ、息子にちょっと楽しい遊びを教えてあげて、たくさんの女性と接する機会を作ってくれればいいだけだ」
「………………お…………俺……は…………」
「そうするだけで、君のお母さんは助かる」
その後も震えながら必死に自らの意を保ち続ける青年に甘い言葉を吐き続け、やがて青年はがくりと頭を垂れた。屈服を示した。
あぁ、悪いことをした。胃が痛い。
でも、これが正しいことなんだ。勇者の息子と魔王の娘の結婚なんて絶対間違っている。この後ろめたい胃の痛みも必要な痛みなんだ。
そして青年は項垂れながら、息子のいる街へと歩を進めていった。
頼んだぞ。
* * * * *
「で?首尾はどうなんだ?」
「え、えーっと……はい、順調です」
少しの月日が経ち、買収した青年の部屋を訪れた。
「そうか、順調か。息子を色町にでも連れて行ってやったのか?」
「は、はい。そうですね。あいつも浮かれていましたよ」
「ははは、それでいい。やはり血なまぐさい戦場ばっかにいさせていたのが悪かったんだな。たくさんの女性を知れば魔王の娘なんかよりも良い女性がいくらでもいることに気付くだろう」
「そ、そうですね……」
うんうん、そうだとも。
普通にたくさんの出会いがあれば魔王の娘なんかに靡くことがあるはずないのだ。そうだ。簡単な話だったのだ。私からももっとお見合いの席を用意してやろう。
「魔王の娘との逢瀬は邪魔できているのか?私も私なりにバカ息子にたくさん仕事を押し付け、自由な時間を減らそうとしているのだが」
「あー……はい、おしゃっられる通りに仕事量が増えて彼困ってますよ。
彼女とのデートの時間は……あー……私も彼を飲み会に何度も誘うことで邪魔をしています…………」
「うんうん、いい傾向だ……」
報告を聞く限り、私の策略はかなり上手くいっているように聞こえる。
しかし、何故だろう。彼はもっと明瞭にはきはきと受け答えをするタイプだったのに、何故か口を濁し、言葉を濁しながら喋っている。
しかも彼の様子も少しおかしい。私の彼に対するイメージは質実剛健、意志が固く力強い人間であるという感じだったのだが、いま彼はどこか少々浮かれている感じがする。地から足が離れかけているようなふわふわとした雰囲気を纏っている。
……何故だろう。
「ん?」
視界の端に何か妙なものを捉えた。
テーブルの上に置かれた小さなそれは、彼のイメージとはそぐわないものだった。
私はそれを手に取った。
「あっ!?」
私の手の中にあるものは小さなロケットだった。
彼は装飾品を好むような人間には見えないし、もし身に着けたとしてもこのように装飾の凝ったあざやかなロケットを選ばないだろう。
「そ、それは……ちょっ、ちょっとお待ち下さいっ!」
「…………」
青年が急に慌て出す。
親に見つかってはいけないものをしまい忘れた優等生のような反応であった。
「えぃ」
「あぁっ……!」
悪いとは思ったが、人の秘密を覗い見てみた。だってあまりにも怪しかったから……
ロケットの蓋を開き、中の写真を盗み見た。
「この人は……恋人か…………?」
「―――――」
ロケットのなかに入っていたの写真は、目の前の青年と見知らぬ女性であった。
顔を赤らめ恥ずかしそうに腕を組む2人からは初々しさが感じられる。女性の方は恥ずかしそうにしながら男性に体を寄せ、青年はぎこちない笑み浮かべながら緊張で固くなっているのがよく分かる。
どこからどう見ても初々しいカップルで、青年が買いそうにない鮮やかなロケットも彼女の趣味だと言うなら合点が行く。
「……」
「………………」
しかし疑念が残る。何故彼はこのロケットを隠そうとしたのか。どんな後ろめたいことがあったというのか。
そして何故彼の報告は口を濁したようなふわふわとしたものであるのだろうか。
さらに、男女のカップルというのには最近妙に縁がある。うちのバカ息子達と、バカ息子の元婚約者アトネ嬢とヴラド公のカップルたちだ。
その二つ共が人族と魔族のカップルという異色の組み合わせである。
もっと考えてみる。
この青年はうちの息子の傍でうちの息子と共に戦場を駆け抜けている。うちのバカ息子の影響を受けていてもおかしくはない。
というよりも、私の息のかかった隣人などバカ息子にしてみれば最も早く対処するべき問題点なのではないのだろうか。
私はじっと青年の顔を見る。
青年はほんの少しだけ首を逸らし、私と目を合わせようとしなかった。
「もしかして……もしかしてだが…………」
「―――――」
「この写真に写っている恋人―――――魔族だったりする……?」
彼の体がびくっと震えた後、部屋に静寂が訪れた。
彼の顔は青白く、口を一切開こうとしないし身動き一つ取ろうとしない。
時計の針が動く小さな音だけが妙に大きな音に聞こえた。
「お前っ!?バカ息子に買収されたのかっ!?魔族の女性紹介されたのかっ!?」
「すっ!すみませんっ……!すみませんっ…………!」
「あほかあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
青年の口から出てきたのは謝罪の言葉であった。私の予想が完全に当たったことを証明していた。
「お前っ……!お前っ……!あほかっ!?息子に女性を紹介して篭絡しろと命を下したのに……お前っ……お前が逆に篭絡されてどうするんだっ!?」
「すみませんっ……!すみませんっ……!」
「ばかああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………!お前までっ……お前まで、魔族との恋人作ってどうするんだぁっ!?なんでだっ!?ずっと戦ってきて魔族が憎くないのかぁっ……!?騙されてるんじゃないのか!?お前っ!?」
「すみませんっ……!ただっ……個人として付き合うと彼女はとてもいい人で……!とてもいい人で…………すぐに惹かれてしまいましたっ……!本当にいい子なんですっ!」
なんてことっ!なんてことだっ!
バカ息子の裏をかこうとしたら、また人族と魔族のカップルが成立してしまった。なんでだ!?なんでまたこうなる!?みんな魔族が憎くないのか!?最近の若者ってそうなのかっ!?
「……大体お前…………お母さんのことどうするんだ?
言いたくはないが、息子の方に付くというのなら与えた金も返して貰わないといけないぞ?そこらへん、どうするつもりなんだ?」
私だって悪ではない。
困っている病人から金を取り上げるなんてマネはしたくないが、その金そのものが彼をこちら側に引き入れるための手段だったのだ。病人の支援はしたいが、彼が息子の方に付くのならその金の問題をあやふやに出来るはずもない。
「あ、申し訳ありません。母の病気の件については解決をいたしました」
「…………へ?」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
彼はそれまでの困ったような謝罪ではなく、清々しい騎士としての礼儀作法で頭を下げた。
「え?どういうこと?私の金を使わず、病気を解決したのか?……え?どうやって?どんな手段で……?」
「魔族の国の治療法を使いました。
魔族領にしか生えていない薬草を使い、魔族に伝わる医学を用いたら比較的簡単で安価に治療できる見込みが立ちました。土地が変われば治療の難しさも大きく変わってくるものなのですね」
「なん……だと…………」
唖然とする他ない。
難しく治療に莫大な費用が掛かるあの病気が魔族の医学を使えば簡単に治ると?医学の発達の仕方の違いなのか?
確かにそれではこの青年を手下につけられる理由が無くなってしまう。
「なので私には魔族に恩義が出来ました。魔族との共生を目指すレイク殿の支援を全力でしようと思います」
「…………」
もう青年の目に迷いはない。
先程までのように誤魔化し隠そうとしていたような後ろめたいおどおどした雰囲気は一切なく、完全に覚悟と恩義と愛情を背負う騎士の姿がそこにあった。
「…………お母さんは、元気になれそうなのか……?魔族に預けても、大丈夫そうなのか……?」
「はい、ご心配をおかけしました。きっかけを下さった勇者様にも感謝をしております」
「……そうか」
もう何も言うこともないし、何も役に立てた気もしない。ただ茫然と肩を落とすしかなかった。
作戦失敗だ。それも、みんなが幸せになるような失敗であった。
「頂いたお金はお返しします」
「……あぁ」
「しかし、初期費用として少なくない金額を使用してしまいました。働いてお返しするつもりですが、その義理として情報をお伝えします」
「…………情報?」
落ち込む私に青年は近づき、口に耳を寄せる。
「レイク殿には口を止められているのですが、勇者様にも恩義がありますのでお教えします。
今、魔族との戦争の主戦場、バーグサン盆地のすぐ近くに人族と魔族が共生する町が出来ようとしています」
「……人族と魔族が共生する……町…………?」
……なんだ、それは?
「はい、町といえるほど立派なものではないですし、施設もまだ整っておりませんが……そうですね……言うならばレイク殿とフィーネ殿は男女の出会いの場を設けたのです」
「男女の出会いの場?」
「はい。未婚の方達……それも貴族も平民も関係なく、結婚に興味がある者たちを集め、人族、魔族合同のお見合い会を開く場が出来ているのです。
最初は相手が魔族ということで嫌悪感を示すものもいますが、レイク殿たちにはプロデュース能力もあるのですね、何回も回数を重ねていくうちにたくさんのカップルが成立していますよ」
「―――――」
え?何それ?なんだそれ?
頭が真っ白になる
「着実にカップルは多くなり、レイク殿たちの活動に協力する者たちは増えております。その者たちの多くはレイク殿の活動に協力し、またお見合いは開かれ、町はどんどん大きくなって……というよりも町としての機能が成り立ち始めてきています」
「……まじ?」
「本当です。人族と魔族の恋人たちは本当に本気で2つの人種の共存する町を作ろうとしていますよ」
バ……バカ息子たちは一体何をやっているんだ……?
ただ私への嫌がらせのように魔族と人族のカップルを作っているわけではなく、町を作るほどの大規模でそんな活動をしていたのか?何をしているんだ?あいつら?ただ自分たちが結婚したいだけで行動しているんじゃないのか?
本気なのか?本気で人族と魔族との共存を唱えてるのか?
「町の存在はいずれ知ることなのであらかじめお話しておきました。どうかお願いします。武力をもってその村を潰さないで頂きたい。彼らは彼らなりの平和の道を探っているのです」
それでは失礼いたします、そう言って彼は部屋を退出した。
重い扉の閉まる音がして、私はただ茫然とした色のない戸惑いが頭の中でぐるぐると回っていた。
あぁ……胃が痛い…………
* * * * *
それは寒いはずの日のことだった。
草木が露に濡れ土には霜が降りており、靴の裏からばきばきと小さな氷が砕ける感触がする。風が通り過ぎる度に体が引き締まり、口からは目に見える白い吐息がはき出された。
でも体は熱かった。
顔が赤くなっているのが鏡を見ずとも分かるほど、顔も体も熱を発しているのが分かる。
それは恥ずかしさなのか、気まずさなのか、苛立ちなのか、混乱なのか、色々な感情を一つの鍋に入れて不完全に混ぜ合わせたかのように自分の中でぐるぐると渦巻いていた。
皆がいちゃいちゃしていた。
周りはカップルに溢れていた。
腕を組み、緩み切った幸せそうな笑顔を浮かべながら歩みを揃え町を歩いている。
そんな恋人たちが町中に溢れは溢れ、まるで空間にピンク色のハートマークが浮かび、町を埋め尽くしているかのようであった。
人族と魔族は外見の違いが少なく見分けがつきにくいが、きっとこの街を歩き回るいちゃいちゃしたカップルは人族と魔族の組み合わせなのだろう……
信じられない……
私はある町に来ていた。
それはバカ息子のレイクが作った町であり、人族と魔族が恋人を求め出会いを探す町であった。こういう言い方もあれだが、人の最も分かりやすい欲望を満たすための町であった。
町は活気に溢れていた。
そのほとんどが男女の恋のエネルギーによるものであったが、建設工事が行われている建物が多く、屋台が所狭しと道に並び多くの者たちがたくさんの商品を並べ商売を行っていた。
町には活気があふれ始めていた。
そこは恋人たちが集まる場所だけではなくなり、ちゃんと物流や施設が整った町になり始めていたのだ。
私は恋人たちが立ち寄るのに似合うお洒落なカフェに1人佇み、割高のコーヒーを注文しながら町の中央広場を眺めていた。
深い帽子を被って目を隠し、マスクを被って顔を隠す。厚手のコートを着て体の線を隠し、自分の素性がばれないようにしている。
はっきり言って不審者のように見える。自分から見てもそう見える。でも、私頑張る。胃が痛いけど頑張る。
胃が痛みながら中央広場を眺める。
「魔族は悪であるっ!目を覚ませっ!人族よっ!今までの500年でどれだけの同胞が殺されたかっ!どれだけ残酷な目に合わされてきたかっ!人族よっ!目を覚ませっ!この町は間違っているっ!」
その中央広場では10人ほどの屈強な男性が声高に魔族の悪口を叫んでいた。
魔族否定派の勢力のようで、人族と魔族が交じり合うこの町の存在を強く否定している。
「思い出すんだっ!人の子らよっ!896年に起きた魔族の凶行をっ!あれでどれだけの人族が無残な死を遂げたかっ!思い出すんだ、1021年に起きた魔族による大虐殺をっ!思い出すんだっ!
歴史の無念を思い出し、今隣にいる者がどれだけ憎い人種なのかを思い出すんだっ!」
その団体は歴史的な事件を引き合いに出し、人族と魔族の和解があり得ないことを主張する。人族と魔族には歴史という長い軋轢あり、この町をよく思っていない者が攻める格好の道具であった。
―――というか、彼らは私が依頼して集めた集団である訳だが。
人族と魔族の共生を目指す町が出来たことに愕然とし、どうにか仲互いさせることが出来ないかと、人を雇い内部から声高に魔族廃絶を叫んで貰っている。
その街では異端者となるため、袋叩き似合わないようにちゃんと屈強な者たちを10人ほど雇い、暴力沙汰になっても対応できるよう準備を整えている。更に言えば、暴力沙汰になったら治安の悪い町として軍隊を介入させる口実が出来るかもしれない。
そう思って私なりに周到な準備を整えて魔族のネガティブキャンペーンを始めたのだが、結果は空振りの空振り。魔族の悪口に反応する人たちはほとんどいなかった。
何故だっ!何故なんだっ!
「きゃっ、あの人たち恐いわ……」
「魔族の悪口なんて……君のことを知れば魔族が悪い人たちではないって分かって貰えるのにね……」
「アレッシオ君は本当はどう思ってる?私を含めて魔族って恐いって思う……?」
「ははっ、君より優しい人を俺は知らないよ。……そうだな……俺が一番恐い女性は中学生の頃の学校の先生かな?つまりは人族だ」
「もうっ!アレッシオ君はっ!」
「はははっ!」
カフェの近くに座っていた一組のカップルがそんな会話をし、また周りにハートマークが浮かび始めていた。
そうだった!この町バカなんだっ!恋という病に侵されているんだっ!
恋という熱に浮かされて全員がバカになっているんだっ!全人類総バカなんだっ!恋は人をバカにするんだっ!
突っ伏した。
どうしよう。そりゃ、恋に浮かれてる人たちに歴史とか人種とか言っても通用しないのかもしれない。作戦の見直しが必要なのだろうか。
「……もう少し町の様子を見て回るか…………」
そうして私は胃を痛めながらカップル御用達の幻想のハートマークが渦巻くカフェを後にした。
「そりゃ、旦那。恋人たちは浮かれているとか、恋人たちは金を使うのを惜しまないとか理由はありやすが、この町が栄えている一番の理由は珍しいものが安く仕入れて高く売れるからっすよ」
「珍しいもの……」
私は屋台の前で少し剥げた赤っ鼻の商売人と話をしていた。町全体の様子、調子を聞くには商人に話を聞くのが手っ取り早い。
「そうか……魔族領の交易品か……」
「その通りっす、旦那。人族と魔族は長いこと交流が無かったために、人族にとっては魔族領で取れるものは珍しいし価値が高い。逆もまた然り。
んで、この町は人族領と魔族領を行き来するための最高の中継地になっているって訳ですな」
「その物流でこの町は潤っていると…………確かに恋人を集めるための町ってだけではここまで急速な発展は出来ないはずだと考えていたが…………」
「えぇ、旦那の考えている通り、今この町は商売人にとっての穴場っすよ。人族にとっても、魔族にとってもね」
この町は急速な勢いで発展している。
あちこちで工事が行われ、次々と建物が出来てくる予定だ。
どこからその資金が出されているのかと考えていたのだが、そうか、魔族領にある交易品は確かに珍しいものだらけだろう。
バカ息子の親友の母親も魔族領の薬草によって病気を治したっていうくらいだからな。
「町長のレイク殿の事は始めバカだと思いましたよ。人族と魔族の恋を推奨しようって目標を掲げ町を作ったって聞きやしたから、あぁ、勇者殿の子供でもバカに育つんだなぁって思ったもんです」
「私も心の底からそう思うぞ」
ちなみに商人の彼は私が勇者だと気付いていないようだ。
「でも実際政治をやり始めてみると中々にやり手でしてな、まず始めたのは町中の施設を充実させることよりも、人族領と魔族領に繋がる道の舗装工事を早い段階でやり始めたんですわ。
魔族領と人族領に安全な道を。そういう意図で作られた道はわしら商売人にとっては天の道ですわ。わしらがとても恐いのは荷を運ぶ途中の危険ですからな」
「……じゃあ、レイクの指揮は当たったと?」
「当たりも当たり、大当たり!それはこの町の発達度合いを見ても分かるでしょうし、それによってたくさんの人を招致することが出来ている。結果カップルも増え、金を落とす浮ついた人たちも増えている。
いやぁ、儲けさせて貰ってますよ」
「そうか……」
私は天を仰ぎ見た。
「レイクは……あいつなりに頑張っているんだな…………」
バカなことを。魔族と結婚なんてあり得ない。
魔族と人族の共存なんてあり得ない。
バカだバカだと言ってはいたが、こうして1つ小さな結果を出している。
全くもってバカだが、夢だけを語るバカではなかったようだ。
それは親として嬉しいような、悲しいような……
「えぇ、レイク殿には感謝してますよ」
商売人のその言葉に、私は笑うしかなかった。
きっと困ったような笑みを浮かべていたんだと思う。
その日は町長である息子に会わず、町の外に出た。
* * * * *
「あら、お帰りなさい、あなた」
「あ、お帰りなさいませ、お義父様」
「―――――」
びっくりした。
唖然とした。
目を見開きながら開いた口も塞がらなかった。
帰ってきた家に魔王の娘フィーネがいた。
フィーネが我が妻と優雅に紅茶を飲みながら団欒していたのだ。
え?どういうこと?
なんで自然な感じで魔王の娘が私の家にいるの?そしてなんで紅茶を飲みながら私の妻と楽しそうに談笑してるの?なんで?なんで、魔王の娘が私の家の中で受け入れられているの?
私は町の視察とか、仕事とかで1ヶ月程家を空けていた。
その間に一体何があったのっ!?なんで魔王の娘が私の家で堂々と紅茶を飲んでいるの?!
「お前えええええぇぇぇぇぇぇっ!一体何故ここにいるうううぅぅぅっ!?」
腰の剣を抜いて魔王の娘に向ける。
「あ、いけない、勇者様にはまだ嫌われているんでした。私はここで退散します」
「あっ!待てっ!逃げるなっ!また窓から逃げるなっ!」
魔王の娘は慣れた所作で風のように窓から逃げていった。
「あなた、待って!フィーネちゃん、話してみればとてもいい子よっ!」
「そうです旦那様っ!フィーネ君はとても優秀で家事をよく手伝ってくれました!とても素晴らしい子ですよ!」
「ええいっ!妻に執事長まで取り込まれたかっ!?」
アトネ嬢の時と同じである。
私がいない1ヶ月で家の者の人心を掌握してしまう恐ろしい手際。恐ろしい……。なんて恐ろしい敵であるんだ……
「ちゃんと話してみるとフィーネちゃん、とてもいい子だったわねぇ……」
「魔族だからと言って全ての者が悪ではないのかもしれませんな」
「フィーネちゃんなら……息子のお嫁さんでもいいのかもしれないわね…………」
「取り込まれてるうううううぅぅぅぅぅぅっ!我が家が魔王の娘にめちゃくちゃ取り込まれてるうううううぅぅぅぅぅぅっ!」
外堀がめちゃくちゃ埋められてるぅっ!
魔王の娘っ!恐ろしい子っ!まず周りを懐柔することに長けた人の心を弄ぶ魔女めっ!私の身内という外堀を埋めて「まぁ、結婚もありかぁ……」と思わせる恐ろしい技術!
あぁ……胃がぎりぎりとしている…………
私はこの強大な敵とどう戦えばいいのだ……こんな戦い方は今までしたことがないんだ……
ずっと平和のために剣を振るってきたんだ……
平和のために剣を振るうしかなかったんだ…………
こんな風な戦いを求められるなんて思いもしなかったんだ…………
「あ、そうだ、あなた。フィーネちゃんから大事な手紙を預かっているわ」
「魔王の娘から……手紙……?」
妻から手紙を受け取り封を開く。
なんだ?あいつは私まで懐柔するつもりなのか?手紙如き何が書かれていようとも私は私の意志を変えるつもりは毛頭ないが。
手紙にはこう書かれていた。
『勇者へ
久しいな。私は魔王である。
今、大変なことが起こっているのはお前も知っているだろう?うちのバカ娘とそっちの息子の件についてだ。
私が1ヶ月程家を空けている間にお前の息子がうちの家の者たちの信頼を勝ち取ってしまった。うちの間では勇者の息子との結婚もありか……という風潮が流れ始めている。
無論、私は断固反対である。
しかし、魔族と人族が集まる町まで整備され始め、私1人では収拾がつかない状況ではある。
正直言って胃が痛い……
少し、面と向かって話をしないか?
お前の意見が聞きたい。
害意、敵意がある会談ではないことは明記しておく。まぁ、信頼はされていないだろうがな。
前向きな検討を期待する。
アルフィス王家国王 魔王アンダスシア・ガルフォン・ベンダ・アルフィスより』
手紙を読み、窓から高い高い青空を眺めた。
透き通るほど美しく広々とした青空を眺めても、私の心には空しさが流れ込んでいた。
魔王とは何度も殺し合った間柄だ。
危険とか不意打ちとか罠とか、悪意に満ちた様々な思惑が張り巡らされているのかもしれないが……
「行ってやるか……会談…………」
同じ胃を痛めた者同士、話し合い位はしようと思った。
次話は明日 1/6 19時に投稿予定です。