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熱に、かかる  作者: 水火
第一部
8/11

3

 翌日。ジンの話を彩乃に聞いたところ、彼女は首を傾げていた。いわく、「そんな話は聞いたことがない」とのこと。

 これはジンに騙されそうになったのか、と思ったのを、彩乃がさらに告げた「調べてみる」という言葉で霧散した。

 もっとも、「学術国家ノウレッジに聞いてみるがすぐに返信が返ってくるかも分からない。それならば、気にせず帰った方が良い」とも言われていたが。


 他ならぬ彩乃がそういうのならば、当初の予定通り帰るべきなのだろう。全面的に信用できるとは思っていないが、彩乃は美咲に対して大分気を使ってくれている。


 その証拠に今美咲は、王宮内を一人で歩けているのだ。勿論、近くにいないだけで、美咲の視界に入らない場所に誰かがいるのであろうことは予想している。

 しかし、その表面上でも一人でいるという事実が、力を抜くことが出来て非常に助かっていた。これも、彩乃の気づかいであろうことは知っている。


 観光二日目となる今は王宮を見て回っていた。案内役の申し出を断ったのは建物の中ぐらい自由に見て回りたいという美咲の我儘であった。

 王宮内でも美咲が入ってはいけない場所は王宮の住人に止められる。見られない場所があるのは当たり前だろうと、それに関しては気にしていなかった。


 その美咲を止めていた者たちこそ、陰ながら付き添っている者たちなのだが、美咲は気づけない。そんな事情まで分かるはずなどなかった。


 ゆっくりと客室周りから、整えられている部屋たちを見て回る。肩まである髪には髪飾りがつけられており、それこそが守護獣と会話をする人間の証であった。それを見てメイドたちは頭を下げていく。

 本能的に貴族が通りそうな道は避けていった。面倒臭そうと思った美咲は正しいだろう。誰かに見つかれば、挨拶から発展し身動きが出来なくなっていただろうから。


 あまり代わり映えのしない客室を見て回りながら、思い出すのは双子のことであった。

 そういえば、二人同時に会ったことはないな、と思い出す。ユアンとは昼、ジンとは夜に会ったことがあるが……。


 瞳の色は違うし、髪の長さも違う。そう思いついたところで、同一人物である疑惑が思い当たった。

 偽ろうと思えば偽れるだろう。髪は分け目を変えてウィッグをつければ良い、目はコンタクトという手がある。などと考えて漫画の読み過ぎであろうと笑った。

 そもそも、異世界にウィッグやコンタクトというものがあるかさえも分からないのに。


 そうだ、と思いついて足を進める。どうせならば、ジンに会い断りの返事をしようと思ったのだ。そもそも、この広い王宮で偶然でも会える、などと思ってはいないが。

 しかし、こんな中でも会えたならば――――――。


 ふと、きゃあきゃあという女たち特有の声が聞こえ足を止めた。声のする方へ行ってみれば、そこはミニガーデンになっている場所に出る。花やテーブル、イスの用意がしてあるのを見て茶会用かと感想を抱く。

 そこで見つけた、たくさんの女たちに囲まれた影。


「こんにちは、レディ。……やっぱり、あんたは麻木色の髪が綺麗だね。花を添えれば……ほら、美しさを際立たせるようだよ」

「ジンさま! わたくしは……?」

「そうだね……。あんたはこれ、ピンクの花が似合うよ。赤色の髪にピンクが溶け込むようになって、可愛いね」

「まぁ!」


 中心にいたのはジンであった。私は、私は? と次々に問われる女たちに言いよどむことなく言葉を落としていく。ある女には可憐、また次の女には優美、その次の女には朗らか。良くそんなにも一人ひとり別の言葉を向けることが出来るものだ、と感心した。


 反面、その光景をみた美咲は納得することが出来た。ジンの自分へ囁かれた言葉たちは、演技でもあり彼の慣れた言霊の一つ。そこに特別な感情など、存在しないのだ。

 それもジンという人物の一面ではあるのだろう。どこか分かってはいたのだが、現実に突き付けられれば冷静になれる。


 仮に自分が恋愛をするならば、その相手は自分ただ一人を見てくれる男が良い。……それは、恋愛初心者にもなれていない自分には贅沢だろうか。なんて、口の中で呟いて。


「あぁ、ミサキ」


 遠くでぼんやりと眺めていた景色の中心が近寄る。彼にしてみれば、見つけたから寄って来たというだけなのだろうが……周りの群がる女よりも特別視されているようで、眩暈がした。

 距離を取ろうと思ったのに、ジンの方から近寄ってくるのだからたまらない。


「美咲は今日も綺麗だね。明るい水天の元で見ると美しさもまた違って見える」


 囁きながら、手を取りキスをする。ここまでは全て、彼にとっての挨拶なのだ。女を褒め囁き、キスを落として目を合わしながらウィンクを一つ。

そう言った彼の仕草は絵になり、女たちは自分が囁かれた様子を思い出し、または彼に見とれて、ほぅと息を漏らした。


 振り払おうかとも思ったが、ここで女たちの反感を買うのは得策ではない。女の執念は怖いのだ。同じ女である美咲自身が知っている。些細なことであっても彼女たちは引かないだろう。


 大人しくキスを受け入れて、自分を見てくるジンを見た。日中であってもその美貌が衰えることはない。

 寧ろ、光の加減で夜とはまた違う魅力を引き出してみえた。つくづく、美形というのは得だ。他の女と同じように触れられているというのに、勘違いしてしまいそうになる。こういった人だと、知ったのに。


 ぼんやりとジンの輪郭を見ていると、遠巻きに女たちの囁きが聞こえた。しかし、全てが聞こえたわけではなく途切れ途切れの呟きで。


「異世界人」

「言い伝え」

「幸福」


 それしか聞き取ることが出来なかった。聞き耳を立てようとしたが、ジンが遮るように美咲の手を引く。


「ねぇ、あんたも一緒に話しでもしない? 皆で話すの、楽しいし」

「……、私はいいよ」


 引かれた手を軽く振り払うようにして、距離を取った。

 出来るだけ乱暴に見えないようにしたつもりだが、どうだろう。これが原因で女たちの反感を買わなければ良いな、とぼんやり思う。

 このまま去ってしまうよりは、どうにか繕って去ってしまう方が良いだろうと、言葉を探す。


 しかし、その言葉も出て来なかった。目があったジンが戸惑ったような表情をしていたから。


「失礼」


 ジンの表情につられ困惑した美咲の元へ、救いとばかりに駆け付けた声。振り返るよりも前に、美咲とジンの間に割り込んでくる。彼の兄、ユアンであった。


「皆さま、ご歓談の所申し訳ありません。使者さまはお疲れのご様子。僕が彼女を部屋へ案内したいと思います。ジンをよろしくお願いいたしますね?」


 美咲に避難の目を向けていた女たちから庇うようにして口早にそう告げる。自分でしなければいけないことを、ユアンに軽く対応されて情けなくも思うが口には出さず、大人しく従うことにした。


 促される中、ちらりとジンに目を向けるが視線は合わなかった。彼は兄に言われた通りに、女たちの相手をしようと戻っていく。女たちに告げられた言葉は、ジンに向けられた言葉でもあったのだ。

 この場に美咲が居たら、女たちが“使者”に何か嫌味を言ってしまうのではないかと。貴族とて、賢い女ばかりではないのだから。


 無言のまま、美咲が借りている客室へと戻り、扉を閉めた瞬間。ユアンが頭を下げた。


「申し訳ない……!」

「え、あ……っと……」

「ジンはその、あぁいう……何と言えば良いのか、女性に対し気安い性格をしていまして……。男性があまり得意ではないと言っていたのに、無理をさせるような真似を……」


 突然のことに目を白黒させるしかない美咲。確かに身内の事だから、と頭を下げるのも分かる問題ではある。自分は使者という特別待遇で、何より重要な役目をおっているのだ。そんな人間に少しでも悪印象を抱かれたら困るからこうしているのだろう。


 だが、だからこそやめて欲しかった。双子であるユアンに、ジンと同じ顔である男に謝られてしまうというのは奇妙で、誤作動を起こしそうになる。

 別人だと分かっているのに、本人に謝られているような錯覚を起こしてしまいそうになるのだから。


「あなたが謝る事じゃありません。気にしないで下さい」

「しかし……」

「じゃあ、許すってことにするので。こうして謝られているのも落ち着きませんし」


 同じ顔とは言え別人だ。本人でもないのに謝られるのは、可笑しい。そう言っても納得しなさそうだな、と思い告げた。

 何より謝罪されて気まずい時間が過ぎていくのが嫌だった。面倒事は、少ない方が良い。


 美咲は気付いていないが、ユアンの行動は最善であったと言えるだろう。その場に居る美咲に不満を抱きかけた女たちの注意を霧散させ、再びジンに相手させることによって機嫌を取る。そして自分は美咲を連れ出し、公ではない場所に連れ込んで個人的な謝罪をする。

 ユアンは王子として場を読み素早く対応してみせたのだ。


 それにしても、二人を目の前にした事で、先程考えていた同一人物説が完全に否定された。やはり考え過ぎだったのだ、と内心で自分を嗤う。

 そもそも偽ったところで益などないだろうに。早い段階で、この双子以外の誰かに聞けば疑問は解消されたことだろう。最初に聞く相手を間違ったか、と反省した。


「あぁ、逆に恐縮させてしまいましたね……申し訳ない。ジンにも言動については注意しておきますので」

「……それは助かります」


 ユアンの言葉に、胸をなで下ろす。しかしどこか、残念な気がしてしまったのは……もう二度とこんな機会は来ないと自分で分かっているからだろう。

 それがおべっかであったとしても、他の女と同じ扱いであったとしても。あんな風に自分を褒め尽くしてくれる男など、居る訳がない。そう美咲は思い込んでいるのだから。


 恋愛経験というものは自信にも繋がる。他人に愛された経験がない彼女には、そんな思いがはびこっているのだ。その上、必要以上に疑り深い自己防衛も拍車をかけている。

 だから美咲は一人でいることを選んでしまう。距離を取ることを、選んでしまう。


「……ぁ」


 美咲に微笑むユアンを見て、ふと思い出したのはジンが告げた魔法の話だ。彩乃には聞いたが……ユアンには聞いていない。彼は第二王子である。先程の対応から、誠意を持って答えてくれるのではないかと考えたのだ。


「あの、昨日会った時に聞いたんですけど……、時間をずらして帰るなんてことが可能なんですか?」

「時間をずらす? それは……どういった?」

「例えば、こちらで一週間過ごしたけどあちらの時間は一日という感じで……」

「どう、なんでしょう? 僕はあまり魔法に詳しくなくて……それは、誰が言ってた事でしょうか?」

「ジン、さんです」


 ユアンの前で彼を呼び捨てにするのもどうかと思い、付け加えるように敬称をつけた。昨日会った、というニュアンスで誰か分かるだろうとは思ったが……確かめるように問われたものだった為に追及しなかった。

 首を傾げながら悩んでいたユアンがジンの名前を聞いて答える。


「ジンならばあるいは……出来るんだと思います。そもそも、彼はこの国一と言って良い魔術師です。それも学術国家ノウレッジでそのノウハウを学んだものですから、僕たちが知らない魔法を知っていても可笑しくはありません。それに、全属性バランス良く使えますから……そう言った事も応用が効くんだと思います」


 憶測、ではあるがそこに感じられるのは絶対の自信。

 身内であるからなのか、ユアンは口ではそう言いながらも、言った先から自分が納得しているように見えた。


「魔術に何より精通してますし、その点で嘘はつかないと思いますよ。……ジンは女性に気安いということはありますが、それもジンの人となり故です。女性だけではなく男とも仲は良いですから、自然と人を惹きつけるんでしょうね! 魔法も人付き合いも上手いんですよ。僕なんかは魔法がさっぱりで。簡単な魔法式なら展開できるんですが……ジンはその倍以上複雑な魔法式や魔法陣を展開できるんです!」


 薄々感じ取ってはいたが、ユアンはジン贔屓なのだろう。贔屓、というよりはブラコンと言った方がしっくりくるだろうか。

 フォローはしているが、それ以上に彼の自慢出来るところを押している。どう答えようか迷う美咲に対し、気にした様子もなくジンへの褒め言葉を続けていた。「魔法が凄い」というのが中心である。


 それ以上の細かいことは言えないのだ。美咲は、自慢し続けるユアンに対しなんとも言えない顔をするだけで、気付いていなかったが。


 ただ思うのは、優秀な弟というものに対し卑屈さを感じさせないのはすごい。自然と比べてしまって、その器の差に嫌気がさす。改めてどれだけ自分が矮小な人間であるか思い知るのだ。


「あぁ、申し訳ない。長々と話してしまいましたね」

「いえ……」

「僕ばかり話してしまいました。これ以上長く居るのも失礼でしょうし、これで……」


 美咲の相槌を見て、苦笑いしながら立ちあがるユアン。顔に出てしまっていただろうかと、頬に触れた。

 自分の顔に気持ちが出やすいとはいえ、身内の自慢話にしかめっ面は良くないだろう。美咲とて劣等感はあれど、弟が何かを成した時は嬉しく思うものなのだ。表立って祝福はしないが。


「ジンさんは、凄い人なんですね」

「えぇ、僕の自慢の弟です」


 繕うように言った美咲に笑顔でそう返す。あからさま過ぎただろうか? しかし他に相槌の言葉は思い浮かばなかった。

 元々器用な人間ではないのだ。思った事を口に出す方が、気持ちが乗る。今の相槌も本心ではあったが。


「ミサキ。もし、その気があるのならジンの提案を受けて下さい。……僕もミサキが少しでも長く、こちらに居てくれたら嬉しいですから。それでは、失礼します」


 言い逃げのように閉じられた扉を見ているしかなかった。


 おべっかであることは分かっている。分かっているが……去り際に、付け加えるように言うなんて。横顔に少しだけ微笑を浮かべて、目はこちらを見ずに。

 つくづく、イケメンというものは卑怯だ。あの整った顔が、忘れられない。


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