表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
熱に、かかる  作者: 水火
第一部
6/11

2-3

 国の第二王子というユアンに連れられ、馬車へ促される。乗った馬車は少々豪華ではあるものの、派手というほどではなかった。貴族のお忍び等に使われるものなのだろう。中に入ればその豪華さを実感できるが、外観はそうでもなかった。

 あくまで、美咲基準の話ではあるが。


 馬車内にはユアンと美咲以外乗らず、他の者は別に付き添ってくるようだった。客としてもてなすためなのだろうと、美咲は誤魔化そうとするが、内心そうはいかない。昨日も見惚れた、同じ顔の美形と乗ることになってしまったからだ。それも、二人きりで。


「ここは貴族街ということもあって、大きな建物が多いんですよ。貴族の見栄、というのもありますけどね。もう少しすると繁華街になります。市民の方々が色々なお店を出しているので、賑わっていますよ。その前に、観光名所というほどではありませんが、教会に寄ろうと思いますが……」

「そうですか」

「すいません。一方的に話してしまって。あぁ、でも滞在は三日でしたっけ? そうなるとあまり隅々まで行けませんね。何か、興味のあるものなどありますか?」


 言われてもピンと来ずに首を傾げるしかない。そもそも異世界で何が有名なのかなど、知る由もないのだ。


「この国の有名……いえ、良いと思うところに連れて行ってください」


 綺麗と思われるところや有名なところを回るのも良いが、あえてそう告げる。

 王子が良いと思っているところに連れて行けなどと、聞きようによっては喧嘩を売っているとも聞こえるが。しかし、ユアンは笑って「分かりました」と告げた。


「僕が思う、この国の良いところですか。たくさんありますよ? もちろん、一番のところにお連れしますが」

「それで構いません」

「ではお連れしましょう。まぁ、元々そこには行くつもりでしたし、良かったです。えぇと……ハナダ様、とお呼びすれば?」

「……呼び捨てで結構です」

「では、ミサキと。有り難いです、僕はフルネームを覚えるのが苦手で」


 美咲、と名を呼ばれたことに顔をしかめる。王子に様づけされる、というのは居心地が悪く、呼び捨てでとは言ったが、名前を呼ばれるとは思わなかったのだ。普通、苗字を呼んだあとなら苗字を呼び捨てにするものではないのか、と隠れて悪態をつく。


その悪態も美咲の顔を見れば一目瞭然なのだが……ユアンは指摘をしなかった。狙っているのだろう。美咲の名前を憶えていたことから、苦手というのも嘘である。美咲はそれに気づかない。


「この世界に来て、何か気になることはありましたか?」

「……昨日、あなたとよく似た方に会いました」

「僕に?」


 昨日、ジンに秘密と言われたことを簡単にバラしてみせる美咲。そもそも、あれはジンが秘密だと言っただけで美咲は了承していない。それに何より、同じ顔ということは彼も……。

 驚き目を見開いていたユアンがすぐに笑顔になった。


「それは弟ですね。双子なんですよ、僕とジン。もっとも僕は魔法があまり得意ではないんですけど。その点、ジンはこの国の魔術師筆頭ですからね。自慢の弟です。ほら、僕は単色ですけど、ジンは二色ですし」

「単色、というのは……?」

「あぁ、すいません。えぇと……髪や目のことですね。大抵、五大魔素のうちのどれかに寄っているんですけど、複数使える方は混じっていたりするんです。僕の場合は金の単色ですね。なので金色とか黄色なんです。でも弟は金と火、二つも魔素を持っている。さらにそれにとらわれず五大魔素どの力も行使できるんです!」


 街並みを説明していた時の淡々とした声ではなく、高揚したテンションの上がった声で言われ、どう答えるべきかと思案する美咲。そもそも五大魔素というのも良く分からない。自分の髪や目の色が変わったのは、魔素というものを取り込んだ所為だというのは聞いたのだが。


「あ、急にすいません」

「……いえ、別に。弟さんのことが自慢なんですね」

「それはもう! 本当にすごいんですよ、ジンは。ミサキを呼び出す魔法を行使したのもジンなんです。流石に一人で、という訳ではありませんけど。それでも、中心となって行使していたのはジンですよ! それに、召喚魔法というのは難しいものだと聞いたことがありますし……」


 本当に心からの自慢であるのだと感じ取れる笑顔を見て、思わず笑う。イケメンであっても身内への贔屓は同じだと。


「私も、弟がいるので分かります。優秀だと、自慢ですよね」

「分かって頂けますか! 僕には出来ない事も難なくやってくれて、本当にすごいんですよ」


 そこには陰鬱した気持ちなど感じられない。それが、美咲には羨ましい。劣等感はないのだろうか。弟に対する見栄も、プライドも……いや、隠した上で自慢として言い放っているのかもしれない。しかし、それさえも羨ましい。美咲が真っ先に漏らしてしまうのは、嫌味であろう。弟の方が成功者、と言えるのだから。


「それにしても……やはり、ミサキはあちらで家庭を持っているのですか?」

「は?」

「え、あ、いや……! すいません、プライベートなことですよね。しかし、その、」

「いませんが」


 話が飛んだ、と思ったらそんな話題を出され眉間にしわが寄る。何故そんな風に遠慮されながら聞かれねばならないのだろうか。男に免疫がないというのはバレているだろうが、そんな問題にまで口を突っ込んでくるとは。確かにプライベートではあるだろう。あるだろうが……何を言いたいのか。


「そ、そうですか! それは良かった……」

「はぁ」

「だって、僕たちこちらの人間にもチャンスがある、ということでしょう?」


 警戒心を、上げた。遠回しではあるが、そういうことを仄めかしている。

 大げさだ、自信過剰だと言われても、不自然すぎるだろう。相手は王子だ。美咲の理解を超える行動をしても可笑しくはない。


 何より、昨日の今日である。双子とはいえ、同じ顔である……どうしてもユアンはジンを思い出させるのだ。軽薄な行動をとっているわけではない。むしろ、然るべき礼節を保ち美咲に近寄ってきている分好感は持てるかもしれない。

 しかし、ジンと同じ顔なのだ。自然と、昨日のやり取りを思い出して顔が赤らむ。


 こんな免疫がないと分かりきった女を、対して優れたところがある訳でもない女を口説く理由などないだろうに。いや、からかわれているだけならまだ良い。その中に、美咲が気付かない理由が存在するならば……。


「申し訳ありません。突然、こんなことを言われても困るでしょう? ただ、少しだけでも考えて欲しいと思っただけです。ミサキぐらいの歳の方が来るのは、珍しいことらしいので」

「……そうなんですか?」

「はい。記録を見ると十代後半の者がほとんどなのです。男女問わず、そういった年齢の方々ばかりだったようなのですが……なぜ、今回ズレたのか、というのが議題になっていまして。あぁ、だからと言ってミサキがどうこう、ということはありませんよ。ただ今後、年齢がランダムになっていくなら、世話係なども何人か用意しておいた方が良いだろうな、と。それに……」

「こちらの婚期、早いんですね?」

「そういうことになります」


 言いにくそうに目を反らしたユアンにさらりと言ってのけた。やけに年齢を強調すると思ったら、そういう理由であったのだ。

 薄々、美咲も勘づいてはいた。彩乃がその最たる例と言っても良いだろう。十八で新婚、日本感覚で言えば早い。日本であってもないとは言えないのだが、平均して結婚するのは二十代が多い。

 そのため、異世界感覚で言えば美咲は結婚しているものというのがあったのだろう。子供が出来ていても可笑しくはないのだ。


 要は嫁ぎ遅れに見えているとのこと。それはそれは……さぞ、ハニートラップがしやすいと見られていそうだ。

 結婚したくて婚活をしている友人を知ってはいるが、自分はそこまで焦ってはいない。いや、それよりもこのままでいそうだと感じていた。


 何より男が苦手で、奥手で、恋は十年ほどしていない。それは男を避けていた自分の所為でもあるが。


「しかし特定の相手がいないのなら、僕たちもミサキに話しかけられる。……まぁ、たくさんの方に話しかけられるのは迷惑でしょうから、多少配慮はしますので。どうか、相手して頂けませんか?」

「……男性は得意じゃありませんので」

「そうですか、残念です」


 拒否を示したが、はてさてどうなることやら。しかし、美咲、引いては異世界人へ迷惑をかけて守護獣へ悪印象を残したくないだろうから、無理強いはしないだろう。こうした自然的な接触は別として。


「ならば今日のエスコートだけでも、共に居させて頂きたい。着いたようですしね」


 話が終わるタイミングで馬車が停止した。恐らくタイミングを計っていたのだろう。優秀な御者だ。話を聞かれていたのだろうか。聞かれていたところで、問題になる発言などなかったと思うが。


 ただ、人目があるということは覚えておかねばならない。どんな行動を見られているか分からないのだから。


 先に降りたユアンが美咲へと手を差し伸べる。この手を取らない、というのも印象が悪いだろうと触れた。そんな些細な接触であるのに、胸の鼓動を抑えられない。

 本当に美形というのは毒だ。その気がなくとも捕らわれそうでいけない。


「ここは……繁華街ですか?」

「はい。良いところ、と言われて一番に思いつくのがこの場所でした。民たちの賑わいが特に感じられる。今は冬ですので、少し落ち着いてはいますが……それでも人通りは一番でしょうね。食事処や屋台が多いので、見て回るだけ一日潰れるでしょう」


 誤魔化すように切り出した話に、ユアンは気にした様子もなく続ける。確かに民の賑わいと言われれば納得のいく場所だった。そこら中で呼び込みの声が響き、笑顔があふれ、元気に話している。


「すごい活気ですね」

「中心街でもありますからね。お忍びで来る貴族もいたりするんですよ。ここでしか食べられないものを食べに来たり。お忍びですから、身分も関係ありません。そんな垣根さえこの活気の前では無意味だ」


 そうは言いつつも護衛として人がついてきているのだから、矛盾している。口と実際の行動は真逆なのだ。この男の身分がそうさせているのだとも思うが。

 守られる立場の人間というのも苦労が多そうだなと思ってしまう。自分は気楽な立場が良い、気ままに何をしても咎められないような。


「何か見てみたいものなどは?」

「目的がある訳ではないので、見て回りたいです」

「分かりました。では行きましょう」


 馬車から降りる際に添えた手を離さずに笑顔で言い放つユアン。降りてすぐに手を放さないことから嫌な予感はしていたが……。


「……このままで?」

「はい、エスコートですから」


 何を当たり前のことを、とさも当然のように言われ顔をしかめる。表情に出し非難しているのだが、自然と顔が赤くなってしまい抗議になっているかは甚だ疑問だ。

 やはり近くで整った顔を見るというのは心臓に悪く……それでもどうにか嫌がっていると感じてもらおうとする。

 傍から見れば赤くなりつつ表情はへそ曲げているような、ツンデレの言動にしか見えないものだったが。


「この辺は人通りが多いですからね。万が一はぐれてしまえば大変です」


 流石に抵抗の姿勢を感じ取ったのか、付け加えるように言葉を紡がれた。確かに人通りが多く逸れてしまえば合流するのは難しいだろう。そういうことならば、と表面上は納得したように見せかけているが、内心気が気ではない。


 こちらの世界に来てからというもの、こうして気軽に触れる男が多すぎるのだ。何が悪いということはない、ただ免疫がない。

 触れられている、という事実に心臓が高鳴り押さえつけるようにしても静まってはくれない。


 勘違いしてしまいそうになる。自分という存在が必要とされているのだと。そんなはずはないのに、自分のような存在が、優れたところなどない女が求められることなどあるはずがないのに。


 双子が同じ顔であるというのも拍車をかける。違う人物であると分かっているのに、同じ顔でそんな態度ばかりを取られたら、気になってしまう。

 これは、人を好きになるという行為ではなく顔を好きになるという行為だ。ただその美貌に惹かれているだけ。ドキドキしてしまっているのは、免疫のなさと顔の良さを間近で見ているから。

 事実であるそれを言い聞かせるように心の中で呟いた。


 だって、これを恋と呼んでしまうにはあまりにも幼稚すぎるから。


 ハニートラップだと思っても、どうにもならないというのは腹が立つものである。しかし、それを当たる相手などいないのだから、腹の底で煮込むしかない。


 こんなことばかりを考えていれば、楽しめる観光も楽しめないと頭を振る。会話もせずに、この体温にばかり気が向くからいけないのだ。

 何か話題を……と、思ったところでそれが目に入った。周りが食べている食事が妙にカラフルだ。

 具体的に言えば、青かったり緑だったり……自然の色、とが言い難い色彩。日本で育った美咲には抵抗があるものばかりだった。それを至極美味しそうに人々が口に運んでいる。


「あの、あれは?」

「あれ、とは……?」

「なんであんなに色が凄いんですか?」


 美咲が目撃したのは、フランクフルトに似た何かであった。

 いや、形こそはフランクフルトではあるが、色がそれとはいいがたい。緑だ。草を煮込み片っ端から詰め込んだような緑色。それも肉に混ぜ込んであるような色彩ではない。草そのものを腸に詰め込んだだけ、というような色合いであった。


「あぁ、魔素を含んでいるからですね。新鮮な証ですよ」

「でも、昨日食べたものはあんな色してなかったと思いますが」


 食事も彩乃が持ってきてくれた紅茶も、美咲が口にするのを憚れるような奇抜なものではなかった。それこそ、日本でよく見た色彩の抵抗なく食べられる色合いであったから。


「それは、そうですね。食事も覚めていたでしょう? 応急の食事は様々な観点から、あまり新鮮とは言いがたいんです。と、いうよりは魔素が抜けたものを食事として出しているというのが正しいですね。色でいろんなことが分かりますから」


 笑いながら話すユアンに、嫌な予感がしてそれ以上は深く聞かないことにした。

 実際美咲の勘は正しい。様々な観点というのは主に毒への対策であったからだ。新鮮なものほど色が濃く出る。では、良く効く毒は? ……恐ろしくて聞けるはずもない。


「それにしても、今日は見事な水天ですね。晴れて良かった」

「すいてん……これも魔素に関係が?」

「そうですよ、魔素の関係です。あぁ、そういえば異世界の天は違う色だと聞いたことがありますね。こちらの天は真白なんです。そこに水月や火月……五つの魔素、それぞれである月が作用しあって天の色を変えます。雨季が近いこともあって、今は水天が多いですね。季節が移り変わっていけば、赤緑黄茶と色を変えていきます。全て魔素の色です」


 今は見慣れた青空であるが、変わるということに衝撃を受ける。夕日などそうったグラデーションは想像できるが、緑や黄色などは想像しにくい。

 何より空……こちらでは天というらしい空の基本色が白であるというのも衝撃を受けた。


「試しに何か食べてみますか? 新鮮なものは美味しいですよ」

「良いんですか?」

「はい。何より屋台ですから」


 そこに含まれた言葉を理解してしまった美咲は絶句した。

 皆が食べているものだから……何かあれば分かる。そして、仕組まれても、分かるということだ。この辺は王子としての警戒心なのだろうが。

 民を思う姿勢を見せながら、自身の命の守りにも使う。自分というものをどういう存在か理解しているから出来る言動だ。言われた方はたまったものではないが。


「では、あれを」

「フランクフルトですね、お願いします」


 形だけフランクフルトに似ていると思っていたが、同じものらしい。日本人に守られた国であるのだから食事文化を取り入れていても可笑しくはない。特に日本人は食にうるさい。


 告げられたお付きの者が買いに行く。この点も王子らしい言動と言えた。人を使うことに慣れている。

 言ってしまえば、権力者のそれであるが……人ごみに王子が飛び込む危険性もどことなく分かってしまうために批判も出来ない。

 彼の命は一つ限り。しかも使いどころのあるもの、有限だ。


「種族などはどうなのでしょう? ミサキは人族だと思うのですが」

「人間です。……この世界には他にも種族が存在するんですか?」

「えぇ。あぁ、ほら……この国でも比較的見ることが出来るのは、獣族ですね。獣人族とも言います。体の一部が動物であったり、逆に一部が人であったり。他にも種族は存在しますが、あまり目にすることはありませんね。種族圏で国が分かれているというのもありますが……隣国が他種族を差別しますので」


 言いにくそうにされて思い出したのは彩乃だ。そういえば隣国から逃げてきたと言っていた。その点も大変だったりするんだろう。

 数日の滞在である自分には関係ないと、美咲は深入りしないことを決めた。何より聞いてしまえば気になってしまう、気になってしまえば知りたくなってしまうのだ、深く。


「お待たせいたしました」

「ありがとう。……どうぞ? ミサキ」


 お付きの者が買って来たフランクフルトを受け取り、美咲へと差し出すユアン。

 先ほどから感じていたことではあるが、彼は話の切り替えが上手く、早い。美咲が言いよどめば別の話題へと流れていくし、知りたいと思えば話進めてくれる。空気を読むのが上手いのだな、さすがは王子、などと思うが。


 美咲自身が分かりやすいだけかもしれない。何しろ、手を繋ぎしばらくたっているというのに慣れることが出来ない。


 手を繋いだままでは食べにくいと離せば、抵抗されることはなかった。

 全てがユアンの掌の上というような気がしてならない。それに嫌味さえ感じさせないのだから、イケメンは凄い、と思うことにした。彼個人に対し余分な感情を抱くのは危険すぎる。


 しかし、受け取ったは良いが改めて見てみると口に入れるのに抵抗がある。真緑なのだ。日本でみたことがある、肉にハーブ交じり、と言ったものではない。とにかく緑である。美咲の目から見れば、美味しそうには見えない。


「どうしたのですか? こちらのフランクフルトは人気で、美味しいですよ」

「……あ、はい……」


 美咲の抵抗感など知る由もないユアンは微笑んで、証明して見せるように噛り付いた。王子という身分で、こういったものを抵抗なく食すのも変わっていると思ったが、それ以上に見た目を気にせず頬張れるのが凄い。

 これが異世界との価値観の差か、と何とも言えない目を向けた。王子が食べているのに、自分が残すというのも良くないだろう。覚悟を決めて口に頬張る。


「!」


 噛みついた瞬間、広がったのはジューシーな肉汁だ。スパイスで下味をつけてあるらしく、香辛料が効いていて杭いっぱいに広がる。焼きたてなのか熱々で、やけどしそうだとも感じたが、そんなことも気にならないほど美味しい。


 これは、ビールと一緒に食べればより一層美味いだろう。このままでも十分美味いが、供になる泡立ちがあれば最高であったはずだ。酒屋のように自由にビールを頼めない環境が恨めしい。

 味わってしまえば、見た目など気にすることもなく、一口二口と食べ進めあっという間に腹の中へと納めてしまった。


「気に入って頂けたようですね」

「……はい。美味しかったです」


 ガツガツと食べ進めていたのを見られていた恥ずかしさを誤魔化しつつ答えた。きっと誤魔化しきれてないことなど美咲が一番分かっているが、これでも女なのだ。一般的な恥じらいは持っている。

 良く食べる女のイメージが悪いとは思わないが、自分の食べっぷりが綺麗かどうかを聞かれると首を傾げるものだ。


「それは良かった。王宮では食べられない味ですからね。喜んでもらえたのならば、幸いです」

「本当に、美味しかったです。見た目……あ、えっと、あちらには魔素というものが存在しないので、あんな色の食べ物というのは初めてで。昨日食べたものの方が、色に馴染みがありました」

「あぁ、そういうことでしたか。配慮が出来ず、申し訳ない。食物もそうですが……この世界には魔素が溢れています。生きとし生けるもの、皆、魔素を持って生活している。魔素は活気の証でもあります。それを肌で感じて、楽しんでもらえれば幸いです」


 生きる証。ユアンに改めて言われたことで、周りの人々や売り物を眺めてみる。この世界の住人には色が溢れている。

 基本の五色を混ぜ合わせてはいるが、それぞれ持っている色は違うのだ。同じ金髪でも、明るかったりくすんでいたり。かと思えば、瞳の色は全く違うこともある。単色である人も、混ざっている人も様々なのだ。

 そして、種族も。食べているものさえも、生きている色にあふれていた。この世界は、地球よりも色とりどりだ。


 生きている色、というのは美しい。


「それに守護獣にもその感情が伝わるでしょうしね」


 付け加えるように言われた言葉で、舞い上がっていた頭が冷えた。そうであったと、改めて思いなおす。

 自分は守護獣という存在にこの国の感想を伝えるためだけにいるのだ。美咲がこの国の良いところを感じるのは、国のためになることなのだ。守護獣は美咲の感情を読み取る。幸福感を感じれば感じるだけ、国にとってはプラスになる。


 あぁ、だからからか。ジンやユアンのような、美形で地位もある男が美咲のような何もない女を相手にすることなどあり得ないのだ。美咲の価値など、守護獣と対話するために召喚された。それ以外に他ならない。


 しかし、理由を知ったことで一息つくことも出来た。所詮、自身の利益のためであると。こんな男たちに優しくされる理由が分かっただけでも、落ち着いた。

 美咲にとっては理由のない優しさの方が怖いのだ。下心がある方が安心できる。こちらも優しくされる理由を探すのが大変だから。


 美咲はどこまでも自分という存在に自信がなかった。自身の弟との対比もあるし、何より今での恋愛経験からも繋がっていた。

 自分のような人間が好かれるはずもない。……それは、劣等感というよりは行き過ぎた卑屈である。しかしだからこそ、過剰な自己防衛で自分を保っていられるのだ。


「次はどうしましょうか? もう少し見て回りますか?」

「お任せします」


 再び手を握られて、顔は赤らむ。けれど反対に、心はどこまでも冷えていた。現実を見ろ、と。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ