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「では、ミサキ・ハナダを正式に異世界の使者と任命する! 守護獣との対話、頼んだぞ」
昨日の今日で簡単な任命式を済ませることとなった。形だけだったとしてもこの形式は重要なものである。後々問題を起こさせないために必要なことであろう。
全身を磨き上げられ、用意されたドレスに身を包み、美咲は王の言葉に了承の意を唱える。美咲が召喚される場にいたであろうカラーヘアーの者たちが、式に参加していた。
式は非常に簡単なものであったため、一時間もたたずに終了した。しかし、用意やら何やらですでに午前中は潰れている。美咲の時間は有限だ。さっそく、この世界の観光に出ようと準備をしていた。
「なるべくラフな格好が良いですよねぇ。あー、でもついてくる人がそうですし、ズボンはやめといた方が良いかも」
「彩乃さんは来ないんですか?」
「はい、すいませんけど……これでも子爵婦人なんですよ。あたしの仕事はあんまりない、というか美咲さんに付いているって言うのが主なんですけど……旦那の方は違うんで。用があって抜けるんです」
唯一気を許せる存在だともいえる彩乃の不在を知り、緊張が走る。しかし、異世界であるとはいえ年下の子になんでもかんでも頼りきりだというのも情けない、と気を取り直した。彩乃の口ぶりから、案内人がいることが分かったからだ。一人の方が気楽ではあるが、知らない土地で気ままに歩くというのは危険でもある。ここは素直に案内されよう。
「えっと……それで、案内してくれる人って?」
「もう待ってるんじゃないですかね。エスコートするのは当たり前ですし」
「えすこーと……男?」
「そうですよ」
愕然とした。ただでさえ男が得意ではないというのに、案内まで男なんて。観光なのだから、少しは気を抜きたかったのだが……そういうわけにもいかないらしい。美咲は改めて心の中で呟いた。ハニートラップに気を付けるべし、と。
「あー……もしかして、美咲さん男ダメだったりしました?」
「駄目、というか苦手で……」
「そうなんですか。でも、男を配置しないっていうのは難しいので、少し距離を取るぐらいにしてあげてくださいね。警備とかそういった面でいた方が良いんですよ。肉盾にも出来ますし」
「にくたて……」
彩乃の言い草に顔が引きつる。言いたいことは分かるのだが、もう少しマイルドな言い方はなかったのだろうか。
魔法使い以外にも騎士のような恰好をした人間も見かけていた。やはりというか……この世界には戦いがあるのだな、と思う。目の前で何かが起こったわけではないので、あくまで感想としてだが。ただ、明後日には帰る人間がそんな戦いまで見ることはないだろう。積極的に国外に出ていくというのなら話は別だが。
「この世界、魔物っていうものが存在してますし。それに、式とか分かってれば誰でも魔法使えちゃうんですよねぇ。基本さえ分かればってやつです。生活には科学の代わりに魔法が用いられてる感じで。なんでまぁ、争いごととか魔法飛び交うの基本ですよ」
「……ファンタジー、なんですね」
「あっ! 不安にさせちゃってたらすいません! でも大丈夫ですよ、早々そんなことないですし。国内で争い事とか下手したら住めなくなっちゃいますもん。一応の備えってやつですから!」
彩乃の明るい言い方が、美咲の不安を煽る。観光をするなどと、早まっただろうか?
そうは思っても、見て回ると決めたのだ。周りもそのつもりで用意をしている。今更行かないと言ったら不自然だろう。
何より、何のために昨日中に帰らなかったのか分からなくなってしまう。内心いやになっても、ここは行くしかない。
「よっし、こんな感じですね! ラフなお出かけって感じでいいんじゃないでしょーか?」
「ドレスにラフさは感じられないんですが……」
「まぁ、そこは異世界ってことで納得して貰えると……。ミニスカートとかないんですよね、こっち。足見せるのははしたないとか言って。ズボンを着るのも馬に乗る時とか、魔物と戦う時とか?」
「戦うんですか?」
「あ、あたしはそういう風に生計立ててた人間ですから! 美咲さんはないですよ。戦いを強要されたりしないですって。うーん、だったらやっぱり馬乗る時ぐらいですね。普段はこんな感じなんで、異世界文化を体験していると思って!」
誤魔化すように取り繕われたが、別段美咲は気にしないことにした。彩乃の苦労話を触りだけ聞いただけでも、嫌な予感がしたのだ。最悪な勇者召喚。これの意味するところは暗い背景しか想像できない。
コンコン、と芽生えた暗い気持ちを遮るようにノックの音が響き渡る。それに彩乃が答え、扉が開かれた。
「失礼します、異世界の使者さま。今日、案内役をさせて頂きます、ユアンです」
現れたのはどこかで見たことのある琥珀色を持った男であった。月の下で見るのとは違い、室内の明かりでみるとその深みのある色が分かりやすく見ることが出来た。格好こそ昨夜見た魔法使いのものではなく、騎士を思わせるような白を基調としたものではあったが。出会った場所と格好だけでここまで印象が変わるものか、と感心する。
その男がにこりと笑い、美咲に向き直る……とその瞼が開かれた。しかし瞳は印象強く残った深紅ではなくどこまでも好きとおる黄色。昨夜がルビーだというのなら、これはイエロー・スピネルと言ったところか。改めてみてみれば、長く三つ編みにされていた髪も存在しなかった。
「第二王子……」
「え?」
彩乃が呟いた言葉は無視の出来ない言葉だった。思わず聞き返した美咲に、ユアンが苦笑する。
「使者さまを緊張させぬよう、名乗らなかったのですが……」
「も、もうしわけありません!」
「まぁ、知られてしまったものは仕方ありません。では改めまして。ユアン・グルナディエと申します。使者さまよりも年下、ということになりますので、気にせずお言葉をかけて頂ければ幸いです」
また年下か。こちらの世界に来てからというもの、自分に近づく人間はことごとく年下ばかりだ。しかも嫌味なのか気になることがあるのかは分からないが、歳のことを強調して自己紹介をしてくる。
美咲とて二十四だ。年齢が気になり始める歳ではあるが、まだそこまで気にはしていない。寧ろこうして主張されると気にしろとでも言われている気になるだけで。
「こうしていても時間を消費するだけですし、早く市井に行きましょうか」
「……そうですね」
促されたために頷き、ユアンについて行こうとしたところで彩乃が美咲に囁いた。
「何か、気になることがあったら言ってください」
一瞬足を止めそうになるが、どうにか歩き出す。彩乃の忠告は何を意味しているのか。それに引っかからないほど、美咲は能天気ではなかった。