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熱に、かかる  作者: 水火
第一部
4/11

2

 数日の滞在を決めた美咲は個室に案内された。呼ばれた時間が夕方であったため、軽い食事を出された後一人の時間を満喫する。


 正直なところ、他の人間と一緒であるというのは必要以上に気を遣うのだ。一人が気楽で、単独行動を好むのが美咲であった。とはいえ、自由に歩き回ることは出来ないだろうと部屋で大人しくしているのだが。


 一人になったことで、改めて自分の現状を確認する。これは夢ではないと。食事や風呂など、案内されるままに口に含んだり、入ったりしたが可笑しなことは特になかった。自分が着ていた洋服も洗濯をすると言われたが……拒否すればそのまま返してもらえた。あとでこれは自分で洗っておくことにしようと思ったが。

 ここまでは特に不審なことは起こらなかった。もっとも自分が気付いていないという線もあるのだが。


 ここまで考えたところで、自嘲ぎみに笑う。どこまで疑えば安心できるのであろうかと。しかし、それに際限などないことを美咲は知っていた。

 どうしても、疑ってしまうのだ。親しさなど、関係はない。絶対的に信じられると自分の中で思えるのは両親だけ。血を分けた弟でさえ、疑う要因があるのならどこまでも疑ってしまう。


 これは美咲の悪い癖であった。しかし、それが他人から自分を守る術でもあった。


 美咲は嘘が苦手であったのだ。人生で何か特出した出来事があったわけではない。けれど、どうしても嘘というものが駄目で、何かあれば他人を疑うというのが常だった。直そうと思っても二十四年たってしまって凝り固まった思考は、それを受け入れない。


 自己嫌悪で暗い思考にどこまでも沈みそうになった美咲はバルコニーの扉を開けた。外の空気がひやりと冷たく気持ちが良い。

 そんな中ぼんやりと空を見上げる。


「……月が、青い」


 いつも知る夜空に浮かんでいる月が青かった。トルコマリンに近いだろか。水色の月がぼんやりと光り、あたりを優しく照らしている。その月に手をかざせば、自身の肌も月の色と同じように青白く見えた。日本の黄色や白、赤と変化する月を見ていると、やはり違うのだなと感じる。


 心なしか、星々もただ光っているのではなく色とりどりの色で存在をそれぞれに主張している気がするのだ。この異世界は不思議な色にあふれている。


「あんたの髪はその青い月に溶けていきそうだな」


 聞こえた声に驚き、振り向けば見たことのない男がそこに立っていた。美咲よりも若いであろう男は、なんでもないように笑って美咲の髪を掬い取り口づける。何をされたのか理解できず、一瞬呆けた美咲が現実を見て男を振り払うまでには数秒を要したが。


「……、ここは私が貸してもらった部屋ですが?」

「知ってるけど? 異世界人の女の子でしょ。守護獣と話すために呼ばれた人。っていうか、俺が呼んだんだよ? あの場所にいたじゃん」


 そうは言われても、美咲の記憶に男の姿はない。いや、正確には色々なものの衝撃が強すぎて目に入っていなかったというのが正しいのだが。


 気が付けば知らない場所で、カラフルな頭ばかりの者たちに囲まれていたのだ。話しかけてきた人間以外を気に留めろというのも難しいだろう。


 しかし、覚えているだろうと思って話しかけてくる、ぐらいには男の容姿は整っていた。青い月に照らされて、髪の正確な色は分からないが恐らく金配色。しかしそれ以上に印象的なのは彼の瞳であった。紅玉をはめ込んだように輝く深紅の目。

 目があえば忘れられないなと思うぐらい、その目には魅せられる。


「あっれぇ? その様子だと俺のこと見てなかった感じかなぁ? だとしたらちょっとショック。俺はあんたに魅せられたのに。ほんと、きれいだよね」


 口ではそんなことを言いながら、何事もないように笑って髪に触れる。距離を取ったはずなのにいつの間に近づかれたのだろうと、再び後ずさり距離を取った。


 いきなり現れ、自分を口説くなど怪しすぎると警戒を上げる。ここはバルコニーだ、いざとなったら大声をあげてしまおうと身構えた。


「そんなに警戒しなくってもいーんじゃない? 俺、あんたと話したいだけだよ?」

「名乗らない人に話をしたいと言われても……」

「あ! それもそーか、ごめんね! 俺はジンってゆーの。よろしく、ミサキ」


 にこにこと悪気のない笑顔で美咲を見、名乗るジンという男。そして、そのまま美咲の手をとり手の甲へとキスをする。警戒はしているのだが、ジンの行動に不自然さはなく流れるような仕草であったために、抵抗が出来なかった。

 唇の甘い感覚を感じたあとに再び振り払い距離を取る。美咲の顔は青い月の下でも分かるほどに赤かった。


「な、にを」

「何って挨拶? 女の子に挨拶するのは礼儀でしょ?」


 狼狽えながらも言葉を紡ごうとする美咲に対し、さも平然と言い切るジンに絶句する。

 なんとも言えない怒りを抱き睨み付けるが、文句を言おうにも言葉が出てこず。とりあえず遺憾の意を示そうと唇が触れた右手の甲を服でごしごしとぬぐった。


「あっ、ひっどいなぁ。俺の唇汚くないよ?」

「そういう問題じゃないです。こちらでの挨拶は知りませんが、私にこう言ったことをするのはやめてください」

「えー? なんでぇ?」

「……私は、こういった男性との触れ合いはあまり……」

「挨拶だよ? 挨拶。だめなの?」


 純粋な疑問であるかのように首を傾げられて、なんといえば良いか分からなくなる。

 日本ではそんな文化はないと言ったところでここは異世界だ。異世界の挨拶としてこれが当たり前だというのなら、否定するのも可笑しい。


 そう思い自身がそういったものを好まない……いや、慣れていないからやめてほしいと遠回しに白状したというのに。


「赤くなってる。可愛い」

「っ、だから、やめてって、」

「だって、綺麗だから触りたくなっちゃうんだもん」


 顔の赤さがバレていないとは思っていなかったが、そうストレートに指摘されるとは思わず顔をそむける。しかし、ジンを見ないようにしたからと言って、ジンが行動しないかいなかはまた別なのだ。何をされるか分からない。

 だから、顔はそっぽを向いても、目線は男を追った。視線が合うと嬉しそうに微笑まれたが。


「ミサキの髪は、あの水月と同じようで違う魔素を纏ってるね」

「すいげつ?」

「あ、そっちの方が気になる? 異世界の人だからなのかな? こっちの月はいろんな色があるよ。そもそも、天の色もその月に影響されてるんだ。今は水の魔素が強いから、水月だけが光ってるけど……他の魔素が強い時は、他の月も光るからね。今日の夜は大分暗いかな」

「そう、なんですか。他の月って……何種類あるんですか?」

「もっと気安くしてよ? 俺、ミサキと仲良くなりたいんだ! それに、俺の方が年下だし」


 話が逸れ始めたことに安心しつつ問うたというのに、あっという間に先の話題へと戻される。完全にジンのペースに乗せられていた。


 驚きや突然現れた男への戸惑いで翻弄されていた感情に落ち着きが出、怒りが沸く。そもそも、客室であるここに無断で入ってきた男と仲良くしようと思える訳がない。あるべき礼節を備えていない男など、構う必要はないのだ。


「迷惑です。お帰りください」

「えー? 話しようよ。夜はまだ長いよ?」

「あなたと過ごそうとは思いません」

「えぇ、そんなぁ。ちょっとくらい良いじゃん。ね? ミサキ」

「気安く呼ばないでください」

「いーやーだよ。ミサキもジンって呼んで良いんだよ? むしろ呼んで」

「結構です。すぐに帰りますし」

「そんなこと言わないでさぁ……ねぇねぇ、ミサキぃ」

「しつこい!!」


 あまりにもしつこいジンに対し、思わず言葉が崩れた。しまった、と美咲が思った矢先、ジンは嬉しそうにそれでいて悪戯が成功したかのように、にんまりと笑う。


「やっと、普通に話してくれた。そうやってさ、これからも話しかけてよ。あんたに距離取られると悲しくなるもん」

「……、お断りします」

「冷たいなぁ。……それとも、俺の気を引こうとしてくれてるのかな? だったら、そんなこと気にしなくて良いのに。俺はとっくにミサキに惹かれてる」


 二人の間にあった距離をジンは詰めていく。美咲はその距離を詰めさせぬよう、後ずさりしたが……簡単に、腕を取られてしまった。

 振り払おうとしたが、端正な顔立ちが目の前にあって固まる。こんなに近い距離に異性がいるなんてことは、美咲の人生で初めてだったのだ。


 その気がなくとも、緊張と驚きで心臓が高鳴る。何よりジンの容姿がそれに拍車をかけていた。整いすぎた顔立ちは、粗暴な扱いが出来ない抑止力がある。つまり、イケメンは何をしても絵になるということだ。


「ミサキ、俺を呼んでよ。名前、ミサキに呼んでほしい」

「……、……呼んだら、離してくれるんですか」

「美咲が普通に接してくれるなら」


 さりげなく注文が増えたことに気付きつつも、それを指摘できるほどの気力はなかった。ジンに触れられていることで、体中の血が沸騰している。自然と、顔に熱が集まっている。このままでは、この熱に支配されてしまう。それだけは避けたかった。


「ジン、離して……」

「はぁい、ミサキ」


 小さく呟いた声に従ってぱっと手を放すジン。仕組まれたとは思っても、美咲にはどうにも出来なかった。男性に対し免疫のないこの身が恨めしい。


 しかし反面、ドキドキと波打つ心臓は落ち着かないままだ。この方法で迫られ続けたら、頼み事さえ簡単に聞いてしまいそうで……最悪な可能性を考えてしまった。どうにか対策するべきだと、理性が告げている。


「赤くなって、可愛いね。赤月みたいだ」

「……あかつき」

「うん。あ、そうそう。さっきの話の答えは五つだよ、月の数。……あ、ちょっと長居しすぎたかな?」


 ぽつりつぶやいた後、美咲を見ながら左手をかざす。その手のひらに文字のようなものが現れ始め、それが円形を作り広がっていく。


「なに……?」

「魔法だよ。あんたは魔法初めて見るのかな? ……じゃあまた今度、俺が見せてあげるよ」


 こぶし大ほどであった魔法陣が広がり、ジンの身体を包むほどの大きさになる。

 夜空の下、魔法で出来た円形がきらきらと光り、ジンを照らし出す。そこでようやくジン本来の髪色に気付いた。琥珀だ。蜂蜜色よりも濁り、年月の長さを詰め込んだそんな色。

 展開する光にジンの髪が揺らめき流れる。そうして揺れたことで、長い髪を三つ編みにしているのだと気付いた。


「俺と会ったの、内緒だよ?」


 美咲の髪にキスを落としながらそう告げた後、ジンの姿は瞬く間に消えた。そして、彼を包んでいた光も。バルコニーに静寂が戻る。


 また抵抗できなかった……そう凹みつつ、また顔が赤くなっているのだろうと手で仰ぐ。興味を持った五つの月という話題にも心奪われなかった。あの美貌だ、美貌が悪い。イケメンというのは本当に心臓に悪い。テレビという画面の中で微笑むのを見る、という距離感が一番良いのだ。つまり、眺める程度が一番良い。


 だというのに、あのジンという男はこちらの事など気にもせずにズカズカと入り込んでくる。整った顔を存分に使って。そして服に隠れてはいたが、体もアンバランスというわけではないのだ。そしてあのキザな物言いも映える。


 これだからイケメンは、と悪態をつきつつ部屋に戻ったところで、ノックの音が響いた。返事を返したところで扉が開く。訪問者は彩乃であった。


「美咲さん、休めます?」

「あ、はい。大丈夫です」

「顔赤いじゃん! 慣れないことで疲れが出たのかも。早く休んだ方が良いよ! あ、ここにハーブティーもってきたから。良かったら飲んでくださいね!」


 美咲の顔を見て勘違いした彩乃がそうまくしたてる。気を使って持ってきたらしいハーブティーを置き、そそくさと出て行ってしまった。実際、この顔の赤さの原因は疲れではないのだが。


 ジンが去っていったのは彩乃が来ることに気付いたからか。ため息をつきながら、持ってきてもらったハーブティーを口にした。体の中へスッと入っていく感覚に、心も落ち着くような気がした。


「気を付けるべきはハニートラップ……」


 ぽつりと、今後絶対に危ないと思ったことを口にした。自分の弱点は分かっている、そして今日のことで相手にも知られてしまった。イケメンに弱いのは女の性かもしれないが、警戒を怠るべきではないと気合を入れる。

 これも人並みに男への免疫があれば違ったのだろうかと、またため息をつく。


 しかし、滞在はそう長くはない。そう気負うべきではないと自分に言い聞かせた。


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