表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
熱に、かかる  作者: 水火
第一部
3/11

1-2

 そのままグダグダとした不毛なやり取りを続けるよりは、と美咲は別室に案内された。案内してきたのは、先ほどこの国の王から紹介された地球出身という彩乃・アプリコットである。そして、彼女に促されるままに椅子へと座った。彩乃はそれを確認した後、周りのメイドたちを下がらせ、美咲へと向き直る。


「お疲れ様です。ぶっちゃけ、召喚とかないわーってなりますよねぇ?」

「え、あ、うん……えっと?」

「あ、彩乃でいいですよ。たぶん、あたしより年上だと思うんですけど……あー、えっと……名前って聞いて大丈夫です?」

「えっと……名前知られたら、とかは?」

「あっはっは! いやいや、この世界じゃそれ難しいですよ。よっぽど頭良い人じゃないと! この世界の魔法って数式とか化学式に近いですし」

「そう、なんだ?」


 先ほどの畏まった様子とは一転、敬語のようなものを使いながら気安く話しかけてくる彩乃に、戸惑う。しかし、日本人の女というのならば、こちらの方がしっくりくるというのは失礼だろうか。


 現代日本で先ほどの場のような粛々としたものを行っているものなど少ないであろう。それに彩乃本人の言う通り、彼女は歳が若いと美咲は感じた。何より、年代特有のテンションが違う。


「じゃあ、えっと……花田美咲、二十四歳です」

「やっぱり! あたしは十八なんです。あ、美咲さんって呼んでいいですか? あたしも彩乃で良いんで! というか、アプリコットって呼ばれるのまだ慣れてないんですよねぇ」

「あの……聞いていいか、分からないんですけど……その、苗字……」

「あぁ、全然大丈夫ですよ! あたし、こっちの世界で結婚したんです。旧姓は矢崎ですね、矢崎綾乃。あ、政治的なもんはなーんにもないですよ、恋愛結婚なんで超幸せです!」


 結婚、という言葉を聞いた美咲が顔を強張らせるのを見て、明るく付け加える彩乃。笑顔でそう言い切る彩乃を見て、軽く笑って返した。美咲の心配は杞憂であったようだ。……もっとも、催眠などの可能性は捨てきれないのだが。


 自身に異世界的な影響が起こったとしても、しっかりと納得できるまでは疑い続ける。寧ろ、小さな事柄からも否定を探し続け、相手を疑い続ける人間。それが花田美咲であった。それも、過剰な自己防衛というだけであるのだが。


 何しろここには自分が全面の信頼を置いて良いと思えるものは、存在しないのだ。


「で、色々聞きたいことあると思うんですけど。ざっくりあげていきますね。それから細かい気になること突っ込んでください」


 そういって、彩乃は美咲が気になっているであろうことを簡潔に述べる。


 まずは、髪と目の色。美咲が考えていたように、この異世界は魔法というものが存在する。それを発動させるのに必要になるのが魔力である。


 しかし、何もないところから魔力は生み出せず、魔力にはもとになる元、魔素が存在するというのだ。その魔素は空気中にも漂っているし、この世界の生きとし生けるものは全てその魔素を取り込んで生活している。


 別の世界から召喚される際、魔素を取り込むように変換してから異世界に降り立つとのこと。そして、自身の適正魔法の色、体内に取り込んだ相性の良い属性の色が髪や目に出るとのことだった。


「それって私にも魔法が使えるってことですか?」

「簡単なのならいけると思いますよ。あーでも、最低限基礎は勉強しないと危険ですから、そこらへん習ってからですけど」


 どうやら今すぐ、というのは無謀な道だったらしい。ファンタジー世界に来てみたら一回はやってみたい、魔法という不思議な技術。それを実行するにも、簡単な道はないようだ。さらに属性という話も出ていたし、その辺も勉強しなくてはならないのだろう。


 次に美咲の役目と、帰りについて。


 この国には守護獣と呼ばれるものがおり、その獣に対しこの国に来た感想を言うだけ、というのが役目らしい。守護獣は美咲の感情を読み取ることが出来、それが心から告げているものかどうかも分かる。よって催眠等も見破れるということだ。


 また、この国に対する感情をすらりと言えるのならばそれこそ一日で帰ってし

まっても構わないとのことだった。


 そして、この役目が終わった後、美咲はすぐにでも帰れるらしい。逆に言えば役目を遂行しなければ、帰ることが出来ないのだが。


 やはり、何かを強要されるのは考えた通りだったと内心不満を持つ。流される、というのはあまり好きではないのだ。しかし考えていたよりも、その内容が軽いことに安心したのも事実であるが。


「彩乃さんも、その経緯でここに?」

「あぁいや……あたしの場合はちょっと面倒な事情があって。あ、別に言いづらいとかじゃないですよ。寧ろあの国の暴虐をできる限り知ってほしいですし。ただ長くなるってだけなんで。あ、でもざっくり言っちゃった方が良いですね。あれです、アレ。テンプレ異世界勇者召喚。それのめっちゃ最悪な感じのイメージで。あたし、逃げてきたんですよ。あの国からここ、グルナディエに。保護してもらって、検査とかしてもらって。学術国家ノウレッジにも協力してもらって。……まぁ、あの国とか周辺諸国の馬鹿どもの所為で、この世界結構日本人来てますよ? ノウレッジのおかげで帰ることも出来てますし」


 たいしたことはないと言いながら告げられた内容に呆然とする。結構来ている、とはどういうことだろうか。もしや美咲が知らぬだけで、旅行感覚で異世界に来られたりすることがあるのだろうか。


 いや、それはないだろう。馬鹿どもの所為、ということは拉致というのが正しいのか。半面、召喚された国がここであったというのは幸福なのだろう。そう思いつつもあそこよりはマシだ、という比較を聞かされているようにも思える。


 美咲の疑いの目は、晴れることがない。


「グルナディエ……あ、この国グルナディエっていうんですけど。グルナディエが召喚を行うのは、あの守護獣に国を守られてるからなんです。というのも、ここその馬鹿どもの国が近いんですよねぇ。昔は出来るだけ中立というか、事なかれ主義でどうにかしてたらしいんですけど、それにも限界が来て。戦争になりそうになったところを、同じ被害者である異世界人……まぁ、日本人ですね。それに助けられたとか。その時、産み出されたのが守護獣らしいです。で、十年に一回ぐらい、この国が良いものであるかどうかを見るために情勢とかも知らない部外者である日本人を呼んで、見てもらってるとか。これが長い間続いてるらしいですよ」


 頭の中で言われた内容を反復する。どことなく言いたいことは分かる。恩義を感じるのも無理のないことだ。しかし、それで、守護獣の審査を日本人に任せるのはおかしいのではないだろうか。


 帰れる、という点は良いのかもしれないが了承を得ないままこうして連れて来られるというのは、拉致以外のなにものでもない。せめて事前了承を得れるような仕組みを作っておくべきだろう、と思っても口には出さない。


「ま、拉致ってことには変わらないんで、「最悪っ、すぐ帰る!」って言うんならそれもありですよ。そこらへん込みで呼んでるらしいんで。急に居なくなったりしたら、心配もされるわけですしね。家族居る人とかは。ただ、日本から異世界に来るって結構難しいらしいですし、ちょっとした旅行って感じで楽しむのはアリだと思ます。そこらへん美咲さんに任せますよ」


 疑いの目ばかりが支配していた思考に先立ってそんなことを言われてしまう。しかし、あっけらかんと言われてしまえば張りつめていた疑いも流れていった。


 そして何より、好奇心が刺激されてしまったのだ。


 大学を卒業し、あることもなくフリーターとして代わり映えのない日々を送っていた。そこで、こんな普通ではありえない出来事。何か自分が特別にでもなったようで、面白く感じてしまうというのは仕方のないことなのかもしれない。


 幸い、一日二日程度ならばバイトも問題はない。今だ疑心暗鬼が渦巻く中ではあるが、少しだけ観光気分でなら異世界を見て回っても良いのではないだろうかと。


「……絶対に帰れるんですか?」

「それは保証しますよ。あ、もしなんかの策略で帰れなくなったとか行われたら、ノウレッジに行きましょ? あたしも旦那置いて付いていきますよ。嘘付かれたっていうなら今後信用できないですしね」


 確かめるように問う美咲に明るく告げる彩乃。自分の世界を捨ててまで一緒になった人がいるのに、美咲が安心するようにと付け加えられた言葉に、揺らいだ。


 彩乃は少しだけ信用できるかもしれない。


 この世界の中で一つ、信じられそうなものを見つけた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ