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彼らの話はそれから、国のことへと流れて行った。自分の話はこれで終わりか、と思い引き返す。変に早足にならないように、速度に気を付けながら与えられた客室へとなだれ込んだ。
気を付けたつもりだが、どうだっただろうか。ただ一人になるべきだと部屋まで真っ直ぐに来たから、自信はなかった。
あぁそうか、と納得した自分がいた。
ある日いきなり現れた、力も地位も特別な何かもない女。容姿も優れているわけでもなく、誰もが目を引く美しさなど持ち合わせてはいない。
多少良いとするのならば、瞳の色が濃いことであろうか。
目や髪の色はどれほど濃い魔素を持っているかという証らしい。要は力の証だ。それを所持しているのは多少のプラスとなりうるだろうが……貴族など、色の濃い者たちが当たり前にいる世界である。
双子からすれば珍しさなど何もないだろう。
周り全てを疑っていたはずなのに、あの計算されたギャップに惹かれた自分がいた。大勢の中の一人、それも分かっていた。
それなのに惹かれてしまうのは、男慣れしていないのもあるだろうし、あの美しい造形にも見惚れてしまったことがあるのだろう。こればかりは経験であるから……美咲にあらがう術などなかったのだ。
考えても見てほしい、テレビなどで出てくるレベルの男が自身を見て愛を囁くのだ。当たり前のように、本当に好きだとでもいうように微笑みながら。
あぁ、慣れていない女ならば簡単に落ちていただろう。
寧ろ今までどうにかかわしていたのは、美咲の疑い深さがあったからこそなのだ。しかし、今日、あの会話を聞いたことで疑いは消し去ってしまった。
最初から全て演技であったのだから。
出会いも計算されたもので、双子同士で情報交換をし、美咲という人間を謀っていたのだろう。
どうすれば思い通りに事が進むか、どうすれば美咲がこの世界に留まろうとするか、と。
恐らく問い詰めたところで開き直るのだろうな、ということは予想できた。彼らは王子であるのだ。国のために尽くす行動は褒められど、批判されることはない。上層部には。
市民を味方につけたのならば、その声をひっくり返してしまうことも可能かもしれない。それか守護獣にひどい国だと伝えれば多少の被害は受けるかもしれない。
でも、しかし、それでは……この気持ちを、どうすれば良いのだろう?
恋に落ちるのもすぐだ? 彼らは何を言っているのだろう。もう、美咲はすでに――――――。
「ぁ、あぁぁあぁ……ッ」
恋を、してしまっていたのだ。
自分に向けられる紅玉色の瞳が好きだ。その瞳が美咲を映し、整った唇から当たり前のように甘い言葉を囁く。
どこであったとしても必ず手を取り、その唇が自分の手の甲に触れて熱さを伝えてきた。
隠していたつもりでも、そうして触れられるたび、体温が伝わるわけでもない自身から沸いた熱が全身を駆け巡るのを知っていた。
少し目を伏せられて寂しそうに、悲しそうにされるだけで可愛く思えて、溶けるような琥珀色の髪を撫でていた。
そうするだけで子供のように嬉しそうに笑うからたまらなく思えて、さらに自分が特別ではないのかと錯覚した。
そのたび、そんなことがあるわけがないと、叱咤していたのに。
あぁ、それは事実であった。
どれほど安心したことだろう、どれほど悲嘆したことだろう!
分かっていた、知っていた。それでも恋ではないとどうにか誤魔化して、惹かれてしまうのは彼の美しい顔が悪いのだ、とそんな風に取り繕っていたというのに。
気が付いてしまえば自覚する、曖昧にしてどうにか乗り切ろうとしていた自分を。どこかその行動に期待していたのかもしれない。
本当ではないのかと、そんな願いを持っていたから、夢見てしまったから。
あぁ、でもだからこそ。彼の、ジンの行動が全て嘘であると分かったからこそ。この胸に抱いた熱は、騙されていたと知ったから、燃やすことが出来る。燃やし続けることが出来る。
これほどの熱をもったのはどれほどだろうか。恋、というもの自体久しぶりであった。
身体が燃えている。どうしようもなく。心が悲鳴を上げているのに、それが嬉しいのか悲しいのかさえ分からない。
自分がどうしたいのかさえ分からない。感情の境目が曖昧になる。
「わ、たしは、かえる……っ」
揺らぐことのない決定事項とともに、涙が流れる。悲しいのか苦しいのか、嬉しいのか恋しいのか。感情が混ざり笑顔が漏れる。
そうだ、帰る。自分は家へと、自分の世界へと帰るのだと。なればこそ。
この恋を期限付きで楽しんでしまえば良いと思うのだ!
どうせ騙されていたのだ、あちらに美咲への感情などないのだろう。今まではどうしようもなく揺れていた。
帰りたい気持ちと、ジンという人間を見守りたい気持ちと。恋愛として叶える気など、更々なかった。形だけでも叶ってしまったのなら、自分が揺れることなど分かっていたから。
けれど、相手にその気持ちがないのなら。自分にしか、この熱が存在しないというのならば話は別だ。今までの人生の中で、これほど愛を囁かれたことなどなかった。
むしろ、自分にこんなに触れてきた異性など存在しなかった。だから、この幻想とも思える夢を、楽しんでしまって良いのだと。騙されていたのならば、それで構わないのだと、安心できた。
絶対に叶わない自分の思いに蓋をして。
矛盾していることなど分かっていた。けれど、隠していた思いを隠さなくて良い、というのはとても、ラクだった。もう抗わなくてもいいのだ、この熱情に。
この日、美咲の心を留めていたものがパキリ、と壊れた。