7.舞台の上から見える景色、中心から見える将来
「みんなありがとぉーーーー!」
スピーカーからステージのフィナーレを告げる女性の声に劇場内に集まっていた千人以上の観客が激しく反応する。
「うぉぉぉぉぉっ!優佳ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「優佳ぁぁぁっ!」
最後まで残っていた女性が舞台から下がると、会場内の電燈が灯って演目の終了を告げる音楽とアナウンスが流れ始めた。
此処は東京の中心街区にあるアイドルグループ専用劇場。
この劇場はそれまで或る劇団が使っていた劇場を戦後になって大規模動員が可能になったアイドルを抱える幾つかの芸能事務所が合意して買い取り、アイドル専用の劇場として生まれ変わらせた物だ。
今やこの会場でコンサートを行うのがアイドルの一つの目標とされるほど、業界では注目を集める会場になっている。
今日ステージでコンサートを行っていたのは、JPNグループで最大勢力を誇るTKO48だ。
ここ東京を本拠地として活動している彼女達にとって、この劇場でのコンサートは毎月の定例行事であるが今日の観客の反応は今迄とはまるで違っていた。
3月になって行われたJPN24選抜選挙でTKO48のセンターとして活躍してきた一人の女性がこのJPNグループからの卒業を発表し、その発表から初めての大掛かりなコンサートだったからだ。
その女性の名前は「大原優佳」。
彼女はTKO48の中心人物としてJPNグループを頂点に押し上げた立役者であり、グループの顔であった。
その彼女がこのグループを去るという事はJPNグループの変革を告げる一大事件で、彼女が設定した卒業までの間に『誰が大原に変わってトップに座るのか』が業界やマスコミだけでなくファンの間でも論議のネタになっている。
そして幕が降りて1時間程が経ち、劇場の楽屋ではコンサートを終えたTKOのメンバーが帰り支度を始めている。
「お疲れー、また明日ー」
「明日は全オフだよぉ、みったん」
荷物を持って席を立った三島佳織にメンバーから突っ込みが入る。
コンサートの翌日はグループ全体がオフになるのがJPNグループの決まりであるが、一部の人間には当て嵌まらない事もある。
「あたしゃぁ、明日ラジオの生があるのだ。だ・か・ら『明日』でいいのさぁ」
TKOのメンバー達はそれぞれレギュラーを抱えていて忙しく動き回っている。
三島も人気メンバーの一人として過密なスケジュールをこなしていた。
「三島、明日ちゃんと聞いてるからねー。カミカミは厳禁だよー!」
「優佳さん、それは無理ー。カミカミがあたしの放送の味だからねー、まぁちゃんと喋れる様に頑張るー。それじゃ、上がりマース」
流石にコンサート直後は疲れてる様で普段しない語尾を延ばす喋り方で挨拶をする三島に、楽屋にいる全員が『お疲れ様でしたー』と合唱して送り出す。
「高科ー、この後ご飯行かない?」
優佳が隣にいる小柄な女性にに小さな声で誘いをかける。
高科皆実、TKOの本来のリーダーでありTKO各チームの舞台をまとめる監督の役も担っている有能なメンバーだ。
「いいですよー優佳さん。じゃ、どこに行きます?」
「高科にお任せ、美味しいお店は私より知ってるし。」
「はいはい、任されましたよぉ……んじゃ、店決めたらメールします。」
時たまこうやって高科と優佳は連れ立って食事に行く事が有る為、後輩である高科がセッティングするのが最近の傾向になっていた。
「よっろしくー、じゃ、先に上がるね。」
皆実にそう声を掛けると、優佳は荷物を持って席を立つ。
「それじゃみんな、また明後日ね。お先ー」
楽屋の扉の前でニッコリと笑いながら手を振る優佳に、再び楽屋全体から合唱の挨拶が聞こえていた。
「優佳さん、お疲れ様でした。」
「高科、悪かったねー。それじゃ、お疲れ様。」
高科と優佳は個室の居酒屋に入り、コンサートのプチ打ち上げの様に酒盃を交わす。
「何か、今日のみんな気合乗りすぎじゃなかった?」
「そりゃ、優佳さんの卒業発表から初のライブですから。ファンのみんなもかなり気合乗ってましたし、普段通りだったのは優佳さんだけデス。」
笑いながら今日のコンサートの感想を話す二人。
一応、マスコミやらファンやらを巻いて、この店にも裏口から入る徹底ぶりだ。
皆実は「二人で食事」と言うのが『聞かれたくない話がある』と言う優佳からの隠語である事を察している、だからこそここまでするのだ。
「ところで高科、来月の月末なんだけど」
「おかしいですよね、年内の週末でそこだけが全オフなんですよ…何ででしょう?」
優佳の話を遮って、皆実はグループの殆どが抱えている疑問を口にする。
「高科、金曜日から空いてる?」
皆実の疑問に答える事無く、優佳は唐突に予定を聞いた。
「へ?えーっと……あ、金曜は夕方までテレビの撮りがありますけど、その後は月曜の練習まで空いてます。」
「あたしは昼2までテレビの生、そこからはあんたと一緒だ。んじゃ、旅行行くからついて来て。」
優佳は皆実に予定を押さえる旨を告げると、ドリンクを飲む。
「優佳さん、どこ行くんですか?私、見当もつかないんですけど。」
皆実は訳が判らないまま予定を押さえられた事には触れずに旅行先を優佳に聞いた。
「高科、第六航空基地祭って聞いた事ある?」
ドリンクを置いた優佳が、皆実にいきなり質問をしてきた。
「え、えぇ知ってますよ。ミコ動の公式チャンネルに動画が上がってて、ステージで私達の振り付けを完コピした女子隊員達の動画は凄いPV数になってますけど。」
皆実は他のアイドルの動向もリーダーとしてチェックしているが、その中でファンスレッドで評判になっていた六空女子隊の動画を知った。
皆実は、当然チェック済みである。
「あの中にさ、私達の全握とライブに来てた女の子がいるの。」
「え?本当ですか?」
ファン動画などあまり気にしないと思っていた優佳がその動画を見ていた事に皆実は驚いたが、それ以上に余り解像度が良くないあの動画で一人の女子隊員の顔を見分けていた事に皆実は驚愕を隠せない。
「うん、動画のセンターやってる娘。全握の時に見て凄く綺麗な娘だなぁって思ってたんだけど、まさか六空の隊員さんだとは思って無くってさ。動画で見た感じ、うちのオーディションでも間違いなく通る位の素質の持ち主だと思ってるよ。」
「気になるんですか?」
自分の意見を言った後、串焼きを頬張る優佳に皆実は追撃を掛ける。
ドリンクを飲んで一息ついた優佳は、皆実の目を見ながら再び話し始める。
「一昨年のは彼女と右側の娘、二人だけが完璧だったけど三曲しかやってなかった。けど去年の動画では曲数が六曲に増えているのに全員が完璧に踊れてる。」
「今年はそれ以上の事をやってくると……優佳さん、そう考えてるんですか?」
優佳の真剣な表情と声に、本気で立ち向かわないといけないと気付いた皆実は優佳の話を先回りして要約してみる。
しかし、彼女は皆実の想像を遥かに超える事を考えていた。
「多分、今年は歌まで完コピしてくるよ。その出来次第じゃ、本気でスカウトしなきゃいけなくなる。」
「ゆ、優佳さん……」
「ライブの客席を見た時、あの娘がいる場所だけが浮き出て見えるんだ。それだけでもその娘の存在が際立ってるのが解るし、ステージの近くにいる時なんか歌ってる声がはっきり聞こえてくる。こんな娘、今迄で何人もいないよ。」
優佳の話を聞く皆実は絶句したまま身動きすら出来ない。
そんな皆実の様子を気にする事無く優佳は、話を結びに掛かる。
「だから、この目で確かめに行きたいの。もし彼女達がJPNに加わるならJPNグループは無敵になる、私はそう思っているよ。センターをやらせてもらってる私とリーダーのあんたの目で私の意見が間違っていないか現場で見るのが一番だと思うけど、どうかな。」
こう話を結んだ優佳に、グループの将来すら掛かっているとまで言わしめたその才能の持ち主。
見なきゃだめだ、この目でしっかりと。
心の中でそう決めた皆実は、優佳にこう告げる。
「それなら、今からホテルとか押さえないとネットカフェで寝る様になりますよ。天下の大原優佳がネカフェで一晩明かすとか有り得ないですから。」
「た、高科……?」
「最悪ツインで部屋取りますけど、いいですね?」
「は、はい、お任せします……」
「あと、絶対に正体がバレない様にしてくださいね。全国的なアイドルがいるって判ったらパニックになってステージ中止なんて事も或るんですからね!」
「ハ、ハイ……(ヤッバァ…真剣ですよ皆実さん)」
決心した皆実の勢いに飲まれた優佳は、そう返事するしかなかった。
そして数日の後、優佳の元に予約された二人分の新幹線チケットとホテルの予約代金の請求が届く。
皆実の食事の時の勢いを思い出した優佳は、その時の表情も同時に思い出して苦笑しながら支払いボタンを押した。
前半はJPNのコンサート直後の表情、そして後半はJPNの中心人物から見た菜月と薫の評価です。
登場人物についてはコメントは控えさせて頂きます(笑)
なお、この後の話しですが。
二人分の請求が優佳さんに行った事を知って皆実さんは冷や汗タラタラで謝りに行きましたが、優佳は「手間掛けさせてんだからそれ位払う」と笑って済ませ、一層皆実は優佳を尊敬する事になりました(笑)