5.書類と企画には手間が掛かる
陸音隊の三品曹長からの突然の電話から数日が経ち、菜月と薫は再び広報部の長田の前に立っていた。
「今朝広報部にこんな書類が届いていた。これが何か判るかね?」
長田は無表情で二人に問い掛けるが菜月と薫は解らないと首を振りながら答えた。
「ふむ……、ならば教えておこう。この書類は陸音隊から届いたものでな。一つは陸音隊のステージ参加企画書だ、これは大した事じゃない、ちょっとステージの時間を調整すればいいだけだからな。」
一つに纏められていた書類を分けた長田が一枚を机の上に置く。
「もう一つが問題だ、今俺が手に持っている書類は陸音隊所属の三品曹長と小仲井伍長二名連名の六空女子隊ステージアクトへの参加許可申請書だ。」
薫は表情を崩すことなくその説明を聞いていたが、菜月は一瞬『アチャー』という感じの表情をして再び佇まいを戻した。
「二人を唆したのはお前らだな?」
物静かな口調で長田は机の前で固まっている二人を見上げた。
「唆したと言われるのは心外であります。今回のステージアクトの内容を彼女達に話しただけです…。」
薫が長田に返答するが、どうやら長田はかなり困っている様子だ。
「まぁ、いいだろう。責任は俺が取るから好きにやってみろ、但し。」
説得しようと思っていたが、諦めた表情の長田が取り敢えずの許可を出す。
「桜井、先日出した作戦行動素案を作り直し、出来るだけ早急に作戦行動計画書を俺の所に持って来い。でないと、どうステージを組んだらいいか判らなくなる。いいな。」
「了解しました。早急に本案を提出致します。」
物静かだが書類に関しては『閻魔』の異名を持つ長田の迫力に押され、菜月はそう返答せざるを得なかった。
「うーーーーー、まさかこんなに早く書類が届くなんて…」
「まぁ、仕方ないよねぇ。ナッキーさん、書類は任せたよん。」
休憩室で頭を抱えた菜月と予定通りといった表情をしている薫。
「かおるん、悪いんだけど…バックメンバーと新人スカウト、頼めるかなぁ。」
「そろそろ決めないといけない事だし、頼まれてあげよう。ナッキー、そのうちデザートでも奢ってくれたまい。」
頭を抱えたままの菜月の肩を叩いて、薫は休憩室から出て行った。
「さて今部屋に戻っても大した作業はないし、ここまで来たなら先に用を済ませますか。」
休憩室を出た薫は監理部に戻るのではなく、整備班の居る待機室へと足を向けていた。
スカウトリストに挙げていた新人と薫の脳内で思いついていたバックメンバーの候補が整備班に居るのだ。
「失礼しまーす。あ、東出班長。」
「おぅ、笹井か。こんなむさい所に何の用だ?」
相変わらず大きな声の整備班班長の東出を見つけて、薫は目的の人物を呼び出して貰う事にした。
「すいません、一班の倉田伍長と二班の岸伍長を呼んで頂けますか?」
「何だ?お、もしかして。」
「おそらく班長のお考え通りだと思います。」
「分かった、そこの会議室で待っててくれ。呼んで来てやる。」
察しのいい東出は薫の呼び出しの意味を理解して二人の伍長を呼びに出て行った。
「失礼します!岸、入ります!」
「同じく、倉田入ります。」
数分後、薫の待っていた会議室に二人の若い男女が入室する。
女子隊員の方は背は小さめだが、可愛らしいルックスの持ち主で整備班のアイドルでもある『倉田亜樹』。
男性隊員は背は男性としては小さめだが、がっちりとした体格の『岸大吾』だ。
「ご苦労様、監理部の笹井です。と言っても今日はちょっと違う立場で来たのでそちらに座ってくださいな。」
机を挟んで反対側に座った二人を見ながら、薫は話を始めた。
「ここに来て貰ったのは、基地祭のステージアクトの件です。まず、倉田さん。」
「は、はいっ。」
緊張した面持ちの倉田に、薫は優しい口調で話し始める。
「倉田さんには今回の女子隊のステージアクトに出演者として出てもらいたく、スカウトに来ました。」
「え………えぇぇっ!そ、そんなっ!わ、私なんて……」
いきなりの薫の直球勝負に女子隊員は驚きを隠せない。
「いきなりでごめんね。今回のステージは歌える隊員も必要なの。実は色々と調べさせてもらって、かなり歌えるって評判がある倉田さんにはぜひ加わってもらいたいんだけど…」
「は、はぁ……」
「詳しい事はまた後日連絡が行くと思うけど、今日は参加して貰えるかどうか意思の確認をさせてほしいの。」
一気に畳み掛ける薫の勢いに呑まれて、倉田は少し考える。
「わ、私で宜しければ…御協力させて頂きます。歌う曲のリスト等は…」
「ん、ご協力感謝。資料は出来るだけ早く渡します。倉田さんはこれで終わりです。」
「は、はいっ。それでは、失礼致します。」
そそくさと席を立って会議室を出た倉田を見送りながら、もう一人の男性隊員は呆気に取られている。
そんな表情の大吾を見ながら、薫は次の企みを進める事にした。
「さて、岸君。君にもステージアクトに参加してもらうのだけど、岸君はギターが弾けるね?」
「え、な、何で、そんな事を…」
狼狽する大吾を見ながら、薫は話を続ける。
「んー、実は君の『アイドル曲をギターで弾き倒してみた』動画は全部見ていてね。」
「ちょ、ちょっと!何で俺だって判ったんすか?」
「まぁ、そこは私にも色々と情報網があってねぇ。二作目辺りで君だという事は判っていたよ。」
薫の情報網はアイドルマニアの至る所に伸びていて、その情報網で『この基地内に優秀なギタリストが居る』と話題になっていたのだ。
「確かに、弾き倒してみたの作者は俺ですが…それと、今回のステージとどんな関係があるんです?」
「実はね、今回は生歌もだけどバックもカラオケじゃなくて生演奏でやろうかって首謀者が言い出しちゃってさ。」
腑に落ちない表情の大吾に薫は、今回のステージでの企みを打ち明けた。
「なるほど、判りました。こんな舞台に呼んで貰えるのは光栄です。協力させて貰います。」
「ん、ご協力感謝。さて、岸君にはもう一つ聞かなきゃいけない事がある。」
薫はいったん間を置いて、身構えた大吾に質問を投げかけた。
「この基地内でJPNグループの曲を弾けるドラマーとベーシスト、キーボーディストを知らないかな?」
大吾の回答はドラマーは知っているが、ベースとキーボードはつてが無いと言うものだった。
取り敢えず、ドラマーには声を掛けておいて欲しいと大吾に要請して今回の勧誘は終了した。
「ふぅ、何とか上手くいくといいけどねぇ…」
会議室を出た薫は、本来の業務を終わらせるべく監理部へと足を向けた。
数日後、菜月は頭を悩ませながらも作戦行動計画書を纏め上げ、無事に長田に提出した。
そして、その日の午後。
総勢十四名の今年度の六空女子隊の顔合わせが行われようとしていた。
自衛軍隊員もやはり公務員です。
祭りであろうと、書類との格闘や事前の計画作りはついて回ります。
次回からはステージの練習やら屋外ステージ作りの裏側へと入っていきます。