4.基地祭準備と一本の電話
基地祭の日程が薫の書き込みによって掲示板にリークされた翌々日。
早速菜月と薫は広報部を訪れ、ステージについての打ち合わせに入っていた。
「本年度の作戦行動につきまして、素案が纏まりましたので確認をお願い致します。」
菜月が休みを取って書き上げた作戦行動企画書を、基地広報部の長である長田の元に提出した所であった。
「ふむ………つまり昨年よりも規模を拡大し、さらに大々的に行うと言う事かね?」
計画素案に目を通し、菜月と薫を見ながら長田はこの素案に対しての感想を告げる。
「はい、昨年のステージで下地は完成の域に達したと思ってもいいと思います。次に我々に求められるのはステージ上の彼女達と同じ技量です。ならば、その期待に応えるのが我々の責務ではないかと。」
菜月が長田に答えたのに続いて薫も援護射撃に入る。
「我々が活動を始めてから、基地祭の動員数は以前の十倍近くまで上がりました。航空だけでは無く、自衛軍の広報活動の一環としても基地祭のステージでの女子隊員達のステージはかなり貢献出来ていると本官は愚考致します。」
再び作戦素案に時間を掛けて目を通した長田は、暫く考えて決定を出す時の癖である赤ペンの後ろで机を何回か叩いてからそのペンを置いた。
どうやら薫の援護は長田の意思を決めるのに大きく働いた様だ。
「確かに今、現在の自衛軍に対しての興味は一定方向に於いてかなり良好な方向に向かっているのは確かだ…。桜井中尉、笹井曹長。本作戦案は私から基地司令部に通しておく。」
「「有難うございます!」」
基地祭に於いて動員数を年々増やしている広報部に、基地司令部はほぼフリーハンドで活動出来るだけの裁量を任されている。
その広報に了承されたと在らば、作戦案はほぼ決まりと見てもいいだろう。
「かおるん、サンキュッ!あの援護で閻魔様が墜ちたよ…」
「いやいや、ナッキーが昨日一日で作った作戦素案が良かったから。私の意見具申はただのおまけみたいな物さぁ。」
長田の前から一度休憩室に退避した二人はパックのジュースを飲みながら一息入れていた。
ただ普通に提出された書類に一目でチェックを入れ数回かけてやっと提出許可が下りる事から、長田は広報部員に『閻魔』と揶揄されていて本人は苦笑いしながら黙認している。
その『閻魔様』のチェックを通っただけで、一日掛けて素案を作った菜月は一日の仕事が終わったかのような疲労感を感じていた。
「さて私は、また午後から地獄の訓練飛行だぁ…四時には戻るから、その後でスカウトに掛かりましょうか…」
「んじゃ、あちしはスカウトメンバーのリストアップでも進めておきやしょうかねぇ。」
午後の予定を互いに確認し終わった所で、二人は休憩室を出て菜月は航空隊の待機室、薫は監理部のある部屋と互いの本来の持ち場へと戻っていく。
午後四時になり菜月が予定通りに訓練飛行から戻ると、メモ書きが菜月の机に載せられていた。
[第一次スカウトリスト完成、連絡を待つ]
メモにはこの様に書かれている、予想通りに薫からのものだ。
そのメモを手にしたまま、パイロットスーツから作業服に着替える為に菜月は更衣室へと向かう。
その顔は作戦行動に向けての楽しみで少しだけ綻んでいた。
着替えが終わって薫の元を訪れた菜月は、作成された第一次スカウトリストを見ながら「あーでもない、こーでもない」とそのリストにチェックを入れている真っ最中だ。
「でも、いきなり一年目でメインに据えるのはどうかねぇ…」
「うーん、確かに…でも、評判はかなりいいからやってみても損は無いと…」
そんな会話が薫と菜月の所から聞こえてくる中、監理部のインターフォンが鳴る。
「………はい……はい、確かにこちらに居りますが……少々お待ち下さい。」
ドアの向こうで行われる男性隊員の電話の対応を横で聞きながらも激論を戦わせていた二人の下に、インターホンを置いた隊員がやって来る。
「桜井中尉、陸上自衛軍中央音楽隊の三品曹長より電話が入っております。こちらに回しますか?」
「へ?私に?………って、陸音隊の三品曹長!?」
菜月が驚いたのは電話の主の名前だ。
その場にいた薫も驚きの表情を隠せない。
陸音隊。
正式名称を陸上自衛軍中央音楽隊と言い、国賓やVIPを迎える際にも出動する陸自トップの音楽隊だ。
そして電話の主の三品百合華曹長は陸音隊の歌姫と呼ばれ、数々のステージで絶賛される美しい歌声とその美貌で芸能界の大手事務所が退官後の獲得を模索しているとも言われる陸自一の有名人でもある。
その三品から菜月を名指しで連絡を取って来る事等考えてもいなかった為に、菜月だけで無く薫でさえも驚きを隠せなかったのである。
「は、はい。お願いします…」
薫が隊員の去った部屋の入り口を閉め、菜月はドアが閉まったのを確認してインターホンを取った。
「はい、お待たせ致しました。第六航空隊桜井です。」
『御忙しい所失礼致します。初めまして、陸音隊の三品であります。』
スピーカーから流れる瑠璃色の美声を聞いて、薫が溜息を漏らす。
「本日はどのようなお話でいらっしゃいますか?」
普段の菜月とはまるで違う対応だが、所属の全く違う相手に対しては菜月は失礼の無い様にこの様な対応をしていた。
『はい、第六基地祭の日程が確定したと聞きまして…』
「えぇ、既に公表もされておりますが…」
電話の向こうの三品の様子を伺う術も無いので会話を続けようとした菜月だったが。
『今年もステージはお出になられますでしょうか…』
「は、はい!先程ステージの素案を提出した所です。」
『良かったぁ!その前の日に近くに行くんですよ!』
「はぁ…三品さん、アイドルお好きなんですか?」
電話の向こうで喜んでいる彼女に押され気味に菜月が答えると、堰を切った様に三品が話し始めた。
『実は私もJPNグループのファンでして!昨年のステージの動画を見て以来、ぜひこの目で見たいと思っていたんです!』
「あ、あの……もしかして…全曲歌えたり…」
『当然です!私の同僚のもう一人の女性ボーカルの娘も全曲フルに歌って踊れます!』
まさか、あの陸音隊の歌姫までもこっちの趣味の人だったとは。
スピーカーから溢れ出る様な三品の熱意の籠った声を聞いていた薫が、ハッと顔を上げて会話に参戦する。
「横から失礼致します。初めまして三品曹長、私は第六航空基地監理部に所属しております笹井薫と申します。」
『あっ、初めまして。もしかして昨年センターの桜井中尉のすぐ後ろで踊ってらした方ですか?』
[凄い……隅から隅までチェック済みですか、歌姫様…]
アイドルマニア特有の観察眼の鋭さに舌を巻きながら、薫は内心である企みを隠しながら会話を続ける。
「はい確かに間違いありません。今確認させて頂いたのですが、陸音隊は木曜日に我々の基地の近くでコンサートがございますね。」
『はい、その後は翌々週までコンサートはありません。』
日程を確認した薫の顔に、してやったりといった表情が浮かぶ。
「ステージを見に来る、それだけでいいですか?」
その言葉を聞いた菜月は薫が頭の中に持っていた悪企みを察してしまった。
『そ、それは………』
困惑の色が隠せない三品の声に菜月は、薫にこの企みの進行を任せる許可を悪どい笑顔を浮かべる事で薫に示した。
「三品曹長、実は今年のステージなんですが…」
薫が広報に通したばかりの素案の内容を三品に告げる。
『そ、そんな事を……な、なんて…(素晴らしい…)』
「そこでですよ。折角こちらに来られるんでしたらその同僚さんと、私達のステージをご一緒してみませんか?」
薫がついに三品に誘いの手を伸ばした。
『え、そんなつもりは……無かったのですが………』
「三品さん、チャンスですよ。好きな事を思いっ切り出来る、絶好のこの機会を目の前にして、指を銜えて見逃しますか?」
菜月が困惑の度合いを深める三品に、やってみないかと畳み掛ける。
『参加、出来るなら…陸音隊の幹部と掛け合ってみます。』
「ご協力、感謝致します。結果が出ましたら私、桜井か先程の笹井の方までご連絡を頂けますでしょうか?」
『了解致しました。出来るだけ早く御連絡させて頂きます。』
「御連絡お待ちしてます、三品さん。」
それから少しの間、連絡方法などを打ち合わせて電話は切れた。
「はぁぁぁぁぁぁっ!びっっっくりしたぁぁぁぁぁぁっ!」
インターホンを置いた菜月が大きく息をつく。
「しっかしまぁ、まさかあの歌姫様までこっち側の人だったとはねぇ…。これでいいのか自衛軍隊員よ……」
呆れた顔で薫が菜月を見ながら感想を漏らす。
「本当、かおるんの考えが解った時は『何企んでるの!』って思ったけど…ここまで来たら、やるしかなくなったわね。」
「あの素案出した時点で私達には退路なんて無いんよ、ナッキーさん」
作戦を完遂する決意を互いの目に確かめながら、菜月と薫は再びスカウトリストのチェックへと戻っていった。
現実の世界ではこの様な異種格闘技戦みたいな事は無いでしょう。
ただ、このもう一つの平和な世界では有ってもいいだろうと考えてます。
あ、そうそう。
今回の三品曹長のモデルは、当然海自音楽隊のあの方ですw