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世界が、

杜が、

圧倒的な生命力をもって、人類を淘汰しようとしている

ような時代。

しかし人類はそんな世界に従ったりしない。


杜が迫れば焼き払う。

伐採し、大地を掘り返し続ける。


しかし杜の木々は互いに硬い根で繋がり合い、

大地は殻に覆われたように硬く、

その根を取り除くことは通常の耕作機械では不可能。


ならば猛毒をもって木を枯死させる。


「瘴気」はそんな猛毒のひとつ。

魔術でつくられたそれは、水に溶けて生物の内部に浸透

した後、細胞の壁と膜を破壊しあらゆる生物を死に

至らしめる毒性を持つ。

しかしアンチプログラムがあれば浄化可能であるため

人類にはこの上なく都合のよい猛毒だった。


アンチプログラムがあれば解除できるが、

逆に、それがなければ通常の人間、魔術士には解毒できない。

瘴気の毒性に対抗できる治癒魔術でも可能であるが、

少なくとも鈴蘭程度の魔術士では、そのどちらも不可能だ。



――では、誰が解呪した?



沙華しかありえないが、

彼女はほとんど魔術を使わないし、

使えるとしても、それは攻撃用のはずだ。

解呪の魔術を習得しているとは考えづらい。



――沙華はどうして魔術を使わない?



知らないことが多い。

テーブルが使い物にならないぐらいに荒廃した家だった

建物の床に直接座り、沙華の出してきた何かの茶を

飲みながら鈴蘭は思った。



「ねえ沙華。本当はどのくらい魔術が使えるの?」


「……」



鈴蘭と同じように床に座りながら、茶の素にしたらしき

何かの葉を押したり伸ばしたりしている沙華は、鈴蘭に

問われてもそれをやめず、無言で答えた。

その様子が言下に語ることは「知らない」でも「判断できない」

でもなく、明らかに「答えたくない」だと鈴蘭は感じた。


「ねえったら」


「……そんなこと聞いてどうするの?」


拒絶。しかし鈴蘭は気にせず問いを続けた。


「気になるから。私の瘴気を解毒したのは沙華なんだよね?

でも並の魔術の能力じゃ瘴気の解毒の魔術は使えないし、

そもそも沙華は魔術を使わない……私の前では使ったこと

なんてない。

なのに……ねえ、どういうことなの?」


「……」


鈴蘭がそこまで言うと、はじめて沙華は顔をあげて

鈴蘭の顔を見た。

無表情。感情のこもらない瞳。

乾ききったその表情はいつもの彼女のものだが、今は

いつも以上に、貼り付けたような無表情な面持ちだった。

そんなに話したくないことなのだろうかと鈴蘭は思い、

少し反省した。

気にはなるが無理に聞き出すことでもないのだ。

しかし、そんな鈴蘭の逡巡など興味ない様子で、けれども

何かを推し量るように鈴蘭の顔をしばし覗いた沙華は、

やがてぽつりと言った。


「……大したことじゃない」


「……そう」


「ただの、白魔術」


「……え?」


――白魔術。


沙華があまりにも自然にそれを口にしたので、

鈴蘭は驚きのあまり言葉を失ってしまった。


白魔術は一般魔術とは異なる方式で、生体の力を活性化

して主に治療や強化を実現させる技術だ。

それを使えば瘴気の解毒も可能かもしれない。

だが、「かもしれない」というのも、白魔術は一般的な

技術ではないのだ。

使い手が極めて稀有なそれは、一般には御伽噺の類と

同列に扱われる。


それを、目の前の少女が使う?



「白魔術って……なんだってそんなもの使えるのよ」


「単なる民間魔術でしょ」


「そう言ってしまえばそうだけど……」



そういう言い方はできるが、瘴気を解毒したのであれば

沙華の使う白魔術は本物だ。


「誰に教わったの? ほかにはどんなことができるの?」


沙華は答えなかった。

口を閉ざしてしまった。そんな雰囲気を感じる。


これ以上は聞けないか、と鈴蘭は思った。


「……話したくないなら話さなくていいよ。

私は、その……知りたかっただけだから」


しばし沈黙があった。


お茶を飲み干し、まだどこかに行くわけでもないようだから

寝ようかと思った時、どういう内部変化があったのか、

沙華は唐突に話し始めた。



「白魔術は、基礎をお父さんから教わった。

けど私が白魔術を勉強したのは、それも力だから」


「力?」


「黒魔術……一般魔術と同じ。力だよ」


彼女が「力」の単語を口にするとき、そこには額面以上の

意味が込められているような気がした。

それで本当に会話は終わりだったが、鈴蘭の中には本当に

聞きたくて、しかし聞けない疑問が残った。









――何があなたを、力へと駆り立てるの?










鈴蘭が概ね回復してから次に日が昇った時に、

ふたりは廃棄地区を出発した。


沙華が歩き出した方角は、真西。


――基地へと戻るなら北に進まなければならないはず。



「瘴気に汚染されたエリアを迂回するの?」


「私、すぐには基地に戻らない」


「……え?」



てっきり基地に戻るものだと思って黙って沙華の

後ろについたが、彼女は戻らないとのたまった。


「どういうこと?」


「基地に戻りたいなら、ここでお別れ」


残念だけど、と本気かどうかわからない口調で

沙華は付け足した。


「いや、そんな……」


「不安?」


不安かと聞かれれば、自分よりも沙華の方が

心配だ。

そう言うと、沙華の答えは。


「私なら大丈夫」


「どうして?」


「烙者はほとんどいないから。それにいても

私は負けない。――そう考えると、鈴蘭の方が

体力も落ちてるし、基地に、杜の境界に近づけば

烙者に遭遇するから危険」


「いや、あの、私の心配よりも……」


「……戻りたいの?」


鈴蘭が戻るなら送っていくしかないな、と

沙華の考えが顔に書いてあった。

それを見て、何なんだと鈴蘭は思ったが。


「……沙華は行くのね?」


「うん」


「はあ……じゃあ、私も一緒に行く」


「本気?」


どうなのだろうか? 鈴蘭は自分でもわからない。

だが、鈴蘭は思う。

自分を救ってくれたのは目の前の彼女で、

彼女と自分を危機に陥れたのは軍だ。

今まで軍に不満だったことはそんなにないが、

しかしだからといってそこまで忠誠があるわけ

でもなかった。

それに、どうせ、おそらく、自分は戦死した

扱いになってるだろう。

ならば少しの間、帰らずに友達と寄り道するのも

悪くない。



「――うん」


「そう。じゃあ、行こう」



そして沙華は再びどこかへと歩き出す。

鈴蘭はそれに続く。その背中を守る為に。



「……で、どこに行くの?」


「――精霊に会いに」



しれっと言われた言葉に、鈴蘭は十数秒前の

自分の決断を軽く後悔した。

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