6
「さば、な……」
「――鈴蘭?」
覚めることが約束されていなかった闇が、覚める。
それに対応できない意識は闇の中でまどろむけれど、
手、
身体を感じさせるぬくもり、
そして心に不思議と響く親しい声が、
鈴蘭の意識と意志を呼び覚ます。
「――鈴蘭」
ぎゅ、と手を握る力が強くなる。
その手を信じて、
引き寄せられるように、
鈴蘭は意識を浮上させ、目を開く。
「沙華……」
「……うん」
友の顔を見て、息を吐く。
次に身体を確かめていく。
まずは握っている手。
腕。
肩。
いずれも力が弱い。
肩甲骨から背筋に力を込めると、
背中から肺、胸まで貫くような痛みを感じた。
「ごほっ――!」
「しばらく安静にして。
瘴気のダメージが抜けきってないはず。
水……も、少し我慢して」
「……ここは?」
自分の声がかすれていることに気付いた。
肺の中から、かすかにゴボゴボと水音がする。
自分の息がひどく血なまぐさい。
鼻は詰まっていて、口でかろうじて呼吸ができる程度。
全身が酷い筋肉痛のようだった。
頭が痛い。
視界は何度瞬きしても赤く滲んでいた。
そんな視界に映るのは、命を危うくしてでも傍に
いたいと思った戦友の姿と、見覚えのない
家のような建物の内装だった。
「ここは基地から南東に15kmぐらい離れた場所。
すでに杜に飲み込まれて廃棄された地区の廃墟」
「廃棄地区……っ? 烙者は?」
「今はいない。
しばらくここに留まり続ければどうなるかわからないけど」
「いない……?
どういう、こと?」
「……知らないんだ?」
そう、どこか落胆したように沙華は言った。
「あとで教える。今はとりあえず、もう一眠りして」
「……うん。……沙華は?」
「私はその間に水を探したり見回りしたりする」
「ありがとう……」
痛みやら吐き気やら倦怠感やら、
とにかく気持ち悪い、泥のような気分だった。
眠れと言われたら死んだように眠りそうだ。
「……ねえ」
けれど、眠る前に言っておくことがあった。
「助けてくれて、ありがとう」
「……ふん」
礼など不要と言わんばかりの素っ気無い態度。
だけどそんな態度が彼女らしくて、鈴蘭は
気持ちが和らぐのを感じた。
「……目が覚めても、いなくなってたりしないよね?」
「不安?」
不安、なのだろうか?
一般に、負傷していると精神が落ち着かなくなるという。
ただそれ以前に、沙華は一度、鈴蘭と逃げているふりをして
いつの間にか離れて一人で戦っていた。
先程沙華は周囲に烙者はいないと言ったが、本当はうろうろ
していて、彼女はそれと戦いに行くのかもしれない。
あるいは、沙華は"ここ"に来た目的をこれから果たしに行って、
しばらく戻ってこないかもしれない。
この場所、どこかわからないが、自分たちが基地から離れた
場所にあるらしいここにいる理由が、瘴気から逃れて息を
潜めている以上にないのかどうかを鈴蘭は判断できないから。
「……そばにいても良いよ?」
負傷した鈴蘭のぼろぼろの思考を読み解いたように、
沙華は殊更優しい気遣わしげな様子で言った。
「別に、見回りとかは念の為ってだけだし。
一応、罠とかは仕掛けてある。それ以前に、さっきも
言ったけど、このあたりには烙者はいない」
「沙華……」
鈴蘭は自分の考えが間違っていたと思った。
だから、
「……ひとつだけ、お願いしても良い?
それをしてくれたら、好きにしてていいよ」
「何?」
「手を繋いでてくれないかな。私が眠るまで」
「今も繋いでるけど」
言われてみるとそうだった。
その事実になんとなく気恥ずかしさを感じたが、甘えるように
その手にきゅっと力を込めた。
「優しいね、沙華」
「そんなことないよ。……さっさと寝なよ」
「うん。――おやすみ」
頭も含め全身が痛かったが、眠りはすみやかに訪れた。
そしてそれは気絶するというような恐ろしげなものではなく、
繋いだ手から伝わる温かさに包まれた穏やかなものだった。