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――それは軍功表彰式でのことだった。
表彰者に挨拶し賞を手渡していたのは、
現代の水属の魔術士のなかでも最高の力を持つと名高い藤大尉。
将校としての指揮能力も高く人望篤く、
一部では英雄や戦姫のようにもてはやされている。
その日、新兵同然の身でありながら表彰されるという
栄誉を受けた鈴蘭は、その身に余る評価もさることながら、
著名で人格的にも優れた大尉から直々に賞誉の言葉を
賜ったことで、目眩するほどの高揚に恍惚としていた。
けれども表彰のあと他の表彰者と共に壇の後ろに並んだまま
聞いた藤の演説に、陶然とした鈴蘭の気持ちはやや冷めたのだった。
彼女は烙者から市民を守る戦いを鼓舞しながらも、
同時に烙者に対する憐れみも忘れてはならないと語った。
なぜなら烙者は元は人であると考えられるから。
世界が杜に飲み込まれていく中で、烙者の元となる人間も、
心、魂を杜に飲み込まれてしまった。
世界の意思に飲み込まれたのだ。
それは弱さ。
それは優しさ。
それは世界への共感であるかもしれない。
杜と一線を画し生きる人々の生活を守るためには、
烙者とは対立しなければならないが、
しかし烙者は烙者で、世界と共に生きる意思を持っているのだ。
何より、単に烙者を敵だからと排除する考えでは、
獣性をむき出しにする烙者となんの違いがあるだろうか。
彼女はそう語った。
彼女が言う「烙者は元人間である」という説は科学的根拠に
欠けているが突飛な話ではなかった。
日々広がり、人の居住領域を侵食し続ける杜によって、人里が
一夜にして飲み込まれることが時折ある。
飲み込まれた人里の人はほうほうのていで逃げてくるわけだが、
中には烙者に襲われたとか身体が不自由だとかで逃げてこられない
人間もいる。
すると彼らは普通、行方不明者とか死亡者として扱われるわけ
だが、その後、烙者と戦っていると過去に行方不明者とか死亡者に
なったものと同じ顔の烙者が現れると言われている。
烙者の研究機関はこの風説に対し一切の発言をしないため、
公式には肯定されていないが、しかし否定もされていない話である。
そんな風説を交えた彼女の話を、多くの者は戸惑いながらも
真剣に耳を傾けていた。
けれども時同じくして軍功を認められ、藤の後ろで表彰を待っていた
沙華はそんな者たちとは違った。
突然、沙華は炎珠宝杖を振りかざして藤へと襲い掛かった。
本気の一撃ではなかったため、藤はそれを防御することができた。
一合の打ち合いの後、沙華が藤から間合いを取った瞬間に
藤の護衛たちが彼女を取り囲んで肉の壁となった。
一方、沙華に味方するものなど誰一人もいない。
多勢に無勢だが、沙華はまったくそれを意に介した様子もなく、
獰猛に彼女たちを睨みつけながら唸るように言った。
力あるものが世界を支配するべきだ。
人と杜の世界が相克しあうのは当然の摂理だ。
戦う人間を惑わすようなことは言うべきではない。と。
なぜそのような傲慢な考えがまかり通るのか。
藤は答えて言う。
そんなはずはない。
たとえ烙者がいなくても、
たとえ杜が人々の世界を飲み込もうとしていても、
人々は大きな世界の中に暮らしているにすぎないのだ。
そのことを自覚し、
謙虚に、慎みをもって生きなければいけない。
対立する意見。
しかし沙華は武器を振るうと、藤の多数いた護衛たちは
彼女に抗しきれず膝を屈した。
藤だけが彼女に抗し続けた。
なぜなら、彼女は力を持つから。
結局、力を持つ者だけが立っていられるということを
藤も示してしまっていた。
騒然とする会場。
数の力をもって沙華を取り押さえるべきなのかどうか
藤の演説を聞いた人達は葛藤に囚われ身動きできない。
けれどもその時、
沙華の宝杖を弾き飛ばした双剣があった。
それが鈴蘭だった。
彼女もまた沙華と同じく表彰者に選ばれていたのだった。
この時、鈴蘭は沙華のことをよく知らなかった。
ただ、沙華が並外れた戦闘力を持っていることは
同期の間では畏怖を通り越した脅威として伝わっていた。
沙華を前にした鈴蘭は、たった一合の打ち合いで彼女の
力を思い知った。
しかしそれでも鈴蘭は沙華に双剣を向けた。
烙者を容認するような考えに、反感を示す気持ちはわかる。
だけどこんな考え、言葉は、言葉にしかすぎない。
私達が戦場でするべきことは変わらない。
私は市民の生活領域に侵入する烙者を排除する。
あなたはあなたの戦いだけに殉じればいい。
鈴蘭の言葉に沙華は武器を納めた。
――私の弱さを止めてくれてありがとう。
そう彼女は言った。
その言葉の意味は鈴蘭にはわからなかった。
沙華という嵐が去り荒廃だけが残された場で
鈴蘭もまた混乱に取り残されて考えた。
彼女は自分の意見を主張するために力を揮ったのではないのか?
なのに、それを弱さと言っているのか?
――ああ、確かに。
――それは弱いことだよ。
力を揮うことが強さではない。
それを知らないのは子供だけだが、
しかしそれを確信して行動できるのは本当に強い者だけだ。
誰よりも強い力を持ちながら、そのことも知る。
鈴蘭はそんな沙華のことをよく知りたいと思うようになった。
友達になって、と、
しばらく経った時に言うと、
鈴蘭となら一緒に戦えるかもね、と沙華は言ってくれた。
それが二人の絆だった。