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『妾はセフィロトのパスの守護霊として、この力が人に

渡ることを阻止しなければなりません』


マリアの口調から威圧の色が消えていた。

そこにあったのは、固い決意と使命感。

ルシファとヤマの2柱が少女たちの味方となった今、

マリアが威厳を見せることはもはや無為となっていたからだ。

そして――、



『守護霊はセフィロトに人が干渉することを防ぐ存在です。

しかし、ルシファとヤマはすでに貴女たちに顕現を与えて

しまった。

他の守護霊も今すぐここに来て貴女がたを阻止しようとは

してこない。

もはや、妾一柱では貴女がたを止めることはできない。

しかし……!』



マリアの魔力が膨れ上がる。

魔法陣が――ティファレトのセフィラが完全に開かれ、

これを護る守護霊へと力を供給し始める。



『それでも妾は、全力を持って勤めを果たします!』



「上等――」



大洪水の如く押し寄せる魔力にも怯まず、沙華は

不敵な笑みを浮かべてマリアと向かい合う。


――ここから先の命運を決めるのは、力だった。


人と精霊を別つ力と知識の垣根は取り払われようと

していた。

格差が生む概念的な優位性が消滅した状況下において、

もはや戦いを抑止するものは何もなく、互いが欲する

ことを胸にぶつかり合う以外の展開は存在しえなかった。


知恵の実に手を出し神秘の領域へと踏み入った少女たちを

前に、マリアは今度こそ全力で少女たちを滅ぼそうと力を

練り上げる。


沙華と鈴蘭もそれぞれの武器を構え、力を昂ぶらせていく――



「……あれ? で、どうやるんだっけ?」



――戦おうと思ったが、未だ力の使い方を理解していない

鈴蘭であった。



『これを使え』



ヤマが言うと同時に、鈴蘭の目の前で光が集結し、

一枚のアルカナが現れた。


――大アルカナ「死神」


目の前のそれが「大アルカナ」であり、その役が

「死神」であることを、鈴蘭は何故か理解していた。


一般に使われているアルカナと似ていて

数札や人札とは比べ物にならない力を人に与えるもの。

それが「大アルカナ」。

そして「死神」の役を持つそれは、生命の発生と

滅亡を司る、その名の通り「死神」の力を持つ大アルカナ。

剣士である鈴蘭の手中にあっては――



「死を切り裂いて生の道を示す――生大刀」



鈴蘭と沙華は手を重ねあう。

それは自然な動作だった。

舞を演じるように。呪いの所作。

大アルカナを所持したことによりセフィロトにアクセスし、

そこから知識を得ていることを鈴蘭は意識していない。

無意識に、太古からの約束事に従い――新たな世界へと

手を伸ばすように、二人の少女は手を重ねる。



"And there appeared another wonder in heaven,

and behold a great red dragon"



沙華の傍にあった「悪魔」の大アルカナが炸裂し、

二人の少女の前で巨大な火柱となる。

硫黄の焔よりも熱いそれへ鈴蘭は躊躇わずに手を伸ばし、

一振りの剣を手にした。



『――其の中の尾を切りたまひし時、都牟刈の大刀在りき。

是は草那芸の大刀なり!』



『――AAAAAAAAAAAAA――』



鈴蘭が草那芸の大刀――草薙剣を振りかざしたとき、

2人とマリアを遮っていた「枝」が消えた。

それが決着の始まりとなった。

マリアは裁きの喇叭のような「声」をあげながら黄金の

巨腕を少女たちに振り下ろす!


「やぁぁっ!」


迎え撃つは鈴蘭。

手にしている幅広の剣はいつも振るっている二刀の風刃は

形も重さも当然ながら異なり、更にはその刃自体にこれまでの

鈴蘭の常識を凌駕する力が込められていることを感じる。

厄災を薙ぎ払う草薙剣の名を持つ剣。

この剣ならば百雷とて迎え撃つことができると鈴蘭は確信し、

鋭い踏み込みで沙華より前に出て、渾身の力で剣をマリアの

腕にぶつける!


『――――!!』


果たして、鈴蘭の心体技の極まった一撃は精霊の攻撃を

弾き、逆に黄金の巨腕を粉々に打ち砕いた。


「すご……」


確信していたとはいえ、自らの攻撃の結果に感嘆して

しまう鈴蘭。

それに対し、沙華はいつものように傲然と、それを肯定する。


「これが精霊の――世界の力だよ、鈴蘭。

世界に根を張り、世界を支える、生命の樹の力。

でも大樹の果実を手に取ることは許されず、禁を犯せば

烙印が押される」




「ようこそ――烙印を押された者だけが来れる、烙園へ」




沙華の言ったことは半分程度しか理解できなかった。

しかし、それでも鈴蘭は感じていた。

これが世界の根幹につながる力の一端であることを。

これを振るえば、確かに世界を滅ぼすことも不可能では

ないということを。


『許しません! 烙印を押されし罪人たちよ、

裁きの日を待たずして今すぐ滅びなさい――!』


マリアが絶叫すると共に、その背後が目も眩むほどの

光に包まれる。

塩の柱と変える光。

神の怒り。

背徳と裁かれた者に罰を与える、最強の攻撃が無数に、

雨のように降り注いだ。


「――っ!」


如何な草薙剣であっても、これほどの攻撃を捌ききることは

不可能だった。

それに、よしんば自分の身を守れても、それ以外を

守ることなど不可能。

沙華は――と振り返ると、彼女はこれまで以上の炎に

包まれながら、悠然と笑っていた。



「この程度――私の煉獄には生温い」


『この程度――堕天の牢獄には優しすぎる』


「私の煉獄は私の怒りの炎だけが満たす!」



"Being itself set on fire by Gehenna."



沙華の宣言――呪言と共に、彼女の炎が一帯を支配する。

まるで空気のように周囲に満ちたその灼熱は、神の名を

借りた光すら蒸発させる。


『馬鹿な――これほどに――!?』


攻撃を無力化され、マリアは為すすべなく立ち尽くす。

それどころか、炎に焙られ消耗するため、防壁で防ごうと

するがそれすらも炎に焙られ弱体化していた。


――それは鈴蘭も同じであったが。


砂漠の日射など比べ物にならない灼熱が鈴蘭をも消耗させる。

だが――言ってしまえばその程度だった。

本来であればたちどころに骨まで発火するような状況であるが、

鈴蘭は多少の疲労感でそれに耐えていた。


それは、沙華が鈴蘭を攻撃の対象にしていないからか。

本当に鈴蘭の害にならないことを知ってこの魔術を使っている

からか。

あるいは、鈴蘭が「死神」のアルカナを有しているからか。

冥府の王の力を持つ者なら、たとえ第二の死を与える火焔で

あっても耐えられるというのか。


詳しいことはわからない。

鈴蘭にできることは、ただ、剣を振るうことだけ。

煉獄の中で剣を振るい、自らの運命を切り開くこと!



「――覚悟!」


『なに!? ――AAAAAAAA!』



マリアは最大の防壁を作って鈴蘭の攻撃を受け止めた。

その守りはおそらく、この地上にあるすべての叡智を

もってしても形成できないほどに強固なものであることを

鈴蘭は自らが知りえない知識をもって理解した。


それは目の前の精霊、ギーメルの守護霊が貞淑な聖女の

名を持つがゆえに。

神という世界の法則により規定されるその純潔は、何もので

あっても打ち砕けない絶対の防御。

マリアとは攻撃する者ではなく、防御する者。

彼女は護るときにこそ真価を発揮し、絶対の壁となって

侵略者を阻む。



「くっ――はぁぁぁぁぁ!」



それでも鈴蘭は刃を立てる。

この壁を打ち砕いた先の道を――来たるべき世界の結末を

鈴蘭はまだ知らない。思い描くことすらしていない。

しかしそうであっても、鈴蘭には不退転の決意があった。


それは、一人の少女のために。

それは、一人の少女の想いのために。


自分を包む煉獄の炎が、鈴蘭の想いを確かなものにする。


かつて炎にすべてを亡くした少女。

彼女は世界を憎悪し、しかし単なる衝動ではなく、

思考を重ねて、世界は滅ぼすべきだと考えた。


彼女にとっての滅びとは、もちろん自らも内包するものだった。

この煉獄の炎は鈴蘭を、マリアを、焼く。

そして彼女自身の身も焼いている。

すべてを煉獄に堕とすと決意した彼女は、自身もまた

煉獄に堕ちる決意をしているのだ。


だから、私は彼女を支持しよう。

少なくとも彼女の誤りが見つかるまでは、私は彼女の

ための剣になり、共に煉獄を歩む!



「はぁぁぁぁああ――っ!!!」



果たして、振りぬいた鈴蘭の刃は女教皇の防壁に僅かな傷を

つけただけだった。

だがそれだけでも、これまでの世界を規定してきた神という

概念を食い破るには十分だった。



"See how a small fire can spread to a large forest...!"



沙華が厳かに、歓喜に打ち震え恍惚とした声で唱えると共に、

炎は言葉のとおり燃え盛り、龍の姿になった。

赤い龍は「死神」の力を宿した刃がつけた瑕疵へと殺到し、

ついに絶対だったはずの護りを突破する。


それこそが彼女にとっての滅亡の最初の顕現であった。



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