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――戦場から火が消える。


撃ち合いが絶えた戦場には、

巻き上げられた砂塵だけが舞って、

大気を淀ませていた。



「負けちゃったね」


「……なんでそんな嬉しそうなのよ」



鈴蘭が吹き飛ばされた先は、

奇しくも沙華の隣だった。


魔力を使い切った身体に力が入らない。

仰向けになったまま見上げた友達は、

不思議と満足そうに、笑ってすらいた。


「鈴蘭――カッコ良かったよ」


「カッコいい?」


その言葉は少し脈絡を欠いているように思えた。

しかし沙華は、うん、とまた違うことを話し始める。


「本当はあの時、瘴気兵器が使われた時に、

私は死のうと思っていた」


「……」


「でも、鈴蘭が来たから死ねなくなった、

死に損なった」



死に損なったと、その言葉は恨みがましいが、それでいて

沙華はどこか嬉しそうな様子だった。


「私はずっと死にたかった」


「どうして……?」


「だって、私には世界を滅ぼすことができないから。

私にはその力はある。

けれど、それを振るう理由を、正当性を、

私は見出すことができなかった。

正当性を見出すほど私は賢い人間ではなく、

正当性もないままそれをするほど私は強い人間ではなかった。

賢くも強くもない私は中途半端で――私は私に

失望し、死にたかった」


沙華のその言葉は、鈴蘭に強い衝撃を与えた。


鈴蘭は沙華が強い人間だと思っていた。

鈴蘭は沙華が賢い少女だと思っていた。


けれどそんな彼女が、こんなにも弱々しい言葉を吐いている。

そして、



「――けれど、死に損なったことで、鈴蘭と短い間だけど

一緒に過ごすことができた。――ありがとう」



自分に向けられる感謝の言葉にも、鈴蘭は我が耳を疑った。


私は感謝されるようなことはしてない。

それに、その言い方はまるで、別れの言葉のようだ。


唖然とする鈴蘭の前で、沙華は宝杖を地面に突き立てて

よろよろと立ち上がった。

その様子を形容するに、懸命という以外の言葉はなかった。

超然としている、という鈴蘭が沙華に持っていた印象に

反する、とても沙華には似つかわしくない様子だった。



『――なぜ、立つのですか?』



精霊が沙華に問うその声には、先ほどまであった沙華への

敵意はなく、心打たれたかのような色があった。

マリアもまた一変した沙華に戸惑っているようだった。



「友達を護るために」



そう答える様子もまた、沙華には似つかわしくない

直向きさがあった。

マリアは気圧されたように一瞬黙った。

しかし動揺を隠すように問い掛ける。


『貴女にそれができるのですか? 傲慢の火焔よ。

貴女が身命を賭せば妾を凌駕できるのかもしれない。

けれども、貴女は滅亡の炎。

決して誰かを護ることなどできはしない』


「それでも――やるよ。

鈴蘭が私を護るために、かっこいいところ

みせてくれたんだもん。

私も、これ以上無様を晒せない。

ううん。私なんて徹頭徹尾無知で無力で無様な存在だけど、

それでも、もう燻ってるところなんて見せたくないから」


沙華は再び魔力を練り上げ始める。

油のようにこぼれた魔力が、炎となって立ち上る。

陽炎のような熱の揺らめきに包まれながら、

沙華は背中越しに振り向いて鈴蘭に言った。



「さあ、逃げて、鈴蘭。

なるべく遠くに。滅びる世界の中で一日でも長く生きて」



―― 一日でも長く生きて。



まるで愛の言葉。

無自覚なその熱情は鈴蘭の胸を深くえぐり、涙で

彼女の頬を濡らす。


胸の痛みは鈴蘭を突き動かし、立てないはずの身体を

立たせた。



「バカ――!」



「わ――」



立ち上がったはいいものの、そのまま姿勢を維持する

ことはできずに鈴蘭は沙華に倒れかかった。

沙華も片足で鈴蘭を支えることは能わず、ふたりは

縺れあうようにまた地べたに倒れた。

しかし倒れながらも鈴蘭は沙華の襟首をつかみ、

噛みつくように彼女を引き寄せた。



「これで終わりみたいに言わないで!

これで終わりだなんて……許さない! 許さないんだから!」



「許さないって……どうして? どうして

許してくれないの?」


「だって……だって、あなたには生きて欲しいから!」


「生きる……私が世界に滅びをもたらすとしても?」


「それでも、良い!

あなたが生きるためなら、この世界が滅んだっていい!

世界が今のまま存在するために、あなたが死ななければ

ならないなんて、私は許さない!」


「そんなに、私に生きて欲しいの? どうして?」


「それは――それは――!」



――鈴蘭の言葉は、口に閊えて出てこなかった。



――面白い、と、鈴蘭の中に響いた「声」がそれを遮ったから。



砂の地面に描かれた魔方陣と沙華の身体が眩く輝き始める。



『これは、まさか――!?』


「……ああ、そうだったんだ」



吃驚する精霊と、何かを悟り呟きを漏らす沙華。


「なに? 何が起こっているの、沙華?」


「……ごめんね。鈴蘭」


沙華は唐突に謝った。とてもしおらしく、同時に

媚びるように。


「私、生きるよ。でもそのために、鈴蘭にも

一緒に来てほしい」


「……うん」


「一緒に来て、生きて、背負ってほしい。

滅びの宿命を。世界を滅ぼす大罪の――『絶滅』の烙印を」


「うん……いいよ」


「誓って、くれる?」


――誓え。


「いいよ……誓います」



その言葉を口にしたとき、目に見えない糸のような

ものが自らの存在そのものに絡みつくような感覚を

鈴蘭は覚えた。

それは決して「誓い」という言葉を喩えるだけの

感覚ではなかった。

形而上的ではあるが、確かな感覚。

明らかな運命の糸が、鈴蘭の魂に絡みつこうとしていた。


それは恐ろしい感覚でもあった。

"糸"につかまりきれば、もはや鈴蘭という命の行く先は

規定され、来たるべき結末へと運ばれることとなる。

すなわち、「運命」である。

それでも――誓え、と言うのならば、

誓いの対価に、運命の代償に、力を与えるというのならば、



「――誓うよ。沙華」



――良いだろう。


鈴蘭の認識の外側で響く声が肯定の意を示したとき、

魔方陣から溢れる光は正真正銘の「力」と変わった。


迸る光の中で強い浮遊感を感じた。

まるで世界が崩れ塗り替えられるような感覚。


時の奔流を感じさせる力場の中で、鈴蘭は自らが

選んだ運命――その対象となる少女を抱き寄せ、

唇を重ねた。



「ん……!」



『――させません!』



マリアが力の流れを裂く様に腕を振るった。

だが、それは木の枝のようなものに阻まれた。

否、それは木の枝そのものだった。



『これは――!!』



憤激の叫びをあげる精霊。

沙華はその「枝」の正体を知っていた。


だから、沙華はそれを呼ぶ。

鈴蘭に唇を塞がれたまま、二人ではじめる滅びの

言葉を紡ぐ。








"ayin - 烙園の盟約に従い来たれ太古の蛇"









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