17
塩の光を前に沙華は膝を屈したまま身動ぎしなかった。
その時彼女の胸にあったのは諦めか、はたまた
満足のようなものだったのかもしれない。
とにかく、彼女はその瞬間、自らの滅亡を肯定していた。
けれども、突如現れた半透明の盾が沙華の滅亡を否定した。
鈴蘭があらん限りの魔力を注ぎ込んで作った、
圧縮空気の盾だった。
「剣の騎士が一撃で……。
さて、私が燃え尽きるまであと何分かな……」
沙華とマリアの間に立ちふさがる、鈴蘭。
その横で、剣の騎士のアルカナが風に解けて消えていく。
沙華はアルカナを燃やしてしまっていたが、アルカナとは
魔力を蓄えるバッテリーのようなものだから、使っても
消滅したりしない。
ただし、使用者がアルカナの限界を超えた力を出そうとした
ときはその限りではない。
鈴蘭は自らの限界を超えた魔力を操った。
その代償はアルカナの消滅であり、更には鈴蘭自身の身にも、
強い疲労感として返ってきた。
普段よりも重くなる身体。
しかし限界に挑むという心意気と、友を守る気持ちが、
重くなった身体の分をはるかに上回って鈴蘭を奮い立たせる。
『……退きなさい、騎士の娘。
その赤い娘ならともかく、貴女では妾という精霊に対抗する
には弱すぎる。
貴女の刃では妾に一切の傷をつけることはできません。
聖母の名を持つ精霊として、貴女がすぐ退くなら慈悲を与えましょう』
その言葉にも強制力が負荷されていた。
逃げたくなる。
だが――逃げない。
「退いて、鈴蘭。
ついてきてもらって嬉しかったけど、
あなたには死んでほしくない……」
なんと沙華がそんな言葉を口にした。
それだけで鈴蘭の心は満たされる。
精霊というこの恐ろしい存在に刃向かった価値があった。
けれども、
「――私だって、あなたに死んでほしくない!」
けれども、鈴蘭の戦いはまだ始まってはいない。
「私も沙華が死ぬのは嫌。だから逃げない。
私はあなたを見届けると決めんだから!」
『見届ける? 世界を滅ぼすという罪深き、
そして人の身に余る叶うべからざる願望のために、
貴女はその小さな命を賭けるというのですか?』
「馬鹿にしないで!
私が賭けるのは命じゃない。想いよ!
友達を護りたいって想い、
この絶望の世界を打ち壊したいって想い――」
鈴蘭は精霊を睨み付ける。
大いなる存在の視線を受けても、もう怯みはしない。
「この世界は、あなたたちは、それを理解しない!
人の想いも知らず、あなたたちが斯く在れかしと決めた
ことを人に押し付ける!
なら、私たちも私たちの想いを、罷り通す!!」
『愚かな――烙園の子らよ、身の程を知りなさい!』
塩の光が降りそそぐ。
それは退廃の町を滅ぼした「神」の怒り。
――豪、と風が叫んだ。
天の怒りに抗うように、地を走る風が叫ぶ。
その場を支配していた沙華とマリアの魔力を吹き払い、
鈴蘭の魔力が迸る。
「我は呼ぶ、剣の王、王の剣――」
剣の王のアルカナを切る。
最強のアルカナを使い、鈴蘭は自らが操れる最大の
規模の魔術の構成を始めた。
構築し、顕現させるイメージは王にふさわしき剣。
かつて北欧と呼ばれた地で語られていた、
「怒り」の名を持つ剣を鈴蘭は呼ぶ!
「其は真の王のみが振るうことを許す、気高き剣。
砕かれてもなお蘇り、竜をも屠る。
その鋭さは流水のなかで触れるものすべてを切り、
その鋭さは風のなかで悪意を持つ者を両断する。
今、友の力となるために、我は其を抜く。
世界を支配する風につれられて来たれ! ――王剣グラム!」
目の前に落ちた剣の王のアルカナをめがけて、
鈴蘭は風刃を重ねあわせるように突き刺す。
その瞬間、風が砕けた。
巻き起こる風は双刃を砕き、飲みこんだ。
渦巻く風は光すらも飲み、黒い竜のように天へと伸びた。
その竜巻へ、鈴蘭は手を伸ばす。
竜巻に触れて肌が裂けるが、彼女は迷わず風に手を突き入れ、
風が孕んでいた剣を抜いて頭上に振り上げた。
『竜を討つ聖剣ですか。
はたして、その名がどれほどの威力を持ちますか?』
「はああぁぁぁ!」
大上段から振り下ろした刃は、
大気の断層のような衝撃を持ってマリアの腕と激突する。
その撃ち合いでの威力は互角。
しかしマリアの武器は金色の巨腕だけではない。
触れたものを塩と化す閃光も鈴蘭に襲いかかる。
「――!」
疾風怒濤の推進力を持って鈴蘭はそれを回避した。
そのまま空へと舞い上がり、
立体的な機動で巨人を攻め立てた。
『――勇猛果敢。
ならば、望み通り撃ちあいをしてあげましょう』
精霊の腕から極太の光が鈴蘭の正面に放たれる。
沙華の魔術と違って、鈴蘭の剣には光の柱を相殺する
ほどの威力はない。
しかし、
「光なら、大気で減衰、屈折する!」
剣の一振りで衝撃波を発生させる。
衝撃波という空気の不連続面で、鈴蘭の狙い通り
光は大きく減衰し、歪んだ。
――しかしそんな応酬も長くは持たなかった。
やがて鈴蘭の魔術が緩んだ瞬間に、
精霊の攻撃に耐え切れなくなった風の聖剣は崩壊し、砕けた。
『貴女の神話の通りでしたね』
「……!」
剣が砕けた鈴蘭は為す術なく、
マリアの攻撃を辛うじて防ぎながらも吹き飛ばされた。




