表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

15

『……貴女はどうなのですか? 赤い娘よ』



精霊の金色の躯は呼吸しないが、嘆息するような間を

作ってからマリアは沙華に問いかけた。

赤い娘――髪が赤いから?

ずいぶん適当な呼び方だと思ったが、何となく、それだけに

留まらない意味があるようにも何故か感じた。


「沙華……」


彼女は鈴蘭の隣で、

ただ黙ったまま、精霊を睨めつけていた。


『不遜、ですね、赤い娘よ』


「……私があんたに敬意を払う必要はない」


『……』


怒りではないが、

強い威圧がマリアから発せられる。


鈴蘭はいよいよ強張って呼吸するのも辛くなって

きたが、沙華は傲然とそれに対立していた。

そう、彼女ははじめにマリアに問われた時も、その強制力を

跳ねのけてだんまりを貫いていたのだ。

鈴蘭とは桁違いの精神力。

それをもって沙華は精霊と対峙していた。



『――貴女の望みは』



そして、何度も重ねて問われ、ようやく告げる

彼女の言葉は、



「世界を滅ぼすこと」



――金色が閃いた。


唐突に繰り出された巨体による攻撃を、

沙華は俊敏な動作でかわした。


――いきなり攻撃してきた!?


重ねて威圧してきたが鈴蘭には攻撃してこなかった

マリアが、沙華に対しては問答無用で攻撃を開始した。


金色の閃光は沙華が立っていたところを焼いただけだった。

鈴蘭は避けなくても当たらなかった。狙われていなかった。


しかし、鈴蘭は身動きできなかった。

剣を構えていたというのに、蛇に睨まれた蛙のように

動くことができなかった。


ここからの戦いは沙華と精霊だけのもの。

初めからそうだったのだと、鈴蘭は知った。



『貴女からは危険な気配がします』


「だから、いきなり攻撃してきたってこと?」


沙華は嘲るように言った。


『元々、妾はここを守護するものです。

不用意に立ち寄る者がいるなら排除する。

――娘よ、

命が惜しければ今すぐこの場から去りなさい。

もはや貴女と話すことはない』


「そう。なら、話は止めにしよう。その代り、

精霊、おまえの力を寄越せ」


『――!』



マリアに大量の魔力が集まり始める。

彼女たちの足元にある魔法陣が輝きだし、

魔力が動くことによる風で巻き上がった砂が、

その場をもうもうと煙らせる。


沙華ははじめから戦うつもりだったんだ。


精霊の力が渦巻く場において、雄々しいほどに動じず

佇む彼女の姿を見て鈴蘭は思う。

鈴蘭もマリアに対して刃を見せた。

けれどもそれは追い詰められたからだ。

沙華は違う。はじめから、きっとここに来る前から、

精霊に会い話が通じなければ、その力と知識を力づくで

奪う気でいた。



「鈴蘭、大丈夫?」


「……う、うん」



鈴蘭は自分でも肯定か否定なのかわからない返事をした。



「私、戦うから――鈴蘭は下がってて」


――私も沙華と戦いたい。


戦うつもりだった。

だが――精霊という超人的な存在を前に、鈴蘭の精神は

既に限界に近かった。


「沙華は、怖くないの……?」


「……さあ?」


とぼけるというよりも、自分では判断できない

といった様子で返事をする沙華。

武器である宝杖をくるくると回す様だけ見るなら

緊張など微塵も感じていないと言えるだろうが。



「人が恐怖するのは、死を怖れるから。

私は、死を怖いと感じない。

だから怖くないのかも。


「……どうして?」


「私は、世界を滅ぼすから。

世界を滅ぼしたいと思うからには、

自分の滅亡など怖れるべくもない」



――理解できない。


やっぱり、理解できない。

世界を滅ぼしたいという彼女を理解したつもりになっていた。

だけど、そのためならば自らの滅亡も怖れないという彼女を

鈴蘭はまたもや理解できなくなっていた。


そっと沙華が鈴蘭の肩を押し、

鈴蘭はそのまま後ろに下がってしまう。


沙華が魔力を練り上げ始める。

はじめて見る彼女が魔力を使う姿。

はじめて感じる彼女の魔力。

その力は今まで鈴蘭が見てきたどんな人間よりも強力で

あるように感じられたが、しかし彼女の背中はいつもと変わらない、

孤高で敏捷な獣のようだけど、小さな少女の背中だった。


なのに、自分はその背中を見ることしかできない。

何が自分と彼女の違いなのか理解できない。



「……だめ」



追い縋るように鈴蘭は彼女に呼びかける。


「行かないで……」


「――どうして?」


「だって……死んじゃうよ?」


「……かもね」


ああ、こんな言葉では彼女を止められない。

行ってしまう。

鈴蘭の目前が絶望に閉ざされそうになる。

しかし、意外にも沙華は振り返って鈴蘭を見て

問いかけるのだった。


「ねえ、鈴蘭。

私、こういうふうには聞かなかったね。

……私が世界を滅ぼすとしたら、あなたは止める?」


――肯定はできない。

世界を滅ぼすこと。

それは人を殺すことだから。

違う。殺すだけではない。

遍くすべてが存在してきた意味すらも破壊する行為。

そんな大罪は背負いきれるものではない。

償うことなど不可能。

許される、許されざるに関わらず、絶対に犯しては

ならない罪なのだ。


けれど、


「あなたがそうすべきと思ったなら、私は止めない」


「……どうして?」


「だって、私は知っているから。

沙華がこれまでに十分に悩んで、考えてきたってこと。

私は……信じているから」



今、鈴蘭に戦うことはできない。

単純に力が及ばないし、それ以前に、今から始まる

戦いについて考えが足りなさすぎる。

衝動的に刃を振り翳してもそれは殺し合いにしかならないし、

精霊という超越的な存在に対しては、単なる自殺行為だ。

だから、鈴蘭は沙華を見守ることしかできない。

共に戦うことも、止めることも鈴蘭には能わない。

無力で惨めさ極まりない状態。


しかし鈴蘭はそれでも良いと思った。

なぜなら、沙華を信じているから。

信じた彼女がもたらす結果なら、どのような結果でも受け入れられる。



「……私はそんな大層な人間じゃないよ」



沙華は苦笑いしながら言った。


「馬鹿だし、短気だし、乱暴だけど……、でも」




「ありがとう」




その瞬間、狂気と憎悪の灼熱が完全に解放された。

それはかつて一人の少女の世界を破壊した劫火。

そして今からすべての世界を滅ぼそうと猛る竜の火焔。







――彼女の煉獄が蘇る。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ