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ま、いいや、と砂の線をなぞっていた沙華は
砂をほろいながら立ち上がって言った。
「遺物はあんまり残ってないだろうし、あとでゆっくり
探すとして、今はここに来た目的を果たそう」
あとでやるつもりなのか、と鈴蘭は心のなかで呟いた。
口には出さなかった。面倒なことになりそうな気がしたから。
「鈴蘭、魔法陣の起動をお願い」
「――わかった」
魔法陣の中心は、砂漠の中心のようだった。
そこまで歩くと、全方位は完全に砂の海の
水平線――砂平線?
それより上は、見たことがないくらいに大きく、
砂金のように輝く砂に飾られた空。
そして――太陽。
もはやドラマチックなほどの熱気と乾燥。
猛々しい力の溢れる大気の中で、鈴蘭は風刃双剣を抜き、
胸の前で柄を突き合わせるようにして水平に構えた。
「剣の女王、
閉ざされたものを切り裂き、失われた時を我が前に示せ」
鈴蘭の腰のアルカナフォルダから一枚のアルカナが落ち、
構えた剣の間まで飛んで来て輝きはじめる。
――剣の女王。
数札ではないアルカナには、
特殊な力と、それに見合うだけの量の魔力が込められている。
数札よりも使用後の充填期間が長いため使いどころを選ばな
ければならないが、鈴蘭は今がその時と判断した。
風が逆巻きながら、
脈打つように、二人を中心に広がる。
巻き上げられた砂が空に舞い、
光を反射して大気を黄金に覆い尽くす。
しかしそれでは魔法陣が埋もれてしまうと思えたが、
陣の線の上を走るように風が走り、
魔法陣はむしろ形を明らかにし、
さらには魔力の光も走り魔方陣は姿を明確にした。
「かつてこの地を覆いし星の風よ、
剣の風に応じて再び吹け。
我が風に応えて再び目覚めよ――!」
――その瞬間は唐突だった。
頭上が翳った。
沙華が鈴蘭の腕を引き、
魔術による推進力で魔法陣の中央から離脱した。
"9th - Fire Wall!"
術者の前方に衝撃を与える攻性結界。
沙華が放つ魔術と、
魔法陣の中央に落ちた「もの」から発せられた衝撃が激突する。
「隕石――!?」
「これは多分、過去の再現。
本体が、来る」
太陽が隠れるぐらいに大量の砂が巻き上げられる。
そして砂のヴェールの向こうに、
巨大な人のような姿が浮かび上がる。
「これが――精霊?」
それは巨大な人型。
金属製の人形というのが簡潔な表現だった。
その金属のような身体を構成する物質は、
とても滑らかな、金色に輝きを持っていて、
芸術品のように美しかった。
武装は特に見当たらないが、
卵型の頭部の上に浮かぶ光る円環から
膨大な魔力を感じる。
鋭く尖った腕、あるいは足も、
十分な脅威になるだろうことが見て取れた。
そして――蛋白石のような白銀の、
巨人の瞳、煌いて。
『妾はマリア。
<王冠>よりいでて<美>へと至る者なり』
――その声は魂に響く。
『烙園の子らよ。
なにゆえセフィラにアクセスしましたか?
答えなさい。
貴方達は樹に何を求めますか?』
――なにも考えていない。
――自分としては、何も。
そう言いたかったが、
魂に直接届けられる声は、
人間の鈴蘭に、絶対者の命令として届き、
思考が引きずり出される。
言葉が引きずり出される。
「私は――知りたい。
どうしてこの世界は杜に押しつぶされるのか」
『なぜ知りたいのですか?』
「杜があれば人は戦わなければならない。
杜を理由として人どおしが傷つけあることもある。
どうしてそんなものがこの世界には存在するの?」
沙華と同じ「知りたい」という想い。
だが鈴蘭のそれは何故戦わなければならないかを
問うものだった。
平和への願いにも似た問いに、精霊は淡々と答える。
『護りたいという思いがあるからです』
「護る? 杜が私たちを護っているというの?」
『詳しいことは妾から貴女に語ることはできません。
貴女にはその権限がありません』
――聞いておいて、答えてくれない。
悔しさを堪えて手に力を入れたとき、自分が双剣を
抜いたままであることに気付いた。
自分が戦いに臨む態勢であることに気付いた。
「あなたは……なんなの?」
相手の――敵の、名を聞く。
「私は鈴蘭。南方面隊所属、階級は一曹。
風属魔術と颶風双刃の使い手」
『勇ましきこと――さながら、風の騎士。
妾はギーメルの守護霊、マリア』
マリアという名は最初に聞いたが。
「守護霊? ギーメル?
あなたは何かを護っているということ?」
『ギーメルとはセフィロトの一葉。
世界に張り巡らされたレイラインの中でも、
最上級に重要なパスのひとつを妾は護っています』
「レイライン……」
それはアストラル・エネルギーの流れのこと。
人間は魔術としてアストラル・エネルギを使うが、
そうでなくても生命という超自然的な根源において、
アストラル・エネルギーは世界に作用している。
よってレイラインは生命の循環を司り、
それを護るということは、世界を護ることに等しく。
「――神様ってこと、なの?」
『妾に神を求めますか』
威圧するような響きだった。
鈴蘭の身体が強張る。
はじめに攻撃された気もするが、こうして話している
うちは攻撃してこないし、話をしようという姿勢には
この精霊なりの慈悲のようなものを感じる。
慈悲と威厳。
それは相手を神と思わせるに十分だが。
『妾は神ではありません。
せいぜいが守護霊。もしくは貴女方人間は
妾たちのことを精霊と呼びますが、その程度の存在』
「でも、力と……知ってることがあるんだよね?」
縋るように、そして相手を推し量るように鈴蘭は言った。
『そうだとして、どうしますか?
――今の貴女には妾の持つものを与えることはできない』
「もらうためには――」
『貴女の権限を、妾に示しなさい』
暴風のような波動が鈴蘭たちを襲った。
マリアが力の制限を解放し始めたのだ。
戦えるように。
しかし、まだ戦っていない。
それにも関わらず、マリアが臨戦態勢に入った
だけで吹き飛ばされそうな威圧を感じる。
これが、精霊。
『怯えるのならば、引きなさい、娘よ』
身構えつつも立ち竦む鈴蘭に対し、マリアは脅し
ではなく慈悲を込めるような声音で言った。
『人にとって世界はいつだって理不尽なものです。
しかしそれは世界のせいではなく、
人自らの行いによってそうなるのです。
それを力で正せると思っているのですか?
笑止。
騎士の娘よ、貴女は剣を握るのではなく、
夫の手を握り、子供を産んで育てなさい。
貴女がたは未だに愚かですが、
その子らを善く育てれば、
いつかきっと御国に辿り着くでしょう』
子供?
馬鹿にするなと鈴蘭は胸の中で毒づいた。
「……力でどうにかしたいわけじゃない。
だけど、私たちが生き残るためには力を振るう必要が
ある。
神様も、精霊も、誰も助けてくれないから。
だったら私は私と、私の友達を救うための力が欲しい!」
精霊に向かって思いを訴えながら、
鈴蘭は友達のこと、友達が叫んだことを思い出した。
――私のすべてを焼いたように、世界を焼きつくせ。




