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神話とは、現存しない、過去には存在したと言われる
何ものかを語ったもの。
かつての世界においては「精霊」がそれに含まれていた。
現在の世界においても精霊はいくつかの学説に登場するが、
一般的には神話の中に存在している。
そして、旧世界では神話ではなかったが、
現世界には神話となったものが、今、
二人の少女の目の前にあった。
乾いた風。
金色に煙る空。
それでも降り注ぐ光は強く、
熱射に灼かれてなおも乾いていく、砂。
砂。
砂。
砂。
砂の海。
風に起伏しながら彼方まで広がる砂の海。
砂漠。
かつての世界が滅ぶ間際には地上の半分は砂漠化していた
とすら言われるが、今の世界には緑の海はあれども
砂の海はない。あるはずがない。
なぜなら――
「植物の力が強すぎて、どんな技術や魔術を使っても、
植物が完全に存在しない場所を維持できないんだっけ?」
「うん。
研究室レベルでは砂の庭園を作ることができるけど、
広域でそれを維持することは不可能」
現在の世界において、草木がまったく存在しない場所を
作るというのはとても大変なことである。
少しでも土があれば杜の木ではないにしろ、
何らかの草が生えるような力が世界には満ちている。
草木がないのは水か石の上ぐらいである。
そのような世界の法則に逆らい、土や砂の上に草木が
まったくない状態を作り出すためには尋常ではない量の
エネルギーを要する。
逆に考えればこの目の前の砂漠には、それだけの
エネルギーを発生させ、この場を支配する存在が
あるということを示しているのだった。
「わ、足が沈み込む」
「砂が目に当たって痛い……」
「風を制御したらどうかな……。
――うん。これなら。けれど……熱いね」
「熱いのは……別に」
「えー」
話にも聞いたことのない初めての砂漠を歩く。
砂漠に少しはしゃいでいる。
しかしそれぞれの心の片隅には、この砂漠を作り出した
強力な存在への興味と恐怖が確かに兆している。
――もし戦うことになったら。
ちょっとやりずらいかもしれない、と鈴蘭は考えた。
木々の根どころか草や苔すらない砂の地面は、
不安定で頼りない。
何年も杜で戦ってきた鈴蘭には慣れない戦場と
なりそうだった。
「……」
沙華は顔を上げ、風の音に耳を傾ける。
大気に草木の息吹はなく、ただ乾いている。
ひたすらに乾いている。
風の中に聞こえる音は、砂が流れる音。
葉擦れの音や、鳥の鳴き声は一切聞こえない。
静かだった。
「生き物はいないのかな」
「鈴蘭が風で探索できないならいないんじゃないの?」
「……うん。いないよ」
生命の絶えた地。
死の大地。
とにかく、歩いているとくらくらしてくる。
水筒の水を思わず半分ぐらい飲んでしまってから、
これはまずいと気付く。
「熱い、ね」
「さっきも言ってた」
「だって熱いし! 沙華はやっぱり熱くないの?」
「……熱い」
吸い込む大気が熱い。
踏みしめる地面が熱い。
そしてなにより、日射が熱い。
日射に関しても、こういう状況には慣れていないことを
鈴蘭は自覚した。
なにしろ、杜に囲まれた世界で日射に灼かれることは
滅多にないことだ。
央都では常に一切の樹木が伐採されているので、
直射日光があり、広い空を見ることがある。
それは現在の世界においてはとても貴重なことかも
しれなかったが、今こうして遮蔽物のない状況下で
無防備に日射に灼かれていると、だんだん央都の環境すらも
疎ましいものに思えてきた。
「梅雨時とかは、本当に太陽が欲しくなるのにね」
旧世界においても「梅雨」は疎ましいものだったらしいが、
それは現代においても同じだった。
「私は魔術で乾燥させるから」
「え、ずるい。
ていうか、暴走させそうだから使わないんじゃないの?」
「可能な限り使いたくない。けれど、梅雨時の湿気に
対策することは何事にも勝る最重要課題だから」
「そんなことが……いや、確かにそうだけどさ」
軍人であるからには淑女のような可憐な生活は送れていないが、
それでも可能な限り清潔で美しくいたいものであり、梅雨の
湿気はその天敵だった。
とはいえ、沙華もまたそういうことを気にするということは
意外でもあり、可愛らしい一面も持っているのだと確認できる
ところでもあった。
そんな軽口を叩きながら1時間ほど歩いた。
不意に、鈴蘭は足元に魔力の気配を感じた。
見るとそこには、風が描いたとは思えない不自然な
模様があることに気付いた。
「……魔法陣?」
わずかに砂に刻まれた軌跡。
それにそって流れる、明らかに制御された魔力。
その魔力のお陰で、砂に書かれた線も消えずに残っている。
「私達の知る魔学のものとは違う。
……ミステリーサークル?」
「ミステリーサークル?」
「知らないの?」
沙華に意外そうな顔をされてしまう。
「え、普通知ってるのものなの、それ?」
「さあ……考古学の範囲だけど」
「考古学とか……、
学校の先生とか研究者になるような人しか知らないじゃない。
沙華は勉強したの? もしかして大学行ってた?」
「ううん。お父さんから話を聞いたり、本を読んだりした」
――お父さん。
沙華は何気なくその言葉を口にするが、
その人に襲いかかった運命を思うと、
あまり楽しい気分にはなれない。
けれど沙華はそんな気持ちとはやはり無縁のようで、
むしろどこか楽しそうに魔法陣のカタチを目で追っているから、
鈴蘭も気持ちを切り替えて話をすることにした。
「……で、これはどういうものなの?
普通の魔法陣ではないってことよね?」
「そうだね……、
地球外生命体、星霊と呼ばれる存在によって描かれたり、
もしくはそれらのために描かれた魔法陣だよ。
自然発生したミステリーサークルは、勝手に消えちゃう時が
あるから、人が大地のあちこちにいた時には薄いミステリーサークルの
上に石をおいたりして補強していたみたいだけど」
「へ……へえー……」
「世界中にあったミステリーサークルについて知りたい?」
「知ってるの!? いや、今はいいよ」
「そう」
なんだか心なしか沙華の目がキラキラしている。
そういえば本が好きとか言ってたしなぁ。
しかし、鈴蘭は考古学など勉強していないし、興味もないのだ。
歴史よりは方程式に興味がある。
あ、でもこのミステリーサークルとやらは特殊な模様だし、
特殊な関数によって描かれる曲線というなら話を聞いてみても
良いかもしれない……。
「やっぱり好きなんだ? そういうの」
「長いスパンで見れば、人間も面白いものをいろいろ残してる」
その言い方は、裏返せば、短期間で見ると人間は愚かすぎると
言いたいのか。
「私、そもそも歴史とか古典とかは苦手なんだけど……。
理数系とかは? やってない?」
「……微分方程式が理解できない」
「初歩ね……。じゃあ、物理学とかからっきし?」
「力任せで」
「あなた、歴史を語るときに力を使わないでしょうに」




