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「本当に、世界を滅ぼしたいの?」



鈴蘭は問うた。

杜の中を歩きながら。


今日も歩いている。

目的は精霊に会うため。


精霊に会う目的は?


その問いの答えは、昨日は得られなかった。

代わりに彼女が精霊にあったという話と、

彼女が世界を滅ぼしたいという話を聞いた。

彼女は世界を滅ぼすことができるとも言った。


今朝見た夢の光景が今もなお鮮明に思い出せる。


逆巻く炎の中で世界を呪っていた少女。

まるで聞いた話を追体験するような不思議な、

不可解な体験。

所詮は夢なのだから真に受けることも

おかしいが、でも――ああ、もしそうだとしたら

鈴蘭は向き合わなければならない。

鈴蘭は向き合いたいと思う。


だって彼女のことが――だから。



「……そうだね」



答える沙華の様子は、いつもよりも僅かに

感情的で、決然としていた。


立ち止まり、互いに互いの眼を見る。

人の世界の気配が滅びたように静かな杜の

中で、少女たちは滅びについて語り合い始める。



「……鈴蘭は、世界を滅ぼしたくない?

……そうだろうけど」


「……私には、わからないわ。

世界を滅ぼすな、人を殺すななんて言うのは簡単だけど、

沙華が考えているのはそういう……次元、ではないでしょ?

だったら、私が世界を滅ぼしたくないなんて、

そう言うことになんの意味があるのかな」


だから、鈴蘭は問う。


「教えてくれる?

どうして、世界を滅ぼしたいのか」


そう問うたとき、沙華の視線から感じる力の

ようなものが一層強くなったように感じた。


紫の瞳。


冷たく淀んだ炎。

世界を殺す猛毒のようだと、鈴蘭は意識させられた。


「この世界が、私は嫌い」


「嫌いって? ――ううん、

そもそも、あなたの言う"世界"って?」


「人間が生きてる世界」


「じゃあ、杜を憎んでいるわけではないの?」


「杜も憎い。

けれど、それ以上に、杜に脅かされ続けて、

なおも弱く、愚かな人間が嫌いなの」


そこで沙華は黙りこむが、

鈴蘭が促すと、彼女は続けた。


怒りを押し殺したような声で。


「私の住んでいた世界は杜に滅ぼされたかもしれないけど、

人間にも滅ぼされている。

――大多数を助けるために、少数を犠牲にするということ。

それが、私の言う人間の弱さと愚かさ」


「……」


人間にも滅ぼされたとは、杜の侵攻を食い止めるために

完全に人が逃げ切っていない村に大量破壊兵器を

投入したことを言っているのだろうと、鈴蘭は解釈した。

しかし、それと同時に――


「誰かを、何かを犠牲にしながら、その犠牲をやめようと

言って、でもそれが止められたことなんて少ない。

誰かが犠牲を止めたとしても、

誰かは必ず、変わらず、犠牲にし続ける」


――かつてのように大量破壊兵器を使用することは、人の

世界の仕組みの一部として規定されていることであり、

そのような世界そのものが、その中に内包されていたはずの

沙華の小さくささやかで平和な世界を押しつぶしたのだと、

鈴蘭は理解する。


どうして理解できる?


だって、夢を見たから。



「あの水の大尉もそうだったけど、

今だって、人類は世界の中で生きる生物だとという考えで、

杜を一方的に犠牲にするような世界はやめよう、

共存するべきだと言う人間がいる。

でも、それは……甘え。

人の弱さ。そのくせ、自分で決めた義務を果たせない」


「自分で決めた義務を人は自分で果たせないけど、

身分の高い人間は、それを他者に押し付けることで

義務を果たさせようとする。

そういった者達に従うしか選択肢がない弱い人間に。

――私は、それを認めない。

強いる人間も、

耐えている人間も、

そういった義務が生じてしまう環境、世界も、

全部……全部、煉獄の洗礼を受ければいい」



そうして、呪う。

そうして、願う。

あなたは、煉獄の訪れを、希う。

かつてあなたの世界を飲み込んだような煉獄を。

一心不乱の煉獄を。



「……だから、沙華は精霊に会うの?」



それは鈴蘭の推測にしか過ぎない。

そして沙華は首を横に振り、その推測が外れていると

示した。


「ううん。……ああ、そうなんだ」


呟くようなその言葉は、まるで鈴蘭に問われたことで

沙華も自分の気持ちの一面に気づけたと物語るようだった。


「私は知りたい。

本当にいるなら……私は聞きたい。

――どうして、こんなにも世界は未熟で、脆弱なのか」


「それを知る為に精霊に会うの?」


「うん。だって私は知らないから」


知らないと、彼女は言う。

この世界がどうして未熟なのかを。


沙華はこの世界を滅ぼしたいという。

けれども滅ぼすべきだとは言っていない。

なぜなら、彼女は知らないからだ。

知らないことを知っているからだ。



「――わかったよ」



そんな沙華だからこそ、鈴蘭は決断できた。


「行こう、精霊に会いに」


迷いを捨て去った鈴蘭の様子に、逆に沙華が

驚嘆したように目をしばたたかせた。


「いいの?」


「いいよ。だって……」


――何だろう?

咄嗟に言葉が出てこなくて、探す間を持たせるように

彼女の眼を見た時、どきん、と胸が高鳴った。

その高鳴りは痛いほどに強くて、鈴蘭は思わず

胸を手で押さえた。


ああ、だって何を言うことができるだろうか。


聡明で、優しく、身も心も強い彼女のような存在を

前に、鈴蘭の言葉などちっぽけで、それでいて

語ろうとするならば、それが無為だと知っていても、

千の言葉尽くして語りたくなってしまう。


だから――言えるのはたった一言だけ。



「行こう」



手を握りたくなったが、そうしても自分が抑えられなく

なりそうでやめた。

火照り始めた顔を隠すように向けた背中に、彼女の

言葉が届いた。


「――ありがとう」



いや、もう、その、だめだって……!



悶絶したくなる身体を抑えるように、鈴蘭は足早に

歩き始める。

そんな鈴蘭を怪訝に思いながらも、健脚な沙華も

また足早に歩く。


せかせかと杜の中を歩く少女たちの進行は早く、



――目的地はすぐそこだった。



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