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魔術師の誓約【後編】


 カリカリカリカリ……。


(……なんのおとかな?)


 カリカリカリカリ……。


(なんかたべてるおと?……えっ)


 がばっとディオルはベッドの上に起きあがる。

 昨日、食料を置いた卓子の上にいた奇妙な生き物と目があった。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


 二人……いや、一人と一匹が、凍りついたまま沈黙が流れる。


「あーっ、おれたちのしょくりょうっ」


 その奇妙な生き物はキャンディのガラス瓶を抱えるようにして座っており、その手には黄色のレモン味のキャンディを手にしていた。無論、被害にあったのはキャンディばかりではない。卓子の上は食い散らかされた跡がある。


「……ディオ、うるさいよ」


 こしこしと目をこすりながらユージーンが起き出す。


「だって、ジーン、このへんなのがおれたちのしょくりょうを……」

「へんなのって?」


 ディオルの指差した方向に視線をやる。

 そこには見たこともないような生き物がいた。

 金とも銀ともつかない金属色……手足の区別があるのかわからないが、一応それは二本ずつ。しっぽは長く、蝙蝠のような羽根がある。


(いや、こうもりのはねとはやっぱりちがうな。とはいっても、とりのはねともぜんぜんちがうけど……)


 ユージーンはじーっとその生き物を凝視する。

 生き物は、後ずさるようにじりっと後退した。

 いつのまにおきたのか、アルトがひょいっとその身体を抱き上げる。

 その身体は思ったより硬くはない。


「……おまえ、そんなにはらがへってたのか?」

「キュイッ」


 生き物がうなづいた。


「かんべんしてやろうぜ。まだ、ぜんぶはたべてないみたいだしさ」

「……まあ、くっちまったもん、だせっていってもしょうがねーしな」

「そうだね」


 ついでだから三人も朝食をとることにする。

 朝の日を入れようとカーテンをあけたが、窓の外に広がるのは一面の緑の葉だった。


「なるほど」


 ユージーンが何かを納得したようにうなづく。


「なるほどってなんだよ、ジーン」

「いや、まどからそとのけしきがみえたら、なんかいかわかるかなっておもったんだけどさ」


 まどのそとにはこんもりと葉が生い茂る枝が見えるだけ。この真理の塔は、世界樹と複雑に絡み合い構成されている建築物だったからそれもムリはない。


「でも、ほんとうはあさかわからないよね」


 夜とちがってランプは白い光をはなっていてまるで昼間のように明るい。


「いいじゃん、あさってことにしておけよ」


 三人はビスケットとチーズの食事をはじめる。


「おまえ、チーズくってみる?」


 ディオルは、アルトによって卓子の片隅にちょこんと座らされた奇妙な生き物に自分のチーズの塊を分け与えてみた。

 両手でその塊を受け取り、かじりつく様子はとてもかわいい。


「おっ、ビスケットもくうか?」

「のみものもいるよね」


 子供はおうおうにして小さな生き物が好きである。餌付けというのはやり方を間違えなければ、生き物と触れ合うには最適な手段だ。


「ほら、これジャムついてるとこあげるね」

「あわてなくてだいじょうぶだから」


 そんな様子で、三人と一匹はしごく友好的に食事を終えた。




 ◆◆◆◆◆◆◆




「……まだ、つかないのかよ」

「……うん」

「なあ、おまえ、でぐちまであんないするとかできねえのかよ」


 奇妙な生き物はアルトにより、「キュイ」と命名された。ただし本人の同意はない。キュイと呼んでも絶対に返事をしないからだ。


「キュ?」

「でぐちにいきたいんだよ」


 アルトの肩にとまったキュイは首を傾げた。


「……このきゅうでんにすんでたひとってさ、まいにちこんなにいっぱいかいだんのぼったりおりたりしてたのかな……」


 ディオルは溜息をこぼす。


「そんなわけないでしょ。だっていちばんうえまでのぼるだけでいちにちおわっちゃうよ」

「だよな」

「……じゃあ、どうしてたわけ?」


 ユージーンが、はっとしたように目を見開く。


「……どこかにいどうのまほうじんがあるはずだ」

「いどうのまほうじん?」

「そうだよ。なんできづかなかったんだろう。いどうのまほうじんがあるんだ」


 三人は立ち止まる。


「よし、キュイ、いどうのまほうじんをさがせ」


 勢いよく命令したものの、キュイは動かない。


「……やくにたたねえなぁ」


 そうは言いつつも、アルトの表情は柔らかい。ユージーンとディオルも笑っている。三人とも、キュイがいることで何となく元気が出ていた。

 ぱたぱたと駆け下りて、一番最初にたどり着いた踊り場から内部へと踏み込む。


「ここってさ、ねてたところといっしょ?」

「ううん。ちがうよ。ここは32だから。ねてたのは49だった」


 彼らは、一つ一つの部屋を片っ端から調べていこうとそれぞれ違う部屋の扉に手をかける。


「おまえ達は、誰?」


 不意に気配もなく、人の声がした。


「…………」

「…………」

「…………」


 三人は同時に振り向く。


 そこに、『彼女』がいた。


 光をはじく黒絹の髪は腰よりも長く、抜けるように白い肌はシミひとつない。

 唇は鮮やかな緋色、白絹の長衣に包まれたほっそりとした身体はどこもかしこも華奢で折れそうだ。


(……まるで人形みたいだ)


 生きて、動いているのが不思議なほどだった。

 美貌もここまでくるとある種の魔力になる。

 ユージーンの顔を見慣れているせいで、美形というものに耐性のあるディオルやアルトだったが、彼女のその容姿には見惚れずにはいられなかった。

 そして、三人は『魔術師』の年齢は見かけ通りではないという言葉をひしひしと噛み締めていた。

 彼らよりわずかに年上な……10歳前後の少女の姿でありながら、彼女からは静かで圧倒的な威圧感をひしひしと感じる。背筋がちりちりとし、肌が粟立っていた。これは学院のどの教師にも感じた事がないほど強大なプレッシャーだ。

 ゆっくりと少女の切れ長の瞳が、まるで観察するように三人を見る。


(……くろじゃないんだ……)


 その瞳が金を帯びた深い藍色をしていることにユージーンは気づいた。珍しい……いや、これまで見たことがないような色だった。


「リューン」


 鈴を振るったような涼やかな声が不思議な音を紡ぐ。


「あっ、キュイ……」


 アルトの肩にとまっていたキュイはふわりと飛び上がる。そして、音もなく彼女の右肩に着地した。着地した時には先ほどまでの奇妙な生き物の姿はない。同じ体色をもつ小鳥に姿を変えていた。

 それはまばたきするくらいのほんのわずかな間に起こった出来事だった。

その隣には磨かれた鋼のような光を帯びた漆黒の体色を持つ小鳥が同じようにちょこりと止まっている。

 少女は、指の腹で優しく小鳥の首を撫でた。小鳥は満足そうに小さくさえずりを返す。

 目の前で行われた鮮やかな変身に三人は目を奪われた。

 それは明らかに「魔術」だった。


(……あしがゆかについてない)


 そして、ユージーンは彼女が地に足をつけていないことに気づき、さらに驚きに目を見開いた。地面から5センチ程度のところに彼女の身体は浮いている。


「ういてる……」


 初級クラスでは決して教えてもらうことのない難しい術だった。

 物体と違って生物を浮かせるのは制御が難しい。ましてや自分の身体なんて尚更だ。おそらく中級から上級クラスの術になるだろう。


「……ああ……靴がどうしても片方見つからなかったのだ」


 手に下げた金糸銀糸の縫い取りもまばゆい片方だけの靴をユージーンに見せて、さほど気にする風もなく彼女は言った。


「すげえ、ねえちゃん、せんせいでもそんなにらくらくういてないぞ」


 アルトが素直な賞賛の声をあげる。


「それに、それ、どうやったの?さっき、へんな……ちっちゃなりゅうみたいないきものだったのに」


 ディオルの言葉に、少女はおや?というような表情をする。


「竜を知っているのか?」

「えほんでみた」


 まじまじと見つめられて、ディオルはまっすぐとその瞳を見返した。


「……おまえ、『ラディスエル』の血をひいてるな?」


 それは確認だった。


「……なんでわかったの?」

「私の知っているラディスエルの人間とよく似ている……」


 うっすらと口元に微笑が浮かぶ。

 小鳥が彼女の耳元で小さくさえずった。


「……そう」


 まるでその言葉がわかるかのように彼女はうなづく。そして三人に向き直って言った。


「このリューンが、そなた達には世話になったと言う。リューンの主人として、私のできる範囲でそなた達の願いを一つだけかなえよう」

「……一つだけ?」

「三人で一つ?」

「そう。三人で相談するが良い」


 それは命令することに慣れきった人間の口調だった。

 三人は顔を見合わせる。


「……かえりみちおしえてもらう?」

「え、そんなんじゃなくってもっともっとすごいおねがいしようぜ」

「すごいおねがいってなに?」

「えーと、あのうくまほうをおしえてもらうとか……」

「それならさ、ししょうになってもらおうよ。それでいっぱいまほうをおしえてもらうの」


 ディオルがにぱっと笑顔で言う。


「それいい。そうしようぜ。そうすればもうあいつらにもばかにされないし……」

「そうだね」


 ユージーンもうなづく。


「決まったのか?」


 自分の方に向き直る三人のちびっこを、おもしろそうな表情で少女は見た。


「うん」


 三人はめいめいにうなづく。そして声を揃えて言った。


「「「おれたちの、ししょうになってください」」」

 

 見事なまでにハモる。


「……師匠?」

「そう。おれたちをでしにしてほしいんだ。おれたち、まだちいさいからっていっつもみんなにじゃまにされてて、まだししょうがいないんだ」


 三人を代表したアルトが口を開く。


「……確か、師匠は15歳までに決まればいいはずだと思ったけれど?」

「スカウトされてきたこどもは、しょきゅうクラスでももうちゃんとししょうがいるんだよ。ししょうがいないのはおれたちくらいだよ」

「そうなのか?」


 三人は勢いよくうなづく。


「だからいっつもみんなにいじめられるんだ」

「そのくせ、ちいさいからひいきされてるとかいわれるし……」

「あいつら、じぶんができないことをおれたちができるからてしっとしてるんだぜ」


 口々に訴えかけるちびっこたちのその勢いに、少女は気圧された。よほど鬱屈していたのか、アルトとユージーンの勢いは留まる所を知らない。


「おれたちがまだちいさいのはしかたないでしょ。こればっかりは、どんなまほうつかいだってどうにもならないもん」

「そうだよ。からだだけせいちょうしたってなかみがともなわなきゃいみないんだって、しょくどうのおばちゃんがいってたしな」

「つまるところ、おれたちのほうがまりょくがつよいってことをねたんでるんだよ」

「ししょうがいれば、いじめられたりしないしさ」


 口を挟む隙がない。ただ唖然として2人を見下ろす。

 少女は、子供という生き物にまるで慣れていなかった。

 くいくいっと服の裾をひっぱられてそちらに目をやった。


「ししょうに、なってくれる?」


 ツリ目がちの大きな瞳を期待でいっぱいに見開いて、でも、どことなく不安そうな様子を隠し切れずに、ディオルが見上げていた。

 少女は小さく溜息を一つつく。


「利き手を……」


 ぱあっとちびっこ達は顔を明るくした。

 促がされて、それぞれ利き手である右をその白い手に重ねる。

 ぐにゃりと空間がねじまがった。


「あっ……」


 そこは彼らが塔にのぼりはじめたその入り口である大広間だった。


「しゅんかんいどうだ……」


 移動の魔方陣なしでそれを行うのはかなりの高位者だけだった。それも長ったらしい呪文も杖も必要としていない。


「ここは……」

「審理の間だ。魔術師は皆ここで誓いをたて、杖を得る」

「まじゅつしのちかい……」

「そう。誓約の文句は決まっている『我は青き闇の住人にならんと欲する者。世界の理を知らんと欲す者。その均衡の一部を受けんと欲する者。我が生、尽き果つるまで世界の律の一部となり、それを支えることを、天と地の狭間、夜と昼のあわい、刻の迷宮の果てに住まいし者に我が真名を捧げ誓約する』だ」

「さいごになまえをいうんでしょ?」

「そう。言ってごらん」


 その不思議な色の瞳に促がされて、三人は言われるままに、その力に溢れた言葉を口にのせた。

 流れていく言葉が光の粒子を放ち、天井に向かって吸い込まれていくのを感じる。

 ぴりぴりと震えている空気……三人が最後に各々の真名を告げたその瞬間、まばゆいばかりの光が三人に降り注いだ。

 あふれる黄金……まるで雨のように降り注ぐ粒子は、やがて静寂の中に消える。


「……いまのは……」

「そなた達の誓約が成った証だ」


 そして、三人の目の前には杖がある。


「これって……」

「そう。そなた達の杖だ」


 三人はそれぞれの目の前に浮いているその杖を手にとった。

 その手にしっくりと馴染む感覚……それが己の杖であることは言葉にせずともわかった。


「……だが、それはまだ私が預かっておく」


 ぱちんと少女は指を鳴らした。手の中から杖の感覚が消失する。


「あっ」

「ひでーっ」

「……おれのつえ……」

「そなた達に杖はまだ早い」


 きっぱりと少女は言う。


「ううっ、ひでーよ、ねーちゃん、ひでーっ」

「私は、おまえの姉ではない」


 いっそ冷ややかにも思える口調だった。


「……じゃあ……じゃあさ、おれたち、ししょーのこと、なんてよべばいい?」


 ディオルの言葉に小さく少女は首を傾げる。

 それからにっこりと鮮やかに微笑って言った。


「スイと呼ぶが良い」



 それが、後の世で「塔の守護者」と呼ばれるほどの大魔術師となるちびっこ三人組と彼らの師との出会いだった。


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