交換ゲーム
「ゲームをしませんか」
駅前の広場で、男は僕に話しかけた。
しかし、僕はこの男を知らないし、見ず知らずの男に話しかけられるような覚えもない。
「あの……」
僕は少し警戒しながら口を動かした。目の前の男はそれが分かっているようで、小さい笑みを浮かべた。
――――――何なんだ、こいつは。
誰だってそう思うだろう。見ず知らずの他人がいきなり「ゲームをしませんか」だなんて。まあ、驚かないというのならそれはそれで大層なものだが。
「別に、怪しいものではないですよ。私はただ、貴方とゲームがしたいだけなんです」
目の前の男は女の様な体つきをしていた。
背は低く、鋭い目と赤い唇が印象的で髪も短い、よく見ないと男だと認識できないほどにそれはほとんど女の形をしていた。
「どうです?ねえ、お時間がよろしければ……」
「いや、あの、でも……」
いきなり見ず知らずの人とゲームだなんて、あまりにも奇怪すぎる。
僕のそんな思いを知ってか目の前の男はふいに財布をとりだした。
「はい」
「え?あの……?」
「分かりませんか?五万円ですよ」
そんな物見ればわかる。僕が言いたいのは何故そんな物を僕に突きつけるのかという事だ。
「私はゲームがしたいんです」
だからといって、そんな事でこの男は五万も払うつもりなのか。ますますこの男が怖くなる。しかし、しかし―――――――――。
僕は五万円という物を、少しだけ、ほんの少しだけ、魅力的に感じてしまった。
「どうですか?」
僕は反射的に頷いてしまった。相手とゲームをするだけで五万も貰えるだなんて、こんなおいしい話はそうそうあったもんじゃない。
僕は男に連れられて人通りの少ないビルの裏路地にへと向かった。
「で、何をするんですか?」
裏路地に着いた僕は辺りを見渡しながら、何かに期待を込めながら言った。目の前の男は僕が誘いに乗った事が嬉しかったのか笑顔らしい笑顔をしていた。
「ええ、交換ゲームというものを」
「交換ゲーム?何ですかそれ?」
まあ、カードゲームか何かの類だろう。僕はそんな軽い気持ちだった。
「そうですね、簡単に言いますと―――――――――」
『ごりゅ』と音がした。それは男から聞こえてきた音だった。男はうずくまって呻いていた。
たとえば、例えばの話だが。
自分の眼球を自分で抉り出すとしよう。その痛みはきっと想像を絶するほどなのだろう。死んだ方がまだマシだと思えるほどなのだろう。そのくらい、きっとそれは苦しいものなのだ。
僕は後悔した。たった五万円の為に僕はこんな男についてきてしまった事を、本当に後悔して止まなかった。
「交換ゲームと言うのは、互いの体を交換するんです。そして、その交換に耐えられなくなった方の負け、なんです」
男はゆっくりと立ち上がりながら片目を震える腕で押さえていた。言葉は途切れ途切れで、今にも死んでしまいそうなその姿はまさしく狂人と呼べるようなそれだった。
僕は思わず後ずさった。しかし男は逃がさない。僕の腕を捥げるほどに掴むと、男は汗を大量に浮かべた顔で僕を見上げた。
「次は、貴方です。私が眼球なので、貴方も眼球です」
そして男は僕の顔に手を伸ばし――――――――。
『ごりゅ』